It Don't Mean A Thing:後編
長文になります。
ご了承ください。
それにしても“誰こいつ”って思われなくてよかったけど、この状況も望んじゃいない。
玉恵と積もる話をしようと思ったのに、ドリンク取りに行ったらつかまってしまった。
「ねえねえ瀬戸さん、自分の小説がドラマ化されたとき主演俳優さんとかに会ったりするの?」
さっきから私にまとわりついているのは、かつてはクラスのアイドルと周囲からも言われていたし自負もしていた子。
「全然会ってないよ。脚本書いた人は知り合いだから全て任せてたし」
「えー、そうなの?小説家って地味なのね」
「そうだよ。地味なものなんだよ」
そうそう、小説家は地味ですよ。だけど今回のドラマに関しては脚本家の人と昔からの知り合いで仲がいいから、彼女の仲介で出演者と一緒に食事したけどね。
この子っていつもクラスの中心でお姫様みたいに取り巻きがいて、自分のグループじゃない人(私や玉恵などの地味な子)を見下しているところがあった。
そうだ、この子ってちょっと傲慢な悪役にぴったりかも。2時間サスペンスなら真っ先に殺されるタイプ……おおう、この要素いただきっ。
「……でね、瀬戸さん」
「は、はいい?」
しまった、ネタ考えちゃった。玉恵ならからかわれるところだけど、どうやら彼女は自分の話しに夢中で私が話を聞いてなかったことなどささいなことらしい。
「だからね、実は私、文章教室に通ってるの。先生から筋がいいって言われるんだけど……」
あ、この先は久々に来た“原稿見てくれない?”パターンだ。
「ごめんね~、私今日ようやく時間が空いてクラス会に顔を出せたんだけど、ほんと忙しくて。あ、先生発見。挨拶行かなきゃ」
「え……ちょっと瀬戸さん!!」
話の本題に入り損ねた彼女の憮然とした顔は見ものだったけど、一刻も早くこの場から立ち去るのが先だ。ついでに玉恵を探して……
「瀬戸?……見違えた」
「……上村くん?」
あの頃よりも大人になったけど、それでも見覚えのある顔が私の前に立っていた。
「瀬戸の活躍は知ってるよ。すごいな」
「いやー、あれはたまたまなんだよ。上村くんのほうがすごいって。大企業じゃないの」
壁際のソファにドリンクだけ持って座り、互いの近況などを話す。私の名前と担当編集者の連絡先しか書いてないようなシンプルすぎる名刺に比べて、彼の名刺は私でも知ってる大企業に管理職と思われる肩書きが掲載されている名刺……交換するのが申し訳ない。
「たいした役職じゃないよ。名前だけが立派なんだ」
そう言って照れたように笑う顔に、高校生の頃の面影が重なる。その笑顔をいつもこっそり見つめていたのよね~……はー、我ながら純情だった。
その後もいろいろ話すたびに、なぜか近くなる距離。高校の頃ならこんなシチュになったらドキドキして悶絶しそうなんだけど……私、いろいろ経験積んじゃったのよね。
「瀬戸、このあと二人で抜けない?」
「ねえ、上村くん。指輪をあわてて取ったでしょ」
「えっ……な、なんで」
たちまち顔が強張り、左手の薬指を隠す。
「指輪の跡がくっきり残ってる。クラス会だからって“遊ぶ”のはどうかと思うけどなあ?」
私はすっと立ち上がる。ちょうど玉恵が私を見つけたみたいでこっちに歩いてくる。
「じゃ、じゃあプライベートの連絡先くらい教えてよ」
「私が奥さんだったら、自分に内緒でそういう行動をする男は信用しないわね」
「……俺、瀬戸のこと好きだったんだ」
「そういうのは、そのときに言ってくれないと」
「蒼葉―、やっと見つけた……あらお邪魔だった?」
「まさか。上村くんは結婚して幸せなんだって~。あーあ、クラスで最後まで独身なのは私かも」
「だったら真剣にコンカツなり見合いなりしなさいよ。まったく、その気もないくせに。蒼葉、私そろそろ帰るけど」
「私も帰る。明日は担当と打合せなの」
打ち合わせは来週なんだけど、ささやかな嘘をついた。既婚者が独身のふりをするよりましだろう。
クラス会から戻って担当の木ノ瀬くんと打ち合わせで顔を合わせた。いつも穏やかな彼なのに今日は目が笑ってないのですが。
「どうしたの、木ノ瀬くん」
「今週に入ってから3回ほど、上村と名乗る男性から先生に取り次ぐように電話がかかってきたんですよ。先生、また僕の連絡先しか記載してない名刺を使いましたね?」
「だってさー、高校時代のクラスメイトってだけで今後の接点もなさそうだからプライベートは教えたくなかったんだもん」
「だもん、じゃありませんよ」
やれやれという風にため息をつく木ノ瀬くん。なんか苦労性な人……あ、私のせいか。
「ごめんなさい」
「いいえ。先生の仕事を邪魔するような電話の場合、対応するのは僕の仕事ですから」
「で、その電話にどう対応したの」
「最初はあたりさわりなく断っていたのですが、3回目の電話のときに“先生のプライベートを詮索される方にはそれなりの処置を取らせてもらいますが、よろしいでしょうか”と言ったら、電話がぱったり来なくなりました。僕も仕事を邪魔されなくなって平和です」
「あー、それはよかったね」
「ええ。先生、無駄話はここまでですよ。仕事の話をしましょうか」