It Don't Mean A Thing:前編
「瀬戸、俺さ……」
「な、なに……?」
高校の卒業式の日、少しの間だけ教室は私と彼の2人だけになった。彼が何かを言いかけたとき、廊下が騒がしくなって互いに口をつぐんでしまった……春とはいえ、まだ肌寒かったあの日。
「……夢にまでみたか」
目を覚まして私はちょっとうんざりする。あれからいろんな経験積んで、大人になったはずなのに私の中にある“女の子”の部分は、あの日を忘れない。
「まあ、こんなものが来ちゃったからかもね……」
ベッドから起き上がってPCの脇にあるテーブルに視線を移す。そこに無造作に置いたのは高校のクラス会案内のハガキ。
実家の母が送ってきた荷物(主に食料品。ありがたや)のなかに入っていてメモ紙に“返事はそっちから出しなさいよ”と書いてある。
私の高校生の頃は、そこらへんにいる生徒Aだった。成績も普通なら容姿も普通、性格も目立たず、いちばん誰からも覚えられていないタイプ。まあ、何もかも普通なのは今もたいして変わっていないし、目立ちたくもないのでそのへんはどうでもいい。
とりあえず、私は高校時代から現在まで唯一付き合いのある玉恵に電話をかけた。
玉恵は公務員の優しいダンナさんと、4歳の女の子を持つ化粧品会社勤務の兼業主婦だ。34歳独身、結婚予定は全くなしのもの書きからすると、実に堅実な生き方をしている。
「そろそろ蒼葉から電話かかってくると思ってた。で、気持ちは決まった?」
開口一番、それか。友よ。
「玉恵はどうすんのかなと思って」
「わたしー?実家の母が孫を甘やかしたいってうるさいから、預けて参加することにした」
「そうなんだ、私は玉恵以外の人とは全然連絡取ってないからさ、 “誰こいつ”とか言われそうで、迷ってる」
「何言ってるのよお。あんたは、“いま一番読みたい恋愛小説家・瀬戸蒼葉”なんだからね。自信を持ちなって」
「やめてよ~。それは編集の人が勝手に考えたんだから、こっちは恥ずかしいんだよ」
だいたい私は最初のスタートが少女小説で、マンガの原作やエッセーを中心に仕事をしてきたんだけど、何度目かの別れのあとに書いた“絶対幸せになってやる”という妄想を込めた恋愛小説が当たって、ドラマや映画になり気づいたら“恋愛小説家”と呼ばれていたのだ。
その後も、私の豊富な妄想力と旺盛な好奇心が役に立ったようで何とか「一発屋」で終わらずに読者の皆様に温かく迎えられている。
「あはははは。分かってるって。でもさ蒼葉、上村も来るかもよー?」
「そ、そうだよね」
「どんななってるかねー。あんたの初恋相手」
「う、うん。そうだね~、どんななってるかなあ」
上村くん……いつも昼休みになると率先して男子を誘いサッカーやらバスケをして騒いでいた。性格も朗らかで誰からも好かれていたっけ。女の子からの人気も高くて下級生の女の子がよく教室まで見に来ていたなあ。
そんな人と私の接点は、上村くんが怪我をして保健室に来たときに、先生が“かすり傷だから消毒して絆創膏ね”と保健室当番の私に言ったので、手当てをしたことだ。そういえば、自分の作品であの日の情景をネタにして書いたっけ……いやいや、私ったらどこまでネタ漁りを。
「……おーい。小説のネタでも浮かんだ?」
玉恵の声にハッとする。しまった、今電話中だった。
「ご、ごめん。上村くんのこと思い出しちゃって……どんななったかな~って」
「それは百聞は一見にしかずってことで、参加してみないと。私もひさびさに蒼葉の顔みたいんだけどなー。結構近いところに住んでるのにさ、いつも互いに忙しいからメールや電話ばっかりだしね。新聞広告の気取った顔ならよく見るけどね」
「……あれは、かなりカメラマンの人が頑張ってくれた代物だからね……」
今の著者近影には“なにこのちょっとアンニュイな人……誰”って思わず内心のけぞったわよ。執筆中はもちろん、普段出歩く姿もあれとは程遠い。
「それにクラス会って思わぬネタの宝庫だと思うわよ。皆いろんな道を歩んでるし、何より必ず一人はいると思うのよね~。“売れてる小説家”蒼葉に自分の話をしたい人。上村に会えなくても収穫はあると思うな」
玉恵の言うことも一理ある。それに、今は書き下ろしの仕事が終わったところで時間に余裕がある。
「わかった。私も玉恵に会いたいから参加するよ」
「ほんとに~?上村じゃないの?」
「ち、違うよっ」
玉恵との電話を切って、思い立ったが吉日とばかりに私はハガキの「参加」に勢いよくマルをした。