陽炎
「なんであんなこと言われても平気でいられるんだろうね。小池さんって、ニブいのかな?」
シノとのいつもの帰り道だ。
頭上で燃えている惑星の熱が、私の唯一の自慢である黒髪を少しずつ焦がしている。いつか人間はみんな灰になるんじゃないかと、そんなことを考えていたから、私はシノの言葉の半分も聞いていなかった。うわの空な返事が気に入らなかったのか、シノは少し口調を強くしてまた繰り返す。
「いつもあの子はそうだよね、周りを全然見てないんだ。そう思うでしょ?」
さっきから1mくらい後ろには当の小池さんがいる。そんな彼女に気付かずそんな話をするシノの方が、ずっと周りを見れていないと私は思う。まぁ、そんなこと絶対この子には教えてやらないけど。
「そうかな?
小池さん、いい子だと思うけどな。」
あたりさわりのないフォローをする。けれど、いい子であろうとなかろうとシノには関係ない。要は気に入らないのだ。そうしていい子の小池さんがどうなろうが私には関係ない。私の人生に彼女はいてもいなくても差し支えがない。
「美樹ちゃん、椎野さん、バイバイ。」
小さい錆びた赤黒いポストの辺りで小池さんは声をかけて私たちを追い抜いた。空気が読めない彼女はどこまで分かってどこまで分かってないのか、作り笑いに見えないこともない、どっちつかずな微笑みを残していった。真っ青な顔をしたシノは、自分の酷さにようやく気が付いたのか、やだ…と呟いた。
それはあんたじゃなくて、可哀想な小池さんの為のセリフだと思いながら私は焦げている髪をかばうみたいに両手で後頭部を抱える。焼けた頭に載せた手の平も頭をかばって太陽に曝け出された手の甲も馬鹿みたいに熱い。やっぱり灰になってしまうんじゃないか、人間なんてそうして粉々になって砂の一部になるんじゃないか。
「居たなら居たって言えっつーの。ほんと空気読めないな、ねぇ?」
シノがただただ理不尽なことを言う。この子は自分の醜さには決して目を向けない。
「はい、灰。」
少しずれたイントネーションに気付かないまま、シノは続けて小池さんの話をした。私は早く太陽が近付いて全てが灰にならないかと願っていた。ユラユラと視線の先で小池さんが陽炎のせいで揺らいでいた。
それが中学校生活最後の夏で、まだあの子が生きていたときの最後の記憶だった。