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夢と現の話

作者: 談儀祀

1.

 僕は最近夢を見る。

 夢の中で僕は陸上部の部長だ。種目は棒高跳び。僕は誰よりも高く跳ぶことができたし、誰もが僕を尊敬していた。

 夢の中の僕は勉強もできた。どの教科でも平均よりもずっと高い点数をたたき出したし、全国模試で上位に入ることも多かった。

 僕は人望も厚かったし、ニシという自慢の彼女も持っていた。学内でも噂の美少女にして器量よし。僕たちは本当によく一緒にいた。

 もちろん現実の僕はそんな完璧超人じゃない。50mw走るのに9秒はかかる運動音痴だし、数学は毎回赤点ギリギリ。僕と接点のある女の子なんて、同じ文芸部の後輩のヒガシさんぐらいなものだ。

 だから僕はしばしばその夢を心待ちにしていた。学校で嫌なことがあったとき、家で母親に説教されたとき、数少ない友人と喧嘩してしまったとき。僕はその夢の世界へと逃避しようとしたのだった。


2.

 いつのころからだか、僕はその夢を恐れるようになった。まるで悪夢のように感じられるようになったからだ。

 現実では起こりえない僕のその様子は、自分がだめな人間なのだと僕に知らしめるようになっていった。相変わらず夢の中の僕は完璧で、目を覚ますたびに僕は夢と違って思い通りにならない現実を思うと冷や汗が止まらなくなった。

 そう思えば思うほど、あの夢は見る頻度を増し、見る時間を長くして僕を苦しめるのだった。


3.

 さらにしばらくして、僕は驚くべき事実に気が付いた。夢の中の僕の行動に切れ間がないのである。もともとこの夢は、何でもできる僕のその行動のワンシーンだけを切り取るようなものが多かった。

 例えば歓声を浴びながら棒高跳びするシーンだったし、あるいはテスト返却で次々と高得点の答案を受け取る場面だった。彼女とのデートでいい感じのトークをする場面だったこともある。

 けれど最近の夢は、夢の中の僕が朝目覚めてから夜眠るまで、ずっと見続けるのだ。ある朝目が覚めた時、僕は自分が夢の中にいるのか現実の自分なのかわからなくなったこともあった。

 それ以来、僕は眠るのが恐ろしくなっていった。


4.

 間もなく僕は、常に自分がどちらにいるのかわからなくなっていった。

 あれほど綺麗な子だと思ったいたニシさんと、どこにでもいそうな文学少女のヒガシさんの顔の区別がつかなくなった。

 眠って起きれば、違う自分が始まるというサイクルがぐるぐるとまわっていた。どちらが夢でどちらが現実かわからず、夢の僕が文芸部に顔を出したし、現実の僕がニシさんに会いに行った。そのどちらも、相手はすごく怪訝な顔をしていた。

 次第に僕は眠ることだけでなく起きることも恐れるようになっていった。ついには夢現の区別がつかなくなり、夢から覚めたらまた夢じゃないのかと震えたし、現実で眠って現実が来ることですら怖くなった。


5.

「大丈夫ですか」

 女の子に聞かれた。ニシさん……、ヒガシさんだっけ?

 そのころの僕はもう眠るのが怖くて、目には常に隈があったし、いつもふらふらと歩いていた。そして自分が夢なのか現実なのかもわからなかった。

 僕はおざなりに「大丈夫だよ」と答えた。誰が見ても大丈夫そうではなかった。

「少し眠れないだけさ」

 女の子はじゃあ少しぐらい寝てくださいと言ったが冗談ではなかった。僕は眠るのが恐ろしくてたまらないのだ。

 そうして眠るのを拒むうちに、僕はどんどんと奇矯な人間として認識されるようになっていった。

 どちらで? 現実だろうか。夢だったかもしれない。気が付けば夢か現かに関わらず常に失敗しているようになった。

 失敗し続けるうちに、眠ることを恐れるうちに、僕は何が恐ろしかったのかを次第に忘れて行った。


6.

 気が付くと二人の僕はどちらも落ちこぼれていた。勉強も運動も彼女も、初めから持っていなかったかのようにまるまる僕の手から消えていた。

 僕らはそれらを探そうとする気力さえ失っていたし、そして拷問のように続くこの日々に追い立てられるまま逃げ出すので精一杯になっていた。カレンダーの日付は遅々として進まなかった。

 2人の僕はどちらも僕だった。もともと何が違っていて、なぜ僕は僕を僕でないと認識していなかったのか、その理由すらぼんやりとすら思い出せなくなっていった。


7.

 気が付くと僕は知らない駅のホームに立っていた。

 どうして自分がここにいるのか、さらにはこの直前の記憶すら満足に思い出すことができなくなっていた。

 カランカランと信号が鳴りだした。僕は、自分が何をしようとしていたのかを思い出した。

 古びた車体の電車がホームに入ってくるのに合わせて僕は線路へと飛べこんでいた。

 あぁ、僕の死を悲しんでくれる人はいるのかな。友人は多かったはずだけど。

 ……あれ? 本当に少なかったのだっけ。思い出せない。

 恋人はいなかったような気がする。ニシさんは後輩だし。

 そんなとりとめのないことを考えながら僕は電車に轢かれた。

 多分、即死だった。


8.

 僕は目を覚ました。

 僕は最近夢を見る。

 その夢の中では"ダメな僕"がいて、そして――










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