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諦観

朝。ボクは今日も今日とて眞子と二人で登校を共していた。背後から着かず離れずの距離を保っているエルナも入れれば三人とも言えるのだが、少なくとも共に登校する誘いは断られていた。


彼女の奥歯にものがはさまったような言い回しを解読すると、眞子とはともかくボクと登下校を共にするのは御免こうむるということらしい。

自分が撒いた種とはいえ、難儀なものであった。


「あのさ、会って欲しい人がいるんだよね」


駅まで後少しという距離で、眞子はごくりと喉を鳴らして、そんなことを言った。


「別に構わないけど」

「相手も聞かずにOKをくれるとは、みっくんは相変わらず器が大きいですな」

「まっ、眞子の頼みだからな」

「それじゃ、詳しいことは放課後に部室ってことで」


ボクはマスクで口を覆いながら小さく頷いた。七時間後に自分の軽率さを後悔することになるとも知らずに。


「じゃじゃーあん、こちらわたしの友達の、クロエちゃんです」


放課後、部室に集まったボクたちの前につれて来られたのは、中学生くらいの少女だった。



彼女の髪型はいわゆるツインテールというやつで、腰ほどの長さまである金髪は両方の耳の上で束ねられ、その平坦な体つきを覆い隠していた。


青い地にピンク色の英字で淫猥な言葉の書かれたTシャツと黒に白のドットが入った短いたけのズボンに、黒とピンクの毒々しい横縞のハイソックスという如何にもガーリーな服装な彼女だったが、クロエはお世辞にも可愛いとは呼べない少女だった。


顔の作りが悪いというのではない。むしろ、そのバランスよく配置された個々のパーツだけを見れば、十分なポテンシャルは持っているのだ。


ただ、その青い瞳は世界の全てを憎悪しているのではないかと疑いたくなるほど険しく、口元はこの世の全てを小馬鹿にしているかのように歪められているのだ。おそらく、彼女を見た人間の内半分以上は同じ言葉を連想するだろう。


「魔女」、これである。


「ほほう、これはまた随分と大物やね」

「眞子、僭越かもしれませんが、付き合う人間は選ぶべきですよ」

「下らない。お姉さま、やはりこんなところお姉さまのいるべき場所とは思えません」

「そりゃ、「金蔵」の亡者さまからすれば、こんな場所なのかもしれへんけどね。知らんのなら、教えてあげるけど、この国には年功序列って制度があるんやで?」

「知っていますよ。あの無能に金を払い続ける馬鹿げた制度でしょう。国民経済だけで考えれば、悪くないのかもしれませんが、現在の状況に適用しているとは思えません。ああ、あなたみたいな馬鹿げた喋り方の人間とは波長が合うのかもしれませんが」

「もう、クロエ、喧嘩はしないって約束でしょ。それより、みっくん、クロエにちょっと話しかけてくれないかな?出来れば命令がいいんだけど」


クロエの流れるような罵倒を気にとめるでもなく出された眞子の提案にボクが戸惑っていると、クロエがこちらに近づいてきて耳元で小さく囁いた。


「早くやれ、ダボがっ」


この頃、何も悪いことしてないのに誰かに嫌われるよな。ボクは悲しい気持ちになりながら、とりあえず口を開いてみた。


「一分以内に、そこの本取ってくれるかな」


仮に力が働いても、すぐに解除されるような言葉を選ぶ。だが、その心配りは無用に終わった。クロエはボクの言葉を聞きながら、その場から一歩も動かなかったからだ。


耳が聞こえないのだろうか。先ほどの会話も無視して、最初に思いついたのはそれだった。


「申し訳ありません。本は自分でお取りになってください」


ボクの思いつきはあっさりと否定される。眞子を見ると、これでもかと満面の笑みを浮かべていた。


「成功みたいだね」

「ようですね。おめでとうございます。お姉さま」

「どういうことだ?」

「いやね。前から、みっくんが喋っても力の影響を受けない方法を研究してたんだ。それが身を結んだってわけですよ。とはいえ、しばらく実用化は無理そうだけどね」

「眞子ちゃん、そんなこともやってたんやね」


部長が関心したのか呆れたのかよく分からない口調で言った。


「ほとんど既存の技術の組み合わせなんだけどね。空間中の空気振動を読み取って、そこからリアルタイムで音声を再現するだけだから。もっとも、みっくん用の場合はそれだけじゃ済まないわけだけど」

「お姉さまの理解では、お兄さまの力の成立要件はコミュニケーションの成立です。コミュニケーションを回避しながら、お兄さまの言っていることの意味を理解出来るようにするシステム。おそらく、こんな意味不明なものを作れるのは世界広しと言えでも、大月眞子だけかと」

「どっちかっていうと、こんな無茶なシステムを身体に積んでくれたクロエのお陰だよ」

「お姉さまのためなら、この程度のこと何でもありません」


爽やかな笑顔を浮かべながら眞子とクロエは互いを讃えあっていた。


「百合や、これはいわゆる一つの百合やで」

「百合?植物のですか?」

「この国では、女性の同性愛を百合って言うスラングがあるんだよ。Sって言い方もあるけど」

「エルナはん、四条くんにあんまり近づいたらあかん、その男は百合姫購読者やから」

「いや、それ別に関係無いでしょ」


ちなみに部長はつぼみを購読している。


「そういう意味でしたら、わたしはサラ・ウォーターズが好きですね」

「あれはいいよね。ボクも全部読んでるよ」

「みっくん、辞書引きながら処女作読んでたもんね。あれは正直引いたよ」


褒めあいが終わったのかと眞子の方を見ると、クロエがこちらを殺さんばかりの視線を送ってきていた。


「えっと、あれだ、眞子。改めて、クロエさんを紹介してくれないか?」

「うーん、部長とエルナっちは知ってるみたいだったから、手短に言うとね。クロエはわたしのパトロンなんだ」

「パトロン?」

「ほら?わたしが持ってるアメリカの研究チームあるでしょ。あれも最初は責任者が日本にいるから、色々と制限がかかるはずだったんだけど、クロエが色々と働きかけてくれて、今の形でやれてるんだよ。他にも権利関係は大体クロエのとこにやってもらってるし。ほんと、頭が上がらないわけです」

「お姉さまの才能を十二分に活かすのがわたしの使命です。どうぞ、お気になさらないでください」

「本人はこうして、いたって謙虚な子なんだけね」


謙虚というか、自分より年下にしか見えない少女にそんなことが可能なのだろうか。

部長の方をちらりと窺うと、彼女はさもあらんという風に頷いてた。


「「金蔵ゴールドスミス」の「折れた矢」なら、それぐらいのことは可能やろうね。」

「でしょうね。事実上、彼女の許可なく合衆国の経済政策は決定できないと言われていますし」

「えっ、どういう人なんですか、彼女?」


あまりに仰々しい二人の言い振りに、ボクは驚いてしまった。


「お兄さま、わたくしの家の家紋が5本の矢と盾からなると言ったら、どう思われますか?」


お兄さまって呼び方にツッコミをいれてみたい気分はあったのだが、それどころではないのは確かだった。何せ、五本の矢と盾と言えば、陰謀論の世界に燦然と輝くあの名家の紋章に他ならないからだ。


「悪い冗談だと思うよ」

「ですが事実です。まあ、本家の人間たちは未だにわたくし達を認めようとはしないのですが」

「えっ、ほんとなんですか?」

「さあ、わいが知ってるのは、その子が七座七星の第二位「金蔵」の四星で、ロートシルトの姓を名乗ってことぐらいやね」

「わたしがそれ以外に知っているのは、そうですね、その女が、ユーロ危機で下品なほど儲けたということだけです」

「下品?自分で勝手にバブルに踊っておいて、弾ければ途端、人の所為にする。そんな振る舞いの方が何倍もはしたないと思いますが」


クロエの挑発を最後まで聞く以前に、エルナの手にはレーヴァテインが握られていた。


「いいでしょう、表に出なさい。身の程というものを教えてあげます」

「わたくしの異能では、物理的な攻撃力がたかが知れていると踏んでの放言ですか。嫌ですね、ドイツ人というのはいつまでも蛮族気分が抜けないらしい」

「逃げるということですか?」

「もちろん、逃げますよ。カミカゼトッコウなんて馬鹿なまね、わたくしがするはずないでしょう。ただ、こちらの条件を飲んでの平等な勝負ということなら、その限りではありませんが」

「はっ、小ざかしい。その条件とやら言ってみなさい」

「そうですね。お姉さまから聞いた話ですが、あなた、お兄さまを守らないといけなくなったのでしょう?そちらがお兄さまをわたくしの攻撃から守りきれたら勝ちというのは、どうですか?」

「問題ありません、受けましょう」

「──えっ、ボクの意見は」

「何ですか、四条御言。わたしの力が信頼できないとでも?」

「だって、エルナ、ボクに死んで欲しがってるんだよね」

「それとこれとは話が別です」


エルナは何を馬鹿なとでも言わんばかりに鼻を鳴らした。正直、ボクには何が別なのか全く理解できなかったが、彼女の中では整合性が取れているらしい。


ボクは助けを求めるように、残った二人を見ると、眞子は何か困ったように笑っていた。ちなみに残りの方は心底楽しそうに笑っていた。

部長が何を考えているのかなど分かるはずもないが、眞子は最初からこういう流れになることを織り込み済みだったに違いない。

ボクは肺の中の空気をゆっくりと出して、覚悟を決めた。


「みっくん、怒ってる?」

「いや、持つべきものは幼馴染だと思っただけだよ」


ボクは眞子の片頬を軽くつねった。

どうやら珍しく頼られているらしい。精々その期待を裏切らないようにしたいものだ。ボクはやわらかな頬肉の感触を堪能しながら、そんなことを思ったのだった。








次か次で、一話目の冒頭につながるので、そしたら一度止める感じで。

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