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説明

「よう来たね、みんな」


部室に入ると、いつものように奥の席に腰掛けた部長が、手にもった箸とどんぶりを机の上に置いて、こちらに微笑みかけてきた。

ちなみに彼女が食べていたのはおそらくアレだったが、ボクはめんどくさいのでスルーことにした。

ボクと眞子は定位置になっている扉側から見て右側の席に座った。

だが、それと同じ反応を初見のエルナに求めるのはやはりというか無理があったようだった。彼女はボクたちと反対の左側の席に座りながら、部長の方をしげしげと見た。


「九重かえで、それは何ですか?」

「ぶぶ漬けや。わいは三日に一度はこれを食べないと、霊力が落ちるって設定なんよ」

「部長は、あの無理めな設定を全部守って暮らしてるから凄いよね」

「壁に耳ありやからね。ファンの期待を裏切るのも悪いし」


何処の世界に自分が贔屓にしているテレビタレントが三日に一度ぶぶ漬けを食べていることを期待するファンがいるのだろうか。


「四条くんは分かってへんね。ファンの期待の上をいく、それが本当の芸能人なんよ」

「顔に出てましたか?」

「それぐらい、わいの霊視で一発や」

「霊視?初めて聞く力ですね。第六位の秘儀か何かですか」

「それは流石の姫さんとて教えられへんね」


部長はにやりと笑った。

さっきの設定という言葉を聞いているのだから、部長が適当に吹いてるだけなのは分かりそうなものだが、エルナのように本当に力がある人間からすると、逆に騙されてしまうものなのかもしれない。


「部長、そろそろ本題に移ってもいいですか」

「四条くんはもうちょっと付き合いってものを学ぶべきやわ。今わいが軽妙なトークで場を和ませようとしてたの分からんの?」

「いや、ボクも宙ぶらりんだと色々とストレスがあるもんで」

「まっ、それも、そうやね。それで姫さん、もう一度四条くんと会ってみた感想はどうやった?」


エルナは不機嫌そうに顔をしかめた。しかし、だんまりを決めるのも得策ではないと思ったのか、ぽつりぽつりと感想をもらした。


「非常に、そうですね。二律背反というべきなのでしょうか。わたしの感情とは違うところで、四条御言に対する、執着のようなものを感じました。それと、これは昨日の時点で自覚していたものだったのですが、「君はボクを傷つけることが出来ない」という言葉が頭から離れませんね」

「だ、そうやで、眞子ちん?」

「脳姦ですな」

「脳姦やな」

「二人ともおちょくるのはよしてくれないかな。割と本気でヘコんでるんだ」

「どういうことですか?」


1人だけ話題に取り残されて、エルナの声には少し苛立ちが混じっていた。


「そもそも、姫さんは、四条くんの力何なのか分かってる?」

「昨日見た限りでは、物質に影響を与える力のようでした」

「30点ってとこやね。まあ、今更もったいぶるのも変な話やから教えるけど、四条くんの力はな、言ったことが本当になるって異能や。つまり、四条くんは姫さんに「君はボクを傷つけることが出来ない」と言ったわけや。結果、四条くんへの攻撃禁止を超えて、彼への攻撃全般に対する守護者の振る舞いが姫さんに強制されることになった。つまりはそういうことやね」


エルナはそれを聞いて、咄嗟に反論しようとしたようだったが、思い当たる節はあるのだろう、口の開閉を繰り返した後、


「そんな異能聞いたことがありません」


か細い声で言った。


「言っとくけど、古くからある異能なんよ。ただ、教団すらなく、使い手自体が極少やからね。知らないんも無理もない話やとは思うわ」

「そうなんですか?始めて聞きましたけど」


こっちの言葉に部長はジト目で返した。世の中にはこういう顔で彼女に見つめられたいファンが沢山いるのだろう。そんなことを思っていると、部長はわざとらしいため息をはいた。


「わいは説明する準備はしてたんよ。ただ君が興味を一ミリも持たなかったから説明しなかっただけで」

「しかし、それほど強力なものであれば、欲する人間がいくらでもいそうなものですが」

「それは簡単な話や。この力は一度発動させたら死ぬまで止まらん上に、異能の効果を使い手が制御できないんや」


部長の言葉にボクはその通りという風に頷いたが、エルナは納得しかねている様子だった。


「発動したら止められないというのは分かりますが、効果を制御できない?言葉そのものを真実に変える異能なのにですか?」

「エルナっち、マラルメって知ってるでしょ」

「ええ、眞子、一通り読んだ記憶は──いかなる技巧を持ってしても言語の意味内容を一通りに定めることは出来ない、そういうことですか」


エルナと眞子が二人で勝手に分かり合っている様子を見て、部長は嫌そうな顔をした。


「四条くん、この人ら、インテリやで」

「『骰子一擲』って詩があるんですよ」

「酷い、裏切りや。カエサルもびっくりの裏切りやわ」

「いや、ボクも新書レベルの読みかじりですけど」

「そのレベルでええなら、わいだって知ってるで、ほら、あれやろ」


何かハイソな言葉を交し合ってる二人の横で、ボクは部長のほとんど箇条書きに近い講釈に耳を傾けた。部長が机の下に隠しながらチラチラ見ているスマホの画面がウィキペディアのページを開いているように見えるが、おそらく目の錯覚なのだと思う。


そんなアホみたいなことをしていると、エルナがボクの方に改めて向き直った。


「大体、事情は理解しました。いえ、理解したとは言えませんが、現在のところ、の説明は合理的です」


エルナはそう言いながら、トラウマになりかけている両刃剣を右手に出現させた。一度は漆黒に染まったはずのそれは今は曇りない銀色をたたえていた。


「物理学者の前で、易々とそんなことしてくれるんだから。嫌になっちゃうよ、まったく」

「四条くん、ここは黙って姫さんの気持ちを受け取るのが大和の男児の心意気ってもんやで」

「しっ、当たれ」


迫真の一撃は、何となく予想はついていたことだが、ボクの頭上の遥か手前でまるで見えない壁でもあるかのように止まっていた。剣先は小刻みに震え、エルナの顔は必殺の気合を示しいるものの、この剣がボクの身体に触れるイメージは正直全くしなかった。


「姫さん、もしかして、四条くんに攻撃的な言葉を使うのも禁止されとるん?」

「あっ、「しっ」って「死ね」って言おうとしてたんだ。相変わらず、みっくんの力は容赦ないねぇ。エルナっち、「嫌い」は言えるの?」


いちようボクの命がかかっているのに、外野は今にもせんべいでも食べ始めそうな雰囲気だった。とはいえ、この部室で一番菓子の類を食べているのは、カロリーをあまり気にしない系男子であるボクなのだが、流石にそんな余裕はなかった。


「きっ、きっ、きっ」


エルナの口から搾り出すような声がもれた。


「これは駄目みたいやね」

「いっそのこと、「好き」って言ってみたらいいんじゃないの。剣持ってる人にそう言われたら、逆の意味にしか聞こえないわけだし」

「それは試してみるのも面白いかもしれへんね。姫さん、騙されたと思って、一つやってみてや」


エルナは逡巡していた様子だったが最終的には折れた。意外に付き合いがいいのか、自分が遊ばれていることに気づいていないのか。ボクとしては後者が有力だったが、ちょっと吃驚するようなことが起こった。


「四条御言、好きです」


その言葉に合わせて、わずかではあるが剣先がボクの方に進んだのだ。


「なるほど、そういうことになるわけや」

「エルナっち、今度はドイツ語で」

「|イッヒハーベディッヒゲルン(あなたが好きです)」


剣先がまたこちらに接近した。


「やりましたっ」


エルナがボクが見た中で、一番の笑顔を浮かべていた。

だが、それ以上は声を大きくしても、気持ちを込めても、それ以上は剣の距離が変わることは無かった。


「今日はこの辺が限界みたいやね。言いたくもないこと言わせてしもうて、悪かったわ」

「いえ、お陰で四条御言の首をはっ、どうにかする展望が見えました」

「エルナっち、ファイトだよ」


額に軽い汗を浮かべているエルナを中心に、女性三人が友情を固くしていた。感動的な場面ではあるが、その話題の中心が誰かの首を刎ねるころでなかったら、もっと良かったなとボクは思った。


「しかし、第一位の巫女姫を自分の護衛につけられるなんて、四条くんは果報ものやね」

「ちょっと気になってたんですけど、その第一位とか第六位って具体的にどういうものなんですか?」

「おっ、もしかして興味が出たん」


部長はボクの言葉を聞いて嬉しそうにしたが、エルナは明らかな軽蔑をこちらに向けていた。どうやら、顔の表情はボクの力では禁止されていないらしい。


「それだけの力を持っていて、そんなことも知らないんですか?」

「なるほど、割とニュアンスは取らないみたいやね。まっ、姫さん、四条くんはなるべく力を使わないがモットーみたいな子なんや。こちら側には基本かかわりたくないってスタンスやったんよ」


その言葉にもまだエルナは納得していない様子で部室内部の空気が悪くなりかけたが、

そこに眞子の能天気な声が響いた。


「はーい、じゃあ、夏休みの宿題の答え合わせも兼ねて、眞子が説明するっていうのはどうかな?」

「夏休みの宿題って何だ?」

「うん。部長から出た課題でね。2,3の単語を教えるから、それでどれだけ真実に迫れるかっていうゲームみたいなものだよ」


ボクは非難がましい目で部長を見た。眞子に物騒なことをさせないというのが、入部のときにボクと部長が交わした約束の一部だったからだ。


「いやいや、四条くん、ネットにある情報だけってルールだから、特に危険はないんやで」

「もう、みっくんは心配性だな。大丈夫だよ、うちのは検索履歴だってエシュロンに偽情報を吐くようにになってるんだから」

「そもそも、ネットに部長たちの業界のことなんて書いてあるもんなんですか?」

「書いてありますね。このご時勢にネットを使わずに生活するのは難しいですから」

「明け透けに書いたところで、どうせ、他のオカルトと混じって真偽なんて知識の無い人間には判別出来んわけやしね」

「そうそう、「異能」なんてグーグルで検索したら、いくらでも出てくるからね。要はそこから本当の情報を選び取るための、クリティカルなタームを知ってるかって話なわけだよ」


異能者専用のSNSがあるという話まで聞いて、ボクは何とも言えない気分になった。初めてあった他の異能者が部長である以上、あまり期待もしていなかったのだが、それでもやはり健全な男子学生が抱くそういったものへのイメージというのは捨てきれないものだったのだ。


「みっくん、黄昏てるとこ悪いけど始めるよ」

「ああ、分かった」

「うんとね、まず七座七星かな。これは意外に歴史が浅くって、第二次大戦後に出来た枠組みってことみたいだね。どうも大戦中に異能者も国家に協力してかなりの数の死傷者が出て、今までの枠組みだと神秘ミスティカを維持できなくなったことが理由みたいだけど」

神秘ミスティカ?」

「端的に言うなら、異能の源のことだね。色々と定義はあるみたいだけど、有力なのは、物理法則の裂け目かな。この裂け目を通して、異なる法則にアクセス出きる人間を異能者って呼ぶみたいな感じかな」

「その言い振りやと、どうやら、眞子ちんは釈然としてないみたいやね」

「釈然としないっていうか。トートロジーっていうかな。まあ、始原の解説なんて往々にして、そういうものなわけだけど。開祖ってよく分からない概念だなとは思うよ。あっ、みっくん、開祖って言うのは、法則を裂いた人のことね。この人が、他の人間に異能の使い方を伝授することで、座とか教団とか言われるものができるんだよ」

「何で、他の人間に異能の使い方を教えるんだ?自分だけとか、あるいは一子相伝とかの方が好き勝手出来るだろう?」

「それは四条くん、裂いた物理法則は自己修正しようとするからや。たとえ一度裂けても、何もせんでいると十年で物理法則は完治すると言われとるんや。そして、一度閉じた裂け目は二度と開くことはない。それを阻止するために最低でも三万人近い人間の祈祷が必要だって言われとる」

「わたしは異能者じゃないから、そこら辺はよく分からないけどね。観測の問題だってドヤ顔で書いてた記事もあったけど、噴飯ものだったし」

「しかし、実際に使えなくなった異能が存在することは事実です。ですから、四条御言のような異能の在り方は信じられないのですが」

「いや、他にもそういう異能はあるで。「冥府」なんて今でこそ座の一角やけど、昔は闇に対する人間の恐怖だけで細々と成立していたわけやし。四条くんのは、人間が言葉を信用している限り、使えなくなることは無いんちゃうん」

「第六位の異能者がそう言うなら、そうなんでしょうね」


二人の会話に眞子が口を尖らせた。本当に機嫌を損ねたときは顔から表情が消えるタイプなので、特に問題はないのだが、付き合いの短いエルナはそれに気づいて目に目えて焦っていた。


「すいません。でしゃばりました」

「うん?別にいいよ。気にしなさんなって。けど、せっかくだから最後のところは説明させてもらおうかな。えっとね、戦前はね、教団って呼ばれる50くらいあった集団が、それぞれ神秘を維持管理してたんだよ。けど、さっきも言った通り、戦後ほとんどの教団は壊滅状態に陥ってね。残った有力な教団が集まってつくったのが七座七星って制度みたいだね」

「その7つがそれぞれ7,8個の神秘を管理してるってことか?」


眞子にむけた質問に、答えたのは部長だった。眞子が関心しているところを見ると、そこら辺はネットにも詳しくは書かれていない内容らしい。


「いや、共有管理やね。第一次大戦のときも言われてことなんやけど、前世紀の戦争は人死の数がえげつないやろ。対して、当時の教団は構成員1人作るのに10年ぐらい普通にかかってたわけやからね」

「ドレスデンの爆撃で、教団が一個消滅したんだよね?」

「あれは母国の異能者の歴史以上、最大の悲劇です。ローマ帝国の迫害すら耐え抜いた歴史ある教団が死に、その神秘もまたこの世界から消え去ったわけですから」

「そういうわけもあって、戦後は少数精鋭の理想を捨てて、薄利多売な方針に全体としてシフトしたわけや。世俗化ってやつやね。昨日も言ったけど、五輪の火なんて、その典型例や。そこで集まった薄い信仰の一部を、共有管理している神秘の維持に割いてるわけや」

「そこら辺も納得できないところなんだよね。教団が主流のときは、開祖から続く正しい教えが神秘を保持するって主張されて、それはそれで説得力があったわけだけど。実際には、人間の信心みたいなものさえ集められれば、それで問題無かったわけでしょ」

「簡単に言うてくれるけど、ああいう大規模な儀式を運営するの大変なんやで」

「その為の第六位ではないですか、何を今更」


先ほどからのことだが、エルナが「第六位」という言葉を口にするとき、明らかに悪感情があった。向けられている部長の方は特に気にした様子も見せてはいなかったのだが、ここで沈黙が続くと居心地が悪くなることは目に目えている。ボクは慌てて、大した内容もない言葉を継いだ。


「そうなんですか?」

「えっとね、第六位は偽式サークルって呼ばれる座でね。七座の中で固有の神秘を保持していない唯一の座なんだよ」

「そこまで調べとるとは、流石やね。花丸あげるわ。わいのとこは元々が修行者っていうよりは研究者の集まりやったんや。この世界の仕組みが知りたいっていう道楽者の集まりって言い換えてもええ」

「一つの神秘は一つの異能しか人間に与えません。世の中にはそれでは満足できない欲深い者もいるということですよ」

「わいらからすれば、一つの異能で満足できる人間の方が不思議なんや。複数の異能を用いれば、そのどちらとの異なる別の効果を編み出すことが出来るんやで、何故それを目指さないのか、理解できへんわ」

「簡単な話です。それは人間の手には余るからですよ」

「まっ、確かにそれはわいらの永久の課題やね。けど、姫さんの使ってる真名召喚レーヴァテインだって、わいらの努力の賜物なんやで」

「わたしは偽式サークルの七座七星への貢献を否定するつもりはありません。ですが、貴方たちの平素の他の異能者への態度はいかがなものかと思いますね」

「わいらから言えば、そちらさんから始めたわけなんやけど、そこら辺は水掛け論やね」


わざとらしく両肩をすくめる部長に何を思ったのか、エルナはかすかだが口の端をつりあげた。先ほどの獰猛な笑みとはまた違い、彼女が常に持っている緊張感のようなものを和らげるそんな笑顔だった。


「確かにそうですね。九貴方個人を嫌う理由は私には特にありませんし」

「じゃあ、そのお堅い呼び方止めて、部長って呼んでくれると嬉しいわ。どうせ、四条くんに付き添って、この部室に入り浸ることになるんやろうし。よろしくしてや、姫さん」

「ええ、分かりました。部長」


あっ、姫さんって名称は別に問題ないんだ。ボクと眞子は視線を交わしあったが、本人がいいと思ってるのだから、いいのだろうと思うことにした。京女もどきのいけずを日本に来たばかりの人間に分かれという方が無理な話なのだろう。


「ところでみんな、ええの?」


部長の質問にボクたちは三人そろって不思議な顔をした。

だが、その質問の意味はすぐに分かった。昼休みの終了を告げるチャイムが鳴ったからだ。

保健室で自由に飯を食べられる眞子をのぞいて、ボクたち二人は昼食を抜いて残りの授業を受けることになったのだった。








金髪ツインテールが出せない。おそらく、次もまた出せないので、気長に読んでください。

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