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戦闘

「裏切ったかと思いましたが、腐っても七座の一員でしたか」


気がつくと校庭に着地していたボクの前に、当然のように紅眼紅髪の少女が立っていた。距離にして4メートル弱。少女のリーチと剣の長さを合わせて、十分に安全圏だと判断できる距離だった。


常識的に考えればというの話だが。

少女はこちらへと一歩で距離を詰めると


「死になさい」


それが世界の真理であるかのように言い放った。


「砂がボクを守る」


少女の迷いのない上段からの一撃は、ボクと彼女の間に突如せりあがった砂壁によって防がれていた。


少女は即座に砂壁を蹴って、その反動でボクとの距離を取り直すと、ボクの周りを走りながら次々と斬撃を仕掛けてきたが、その全てが変幻自在に形を変える砂の障壁によって防がれていた。


ボクがそんな砂に守られながら『スカイクロラ』の内容を思い出そうとしている、声が脳内に響き渡った。


「あいも変わらず、四条くんの力はめちゃくちゃやわ」


前にも一度こういうことをされた経験があったのでボクは念じるだけで平然と答えた。


「チケットもう一枚切ったんですか。珍しく大盤振る舞いですね」


「会話」は「行為」に該当するから銀券2枚という計算である。これだけで収支がゼロになってしまっている。


「それだけ特殊な事例ってことや。むこうさんが本気出す前に四条くんに決めてもらわんと、こっちも都合が悪いしな」

「そんなに手が負えないようには見えませんけど」


相手は、斬りかかっては防がれ、移動し、また斬りかかっては防がるという一連の動作を繰りかしている。その額には汗が滲み、どう見ても手詰まり感が漂っていた。


剣の一撃をまともに受けた砂は燃え尽きているが、校庭にはまだ幾らでも砂が存在している。こちらの砂が無くなる前に、少女のスタミナが切れるのは明白だった。


「甘々や、甘々やで、四条くん。ちゃんと周りを見てみい」


言われて、周囲を観察してはっとした。


燃え尽きてタール状になった砂がボクの周りで障害物となり、壁を構成している砂の流れを妨害しているのだ。


「ですけど、所詮は小細工な気がするんですけど」

「そうや。あちらさんは四条くんを舐めてるさかいな。小手先を弄してくれとる。けど、本気を出したエルナ・アーレントはえげつないで。悪いことは言わん。今のうちに決めるべきや」

「そんなにですか」

「まあ、わいから見たら、どっちもどっちやけど。少なくとも、この場に留まってたらこっちはエルナ・アーレントの本気の余波だけで確実に死ぬわな」

「マジで」

「マジで」


先輩が死ぬのは歓迎できないな。ボクは小刻みに攻撃を繰り返している少女を視線で追いかけながら策を思案した。


こういうとき自分自身に嘘をつけたらどんなに楽かと思うのだが、残念ながら先約があってそれは無理だった。相手にも自分にも力を使えないとなると、無機物の類を舌先で踊らさせるしか手はないが、部長の言葉が正しければ、下手に刺激すると薮蛇になりかねない。


ボクが考え込んでいる内に、少女が作った幾重にもなる障害物の層によって、砂の供給はどんどん先細っていく。このままいけばジリ貧であることは目に見えている。


少女の斬撃が予定調和のように防がれる。後ろへと飛んで下がる少女の動きに合わせて、こちらの身体も地面を蹴った。


走り出したボクの両手には、この身を守れるようにと少女の策略を抜け出た砂たちが集い、凶悪とも言える篭手が形成される。


それぞれ直径1メートル長さにして2メートル強はあろうかという両手の篭手は、その一部が地面とつながっているため、全く重さを感じさせるない。ボクは思い切ってそれらで少女を殴りつけてみた。


「どうやら、少し評価を改めなくてはいけませんね」


少女の紅く燃えていた瞳が、黒く転じた。彼女の元の黒より更に黒い虚の色へと。


次の瞬間、両手で合計1トンはあろうかという打撃は空中にいた少女に当たる寸前で、まるで最初から存在しなかったかのようにその半分ほどが煙だけを残して消滅していた。


少女は5メートルほどの距離を取って平然と着地したが、その間もこちらの篭手は侵食されるように徐々に煙へと変じて質量を失っていく。


とっさに篭手から両手を抜いた拍子に、尻餅をついて身動きできないボクに何をするでもなく、相手は剣を地面に刺すと、こちらに向かって頭を下げた。


「先にお詫びしておきます。どうやら、貴方ことを侮っていたようです。名乗りなさい。名前くらいは覚えておいてあげましょう」


ボクは立ち上がりながら探りの意味を込めて軽口を叩いてみた。


「お詫びついでに、話し合いで解決できるとボクとしては嬉しいんだけど」

「先にあんなことを私にしておいて虫のいい話ですね」

「あんなことって、こう言っちゃなんだけど、命の恩人だよ、ボク」


少女は不快そうに鼻を鳴らした。


「私が助けてくれと頼みましたか?」

「いや、けど──」

「私の生も、私の死も、私の、私だけのものです。それを貴方は侵害した、殺される理由としては十分だと思いますが」


この人真面目な顔して何言ってるんだろうと思っていたボクに、念話越しに部長が補足説明をしてくれた。


「話すだけ無駄や。神火って言うのは、自分のことが大好きで大好きでしょうがないって人間の集まりなんや。どだい説得なんて無理な話やで」

「というよりさっきの何ですか。あんなの反則でしょ」

「あれがあちらさんの本気ってやつや。日食の魔眼ゾンネンフィンステルニス、わいも名前と公表されてる概要しか知らんかったけど、確かに五星を冠するたる異能みたいやね」

「そんな他人事みたいに」

「わいはもうヒント出したもんね」


むかつくほどお気楽そうに念話は一方的に打ち切られた。部長との会話の間、実際には1秒足らずの時間しか経っていない。ボクはとりあえず時間稼ぎのために口を開いた。


「その理屈だと、助けたボクより先に君を殺した人間をどうにかしなくちゃいけないと思うんだけど」

「それは貴方の勘違いです。私は貴方の助けなどなくても自分だけの力でどうにでもすることが出来ました」


ニコリと笑って自信満々のそう言いきった少女の言葉を一瞬だけ信じてかけて、慌ててボクは頭を振った。


「いや、首だけで路上に放置されていた人にそんなこと言われても」


少女はしばらく眉間にしわを寄せて何かを考えていたが、最終的には何も言わずに地面に突き刺していた剣を片手で持ち上げると荒々しく肩に背負った。


「細かい男ですね。もういいです、さっさと殺して終わりにしましょう」


あっ、逃げた。そう思ったもののここで機嫌を悪くさせても得るものはない。ボクは何とか会話を続けようとした。


「さっき名乗らせてくれるって話だったよね」


ボクの言葉に少女は不機嫌そうに頷いた。


「ええ、そうです。本気で無いとはいえ私の攻撃を防いだのですから、ある程度は名のある異能者なのでしょう?」


何とも返事に困った。よっぽど何処にもでもいる普通の高校生だと名乗りたかったが、そう言ってしまえば、少女を怒らせるのは目に見えている。ボクが言いあぐねていると、相手が勝手に納得してくれた。


「やはり、第六位がらみですか。いいでしょう。貴方を殺した後で、あの女に聞けばいいだけの話です。では、聞きなさい。わたしは──」


威風堂々と名乗りを上げようとする少女を無視して、ボクは真正面からの不意打ちを敢行した。どう考えても名乗り終わった本気が来るフラグである。未だに手は思い浮かばないが、ボクには他に選択肢が無かった。


「聞け、この卑怯者がっ」


こちらの動きに反応して、少女が罵りを投げかけてくるが、そんなものは気にもならない。問題はこの状況でいかに勝利するかということである。


周囲の砂たちがボクの全身にまとわりつき即席の鎧へと変じていく。残った校庭の砂をほとんどをかき集めて作られたそれはもはや質量としては重戦車にすら勝るはずだ。たった一人の人間にどうこうできるレベルではない。レベルではないはずだった。


「卑怯かつ愚昧ですか。精々、わたしの魔眼の贄になることを誇りなさい」


一瞥はその言葉より先に終えられていた。

結果はその言葉より後に生じていた。


先ほどまで少女を襲おうとしてた砂の群れが、またたくまに白い煙を上げて、存在することを止めていく。


その視界を全て覆う白煙の中から、ボクは少女へと襲いかかった。右手には鎧にしなかたわずかばかりの砂が拳を守るように覆っている。


砂の鎧だけを先に行かせての時間差攻撃。これが今のボクにできる精々だった。


「ペルセウス気取りですか」


白煙の中から飛び出てきたボクをちらりと見ると、少女はつまらなそうにそう言った。ボクは背筋が凍るような感覚を覚えた。


その言葉どおり、ボクが少女の死角になるよう背後に隠していた左手には、先ほど尻餅をしたときに拾っておいた剣撃の際に砂の一部が溶けて出来たガラスからなる鏡の出来損ないが握られていたからだ。


言うまでもなく、メデューサを倒したペルセウスの伝説に倣った策略である。


「わたしの魔眼を知ると、十人に九人がその策を試みますよ」


少女の両目が虚の色に染まる。だが、その瞳が捉えたのはボクではなく、少女が構えていた銀に鈍く光る両刃の剣だった。


その刀身は少女の魔眼を受けても消失することはなかった。ただ、その代わり刃の隅々までが一瞬のうちに漆黒へと変じていた。


「気をつけて下さい。この状態の剣で傷を負うと死ぬより苦しいらしいですから」


大層サディスティックにそう宣言すると、少女はその黒い刃でボクが印籠のように掲げた鏡もどきを払いのけた。一撃で決めなかったのは、きっとボクの苦しむ顔をしっかりと見たかったからだろう。


その証拠に、少女は刃をしっかりと自分の身に引き付けると、ボクの心臓を貫くために突進を開始したのだった。


衝撃。


痛みは無かった。ただ、恐怖だけが刃の先からボクの中に脈打つように流れ込んで来た。理解は急速にやってきた。この刃に傷つけられたものは死ぬことすら出来ぬまま、永遠に死の恐怖の中に囚われるのだ。


耳元では億万の悲鳴が鳴り響き、吸う息は腐臭に充ち、口の中は満たされることのない渇きに占拠される。


視界はまだぼんやりと少女の姿を捉えていたが、それが絶望に染まるのも時間の問題かと思われた。


そんなとき、そんなときだからこそか、やっとヒントの意味が分かった。


『人の顔は簡単に殴れるのに,自分の顔は殴れない. 自分のものになった瞬間に,手が出せなくなる.』


その一節を思い出して、ボクは自分のするべきだったことを悟ったが、あまりにも全てが手遅れだった。


「せっかくです。最後に何か言い残したことがあるなら聞いてあげましょう」


億万の悲鳴の遥か奥で何かしらの声が響き渡った。ボクにはその意味を理解することはもはや出来なかった。


分かったのは、少女の顔が刻一刻と自分に近づいてきているという事実だけだった。


少女の耳がボクの口元近くまで寄せられる。ボクは自分がまだ狂っていないことに驚嘆の念を覚えながら、彼女の側頭部にあらんかぎりの力で頭突きを食らわした。


短いうめき声の後、少女の瞳が再び黒へと変じ──たのかどうかはよく分からない。ボクの意識はあいまいに揺らめいていたし、彼女はぎゅっと目蓋を閉じてしまったからだ。


そう魔眼を討つのに鏡などいらないのだ。ひたと見つめ合うことさえ出来れば、こちらの瞳は相手の姿を映し出し自動的に魔眼殺しとして機能するのだから。


目の前に美しい少女の顔があった。彼女はぎゅっと目をつむり、わずかだが震えている。


することはあの夜から決まっていたように思う。


ボクは心臓から上がってくる自らの血で、彼女の唇に紅を引くと、まだ自分のものになっていない頭に


「君はボクを傷つけることが出来ない」


直接、言葉を流し込むのだった。






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