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相談

目の前に巨大な炎が揺らめいていた。


炎は赫赫として、もし、それに触れれば自分など一秒も持たないことはすぐに分かった。


だがボクはまるでその炎に魅せられたように、その上を跳んでいくのだ。三島の『潮騒』だろうか。違う。何故なら、ボクには人の足など生えてはいなかったから。


跳んでいるのではない、飛んでいるのだ。


嗚呼、ついにボクの羽に炎が


──「                       」


黒板の前に、赤髪赤目の少女が泰然と立っていた。


ボクは自分の状況を確認するために、周囲を見回したが、そこではクラスメートたちがまるで魂を抜かれたような表情をして虚空を眺めていた。


「わたしの火蛾ナハトファルタを拒みますか。残念です。直接的な暴力は、あまり好きではないのですが」


絶対嘘だ。めっちゃくちゃ嬉しいに唇をつりあげている目の前の少女を見て、ボクは瞬時にこれから自分が辿るであろう未来を予感した。


これは覚悟を決めるしかない。唾をゴクリと飲み込むとボクは口を開いた。


「ボクの許可があるまで、君はそこで眠り続ける」

「エクスティテンス(在れ)」


諦念と驚愕が交錯した。

前者の原因は分かりきったことだった。

後者の原因は分かりたくもないことだった。


何も無かったはずの空間から刃渡り1メートル以上はありそうな剣が燃え出ていた。


燃え出たという表現で正しいのかは分からないが、それ以外の比喩がボクには思い浮かばなかった。


宙に拳大の炎球が突如として現れたかと思うと、その中に少女が手をつっこんだ。拳大のはずの炎球の中に少女の肘当りまでが沈み込んだと思うと、勢いよく引き抜かれたその手には一本の剣が握られていたのである。


途端、全身から汗が吹き出ていた。


冷や汗ではない。その剣の出現と共に、教室の温度が一気に上昇したのだ。たった数秒の間に、部屋はサウナのような状態へと変じていた。


口から水分が急激に干乾びていくのを感じながら、ボクはとりあえず逃げの一手に出た。


「机は檻になった」


その言葉を言い終わると同時に、ボクのイメージした通りに教室にあった机のほとんど全てが前方に殺到した。机はガチャガチャと音を立てながら積み上がり、少女を囲む檻を作り上げてゆく。


嘘みたいな話だが、ボクは嘘がつけない性質たちなのである。


「机が飛んだ」


ボクは檻が完成するのを待たずに残しておいた己の机につかまって教室から脱出したが、間一髪だったと言っていい。


教室から出るさいに自分のいた場所を確認すると、少女は剣を振ってキャンドルのように溶かした机檻の残骸を剣の先で弾くことによって、先ほどまで座っていたボクの椅子を原形をとどめない醜悪なオブジェへと変えていたからだ。


廊下を飛行させた机に捕まり滑空しながら、ボクは隣のクラスの様子を確認した。そこではボクのクラスと同じように全ての人間が虚ろな顔でぼんやりと宙を眺めていた。


後ろをちらりと確認すると、少女はちょうど教室を出るところだった。そこには急いでことを決しようという気配はない。鼻につくほどの余裕である。


狙いをつけさせないため荒々しく上下左右に動き続ける机にしがみつきながら、ボクはもう一度だけ試してみることにした。


「君はその場所から許可があるまで動けない」


その言葉に逆らって、相手は確実にこちらに向かって歩いてくる。


傷を治すくらいなら重ねがけ出来たはずなんだけどな。ボクはそう考えながらも、当然かという気はしていた。かつて試したのは何もしなくて自然治癒するような浅い傷をこの力で治した場合だった。


それに対して、今回はほぼ蘇生に近い力の使い方をしていた。このような事態は想定されてしかるべきだった。


つまり、ボクには逃げる他に手が無かった。


廊下の角を曲がりると机はボクを乗せたまま、この自体をどうにか出来るかもしれない人がいる場所へと最短距離で飛んでいった。


オカルト部部室。たかだか高校の部室でありながら冷暖房テレビ冷蔵庫を完備し、インターネット環境も完璧という高校七不思議の筆頭に位置する「魔女」の住まう魔窟である。


机がその前に着陸すると、ボクの唯一の助け舟がいる部屋の扉には一枚の紙が張られていた。


「川原礫の小説『ソードアートオンライン』で主人公キリトが使う黒い剣の武器は?」

「──エリュシデータ」


音もなく扉が開いた。


「知らんがな。マジで糞問や」


授業にも出ず、入口に対して開いた形でコの字に配列されている机の|の部分に二台のノーパソを並べ、撮りためたQMAの問題を潰しているショートカットの女性こそ、このオカルト部の魔女ぶちょうにして、近頃売り出し中の美人過ぎる女子高生霊能力者、九重かえでその人だった。


テレビにちょこちょこ呼ばれることもあって、部長はなかなかの美人だった。何処がというと難しいのだが、太めの眉、温和な印象を与えてくるたれ気味の目じり、厚めの唇、ぼちゃりとした身体つき。その一つ一つが何とも癒し系なのである。


眞子が部長に会いたいという理由だけでこの高校に入ったときは、出会う前から彼女が大嫌いになっていたのだが、初対面でボクの評価は完全にひっくり返った。九重かえではボクが人生で初めて出会ったボク以外の異能の持ち主だったからだ。


「ちなみに、キリトさんがエリュシデータとダークリパルサーで、アスナがランベントライトですよ」

「四条くん、こう言っちゃなんやが、キモいな」


この地球上に一度として存在した試しがない方言で喋ってる人にだけは言われたくない台詞だった。ちなみに、部長はテレビでもこの喋り方で通しているが、お茶の間ではキャラ作りということで受け入れられている。


「というか、それどころじゃなくて、実は──」

「ストップや。せっかくやから、アレに挑戦して欲しいやけど」


一瞬意味が分からなかったが、この状況でアレと言ったらアレだろうという当りはすぐについた。


そんな悠長なことしてる場合じゃないんだけどな。しかし、ここで下手にヘソを曲げられると厄介なことになるので、ボクは唯々諾々と従った。


かくかくしかじか。


「なるほど、先日会った留学生が命を狙ってきたわけやね」

「凄いですね。どういう手品ですか?」

「手品ってな、この”美しすぎる女子高生霊能力者”を捕まえて、それは無いんちゃうん」

「だって部長、別に霊能力無いでしょ」

「あかん。それは言ったらあかんやつやで」


部長は条件にこそ当てはまっていないが、初めて会った時に、力の発動を禁じる「取引パクティオ」を成立させているので、気楽に軽口を叩くことが出来るボクにとっては得難い人の1人だった。


それに実際の話、部長は霊を見る力など持たないし、そもそも霊魂の存在を信じていないのである。そんな彼女を霊能力者たらしめているのは「取引パクティオ」という名の「拒否権が存在しない取り決めをする力」だった。


「で、本当のところは?」

「いや、この学校はわいの受け持ちやからね。向こうさんからオファーがあったさかい、事情を聞いて受け入れたというわけや」


ボクは細く息を吐き出した。


「ちょい待ち、四条くんとの「取引」は破ってへんよ。狙うのは四条くんだけやって、そういう取り決めになってるんや」


言われてみれば、先ほど教室で襲われたときも、他の生徒に物理的な損害が与えられている様子は無かった。


「そもそも、断ってくださいよ」

「そうしたかったのは山々なんやけどな。七星七座セブンスの話は前にちょっとしたやろ?」

「先輩みたいな異能者を区分する基準みたいなものですよね」

「大筋それで間違ってはないわ。今回わいに協力を依頼してきたのは、その七座の第一位神火プロメテウスの姫様やさかい。わいみたいな泡沫は協力するしかないんや」

「泡沫って、あっちだって秘密結社みたいなものなんでしょ。こんな場所まで影響力があるもんなんですか?」

「四条くん、勘違いしとるわ。神火プロメテウスの一番有名な儀式は、君もよく知っとると思うで」

「五山の送り火とか?」

「ちゃうちゃう、そんな小さなもんやない。ほら?四年に一度世界を回っとる火があるやろ」


四年に一回の火。そう言われれば、馬鹿だって何のことだか分かる。


「嘘でしょ。IOCが異能者の群れだって言うんですか」

「それは結論が飛躍しすぎやね。神火プロメテウスはそのレベルの組織にだって影響力を行使できるってだけの話に過ぎん。なんせ、世界のエネルギーの四分の一はあそこの異能者が供給しとるさかいな」


は?部長の発言に意味を理解できず、いや、理解できてしまったからこそボクはあんぐりと口を開けて間抜けな声をもらした。


「別に昔からってわけやないんや。昔は本当に石油もタダみたいなもんやったわけやしね。ただオイル危機ってあったやろ、あそこら辺から割合がジワジワ増えていったらしい。あのシェールガスっていうのはなかなか良く出来たジョークやとわいは思うで」


あれだけ騒がれたのに石油がいつまで経っても無くならないわけだな。ボクは部長の肩越しに窓から見える澄み渡った空を眺めながら、他人事のように思った。


部長と知り合っておよそ半年、これまでだって聞こうとすれば聞けたことは沢山あったのだ。その機会を全てスルーしてきたボクの努力がついに無に帰した瞬間だった。


「加えて、エルナ・アーレントは若干16歳にして五星やで」


前にその話が出たとき、部長は自分を三星だと言っていた記憶がある。確か、数が増すほどレア度も増すシステムだったから、かなりの開きがあるということだろう。


「そんなに凄いんですか五星って?」

「まあ、名誉職化しとるとこもあるけど、本来の五星っていうのは、人間が到達できる究極や。一世紀の間に4,5人出ればいい方や」

「ちなみに六星だと?」

「だから、人間の究極+αってことやね。もはや個っていうより現象に近いわ。七星は理論値みたいなもんやから、事実上、この世界における最上位存在やね」


つまり、五星というのはその最上位存在の一つ下ということらしい。現実逃避の乾いた笑いが出かけたが、そんなことをして事態が好転するわけでもない。ボクは一縷の望みにかけてみることにした。


「えっと、話し合いで解決とか出来ないんですかね?」

「無理。あちらさん、絶対殺してやるって息巻いてもん」


瞬殺だった。


「そんなに怨まれるようなことしたつもりないんですけどね」

「具体的に何したん?わいも呪いカースを喰らったくらいのことしか聞いてないんやけど」


ボクが今度こそ本当に言葉で土曜日のことを説明すると、部長はいかにも小馬鹿にしたように鼻で笑った。


「偽善者」

「反論はありませんけど、流石に目の前で死なれてたら無視できないでしょ」

「しかし、そういう事情なら、どうにか出来ないこともないかもしれん」

「本当ですか?」

「前にも言ったけど、四条くんは神様に愛されるとるからね。その贈り物ちからは君を絶対に裏切ったりせんよ」

「そんな抽象的なこと言われても」


その文句に部長はニヤリという風に笑った。見慣れた表情だった。次に出る台詞が確実に想像できるほどに。


「銀券2枚やな」


「取引」。部長は人を助ける代わりに、その貸した力見合うだけの代償を取る。それが銅、銀、金、白金からなるチケットだった。


例えば、ここに一日かからないと終わらない書類仕事があるとしよう。部長は銅のチケットを切ることで、その仕事を一瞬の内に終わらせることが出来る。もちろん、チケットを支払った側の人間はチケットを切られた瞬間にその労働によって生じた疲労を自分の身に受けることになるわけだ。


部長は優れた「取引」の使い手はナノ単位で釣り合う対価を取るに対して、自分のは大雑把で損ばかりしていると嘆いていたが、ボクはかなり凄い力だなと勝手に思っていた。


「高くないですか?」


銅は「労働」を引き出すチケットだが、銀は「行為」を引き出すチケットなのだ。ボクが負うべきリスクはかなり増すことになる。


「値切ってもええけど、安物買いの銭失いって言葉もあるで」


問題になっているのは自分の身の安全である。そう言われると、こちらも強くは主張できなかった。ボクは了承の意味で小さく頷いた。


「森博嗣の『スカイクロラ』読んだことある?」

「押井が映画化したときに読みましたけど」

「なら、四条くんが勝つわ」


部長の不責任にしか思えない発言にこちらが反駁する前に、


銀券(アルゲントゥム)発動。移動、校庭」


部長は遥か高みへと登っていた。


部長が天に羽ばたいたのはではない。こちらの身体が落下しているのだ。


真っ暗な闇の中をすべり落ちながら、ボクはおぼろげな『スカイクロラ』の記憶を探るのだった。








会長が好きだったもので

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