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ことの終わり/あるいは始まり

「ところでさ」


口火を切ったのはボクだった。

クロエと二人、本来であれば電車で帰る道のりを何を喋るでもなく、ぶらぶらと歩くこと十分余り、ついに沈黙に耐え切れなくなったというわけだ。


金髪のツインテールが彼女の首の動きに合わせてかすかに揺れて、夕日を受けて綺羅、と輝いた。その美的効果も、クロエの冷笑としか表現しようがない絶妙な口元の表現で割と台無しになってはいたのだが。


「何でしょう」

「君って、あとどれくらい生きられるの?」


ボクの直裁な質問に彼女の唇は笑みを止め、真一文字をえがいたが、すぐにまた形状記憶合金のよう元の表情へと戻ってしまった。


「さて、わたくしの異能は、現在にないものまでは買えませんので、未来のことを判然としませんが」

「この程度のニュアンスも取れないほど、馬鹿ではないように見えたんだけどな」


先ほど言った自分の台詞を返されて、クロエは鼻で笑った。不快さを表現しながら、それで自分が本当に傷ついたわけではないことを表明する。結果として、相手を小馬鹿にする意志だけが残る。

若いのに、感心するほど人を見下すジェスチャーが上手い少女である。それが彼女を守る鎧のようなものなのだろう。ムカつくけど。


「じゃあ、こう聞けばいいのかな。その異能って、生存するために一日にどれくらい払わなくちゃいけないの?」


どんな異能にも代価がある。というより力が強ければ強いほど、払わなくてはならない代価も増すというのが常道だ。「金で全てを買えるようになる力」は、有名な伝説を元に考えるなら、「金で全てを買わなくてはいけなくなる」ことに違いない。

例えば、ボクが当然のように吸っている空気に値段があるとすれば、一日でどれくらい払わなくてはいけないのだろう。


「亡者化は時間割ですので、日によって変動もするのですが、わたくしは平均20臆ほど一日に支払っていますね」

「高っ」

「わたくしもこの力を手に入れてから驚きました。計算上では、少なくとも100年は支払いには困らないはずだったのですが、この力の前では「信頼」もまた金に変わるんですよ。百億単位の取引を成立させてすら、個人の収支で赤字になるというのはわたくしの想像をはるかに超えた事態でしたね。それも百も承知でわたくしにこの道を行かせた糞ジジイどもへの怒りが呆然する間を与えてくれませんでしたが」


クロエの口調には達成感というよりは、何か恍惚のようなものが混じっていた。なるほどな、とボクは思った。というより、今までこの類の人間が目の前に現れなかった方が不思議なのだ。


「眞子かな?」

「そうです、お姉さまと出会わなければ、わたくしは今頃この世に存在することすら出来なかったでしょう。ですが、そんな卑近な話ではないのです。あの人は、まるで価値そのもののようだ。大月眞子には新しい世界を創り上げるに足る才能がある。貴方もそうは思いませんか?」

「ボクにとっては、ただの腐れ縁の友達ってとこなんだけどね」


なるべく力みが入らないように心がけながら、ボクは細心の注意を払って、その言葉を放った。自他ともに認める天才が、自分を特別に気にかけてくれる。そこに優越が無いといえば、それはやはり嘘なのだ。

眞子は、ボクの生活にポカりと空いた大穴を、間違いなく埋めてくれる存在だった。

だが、それを認めてしまってはいけないのだ。それを認めてしまえば、ボクは天つ才を占有する身勝手な男に過ぎなくなってしまうのだから。


「お二人の関係はお姉さまから聞いていますし、お兄様に私心がないことはわたくしにも分かっています。不審な点も、お姉さまの精神状態を考えて、これまで看過してもきました。ですが、わたくしが用意した米国でのポストを蹴ってまで、お兄様と同じ学校に行くというのは限度が過ぎます。実際、研究はわずかですが計画より遅れ始めています」


いくらインターネットが発達したこの御時勢とはいえ、コミュニケーションの精度を追求するなら、実際に向かい合うのが最も効果的であることは疑いようがない。まして、眞子のような独自な才能が指揮を執る計画において、その本人が現場に居合わせないというのは、致命的なことではあるのだろう。


「この学校に通いたいって言ったのは、眞子なんだけどね」

「お姉さまもそう仰られていました。ですが何故です?わたくしは考えられる限り、最高の環境を用意して米国でお待ちしていたんですよ」

「他にも理由はあるとは思うけど、最高の環境だからってのもあるんだろうね」

「はぁ?」


クロエは口を大きく開けてアホ面を晒していた。是非ともスマホで一枚取っておきたい光景だったが、残念なことにそこそこシリアスな場面でそれが出来るほど、ボクも鈍感ではなかった。


「君は、眞子を神のように崇めているかもしれないけど、アレはアレで怖いものだってあるんだよ」

「最高の環境で結果を出せないことに怯えたと?」

「違うさ。最高の環境で、一人も自分の理解者を見つけれなかったら、それって酷く孤独なことだろ」


ボクが最後まで言い終わる前に、クロエはこちらが言わんとしていることを完全に理解していたようだった。指を打ち鳴らして、虚空からチュッパチョップスを取り出すと、荒々しく包み紙を解いて、舐める間もなく噛み砕いた。


その間に彼女が浮かべていた表情は、悔しそうでもあったが、それ以上に同情とか慈しみの色が強く、何と言うか眞子はボクの知らないところで良縁に恵まれていたのだなと、こちらに思わせてくれるようなものであった。


「それが有り余る才を持った人間の宿命なのかもしれませんね。少なくとも、わたくしが用意した環境は、お姉さまをこの世界でもっとも孤独から遠ざけることが出来るものだと自負しています。お兄様の隣を除けば、ということですが」

「ボクが邪魔だと言わんばかりの口ぶりだね」


暗黙裡に込めた言葉の意味を、クロエは間違えずに受け取った。


「そんなこと、お姉さまがお許しになりませんよ。自分から首でもくくってくださる分にはこちらとしても止めはしませんけど」

「まっ、そこまでしなくても時間の問題だと思うけどね」

「どういうことですか?」

「質問に質問で返すようで恐縮だけど、ボクの不審な点って何?これでも清く正しい一般市民として生きてきたつもりなんだけど」

「それについては今日あの学校に解決しました。「偽式」の人間の助けを借りれば、来歴をくらます程度の簡単ですからね。お兄様の力を考えれば、賢明な処置だと思います」

「中学に入ってさ──」


急に昔語りを始めたボクをクロエは怪訝な視線を送ってきたが、こちらが手で宥めるととりあえず聞く体勢を保ってくれた。


「眞子があんな感じだからさ、クラスから浮いちゃってね。で、ボクこう言ったんだ。”この学校の人間は眞子と仲良くする”って。当時はまだ人格を変えたりしない範囲でなら、この力も便利に使えると思ってたんだよ」

「何というか対処療法ですね」

「まっ、浅知恵なのは否定しないよ。それで2,3日してさ。小学校から一緒に中学に上がった友達と話してたら、急にお前っていつ小学校に転校してきたんだっけって聞かれたんだよ」


ボクは出来る限り笑い話として聞こえるように気を配ったつもりだったが、やはり無理があったようで、見る見る内に顔の筋肉は強張っていた。心臓を締め付けられるように帰った自分の家で、母親がボクの小学一年生から前のことを語れなかった時のことは、今でも週一で夢に見るほどのトラウマだった。


クロエは何とも苦い顔をしていた。

言わなければよかったかとボクは少しばかり後悔したが、眞子を心底思っている人間の前で、自分の状況を隠す気にはなれなかったのだ。まして、自分はいつ何時、眞子の孤独を誤魔化せる居場所ではなくなるか分からない状況なのだから。


「まっ、そういうわけでさ。眞子の記憶から”あの時”のことが無くなったら、勝手にアメリカにでも何でも飛び立つと思うんだよね。この前、眞子に確認した感じだと、小4年の2月ぐらいまで消えてるみたいだから。出来れば、それまでは放っておいてくれないかな」

「茶番ですね」

「酷いな。誰も覚えてくれなくなるなら、少しばかりの思い出が欲しいって思うくらい、いいじゃないか」

「よく分かりました、本当によくね。わたくしの入る場所など、最初から無かったと、それだけのことなのですね」

「えっと、よく分からないんだけど」


凄まじい視線が来た。エルナの物理的に威力をもった視線を向けられたことがあるボクだから確信を持って言えるが、直視していたら2,3週間は悪夢のレパートリーが確実に広がること受けない邪視だった。


「お兄様は、分からなくても結構です」


あまりの理不尽さに、ボクが視線をそらしながら口の中だけでぶつぶつと文句を言っていると、急に左手に暖かい感触があった。クロエが急にボクの手を握ってきたのだ。それも指の間に指が入る、いわゆる恋人握りと言われるフォームである。


一体この人は何をしているんだろう。


ボクの当然の疑問は、車道を走ってきた黒塗りの車が真横で止まり、後部座席のスモークガラスがするすると開いた瞬間に、これでもかと解決した。


「ふーん、みっくんも隅に置けないね」

「あのな、眞子。著しい誤解があると思うんだ」

「別に、誤解とかしてないよ?クロエが強引に手を握ってきたんでしょ。まっ、その指と指が入る形になる前に、手を振りほどけたじゃないかと思わないでもないけどね」

「流石はお姉さま、着かず離れず2メートル後方からこちらの会話を一部始終盗聴していただけあって、実に適切な状況把握でいらっしゃいますね」

「おっ、これは俺修羅ってやつやね」

「オレシュラ?神々の名か何かですか?」


混迷する状況は、残り二人のオカルト部のメンバーが車に乗り込んでいたことで、さらにカオス度を増した。

このようなシチュエーションでボクに出来ることはあまりに少なかった。


「みっくん、いい加減に手を離したらどうなのかなって、わたしは思うんだけどね」

「うん、ごめん」


ボクの謝罪を合図に、黒塗りの車のドアが開いた。乗って来いということらしい。

あまり目立ちたくないので車での登下校は遠慮したいのだが、今回はどうにも自分の主義を主張できるような場面ではない。

静々とドアを潜ると、向かい合わせになっている座席のうち、眞子たち三人と向かい合う方の席に肩身を狭くしながら腰掛ける。何故か、隣にクロエが座ったので、ボクの肩身は熱帯雨林もかくやという速度でさらに狭くなった。


一般的な車は、4,5人乗りだと聞くが、眞子がいつも乗っている運転席と後部座席が完全に隔離されたタイプのこの車は、後部座席の部分だけが確実に六人は座れる仕様だった。


「しかし、眞子ちんが、こんな風になるなんて珍しいもん見せてもらったわ。どうや、クロちん、オカルト部にオブザーヴァー枠で入ってみたりせいへん?」

「ダメだよ、部長。クロエはアメリカで色々とお仕事があって忙しいんだから」

「いえ、問題ありません。むしろ、お姉さまがこちらから動かない場合は、わたくしが日本に居を移そうと考えていたところでしたから」


眞子は何というか呆然とした顔をしていた。


「本気で言ってるの?」

「ええ、何か問題でも?」


そんな二人の様子を見て、エルナは首をかしげた。


「よく分からないのですが、眞子は何故にあんな焦っているのですか?」

「さてな、よう分からんけど、眞子ちんは友達少ないさかい、こういうのに慣れてへんってことやないの。一つ確かなのは、これから楽しくなりやなってことやね。四条くんも、そう思うやろ?」


ボクはこれからの騒がしそうな日々を想って、ただただ力無く笑うのだった。


いちおう完結。


読んで下さった方には、尽きることのない感謝を。


名称の揺れというか、微妙な設定の揺らぎがあるのは自覚しているので、暇なときに直したりはしますが、ストーリーラインはこれで確定です。


この後、彼らはひょんなことから七座の一つ、「大食【ゲヘナ】」の生きる伝説「百万喰らい【ベルゼビュート】」を倒すことになるという荒い筋があるんですが、そこはスキップして、その事後処理の話から、三人称で再スタートがかかる予定。


ストーリーはほとんどなくて、戦闘シーンとだべりで一単位4,50ページでまとまるみたいな、日常ものの変種にしようかなとは思っています。


その前に、連載のまま放置していたミステリの方で何篇か書こうかと思っているので、そちらの方も読んでいただけると幸いです。


それでは、またお会いできる日を願って。バイバイ。


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