三つ目の手品
前回投稿したものよりも、平にとっては遥かにホラー。しかし分類は恋愛。手品部分はほぼオマケで、非常に分かりづらいと思いますと、姑息な予防線を張っておく。
「―――ということだろう?」
須々木恭太郎はタバコの煙を吐きながら、いま目の前で披露されたカードマジックのタネを説明した。それは特に凝った手品というわけではなく、手法さえ分かれば小学生にでも出来る簡単なものだった。そんな子供騙しを一から懇切丁寧に、しかもマジックを披露した本人の前で説明するという茶番に、須々木は溜め息の一つも吐きたくなる。
「もう、どうして分かるんだよ!」
テーブルの上に広げられたトランプを片付けながら、伊織奏子は不満そうに口を尖らす。
伊織は須々木が美術教師として務める高校に通う生徒で、彼が担任を受け持つクラスの生徒でもある。成績は極めて優秀で性格は明るい。教師たちの評判も悪くなく、須々木の見る限りでは友人も多そうだった。容姿も目を惹くものがあり、須々木がいままで出会った異性の中ではもっとも整った顔立ちをしている。
小さな顔に収まる桜色の唇は花の蕾のように可愛らしく、大きな瞳は好奇心旺盛な子猫みたいにキラキラとしている。肩の少し下まで伸びた髪は毛先の辺りが軽くウェーブしていてなんとなく上品そうに見えるが、彼女本人は上品とか気品といった言葉よりも、活発あるいは騒がしいといった言葉の方が似合う元気の塊のような存在だった。いったいその小柄な身体のどこにそんなエネルギーがあるのだろうと、彼女を見ていると須々木はいつも疑問に思う。
「先生、本当に自分でマジックやったことないの?」
「ないな」
須々木は素っ気なく答える。
「やりたいと思ったこともない。そもそも手品に興味がない」
「手品じゃなくてマジックだよ! いつも言ってんじゃん!」
小さな子供みたいに勢いよく椅子に寄りかかり、伊織が文句を言う。須々木には両者の違いが分からないが、彼女にはなにかこだわりがあるのだろう。自分にはどうでもいいことだと、須々木は天井に向かって煙を吐き出す。
「いま先生、そんなこと俺にはどうでもいいことだ、って思ったでしょう」
伊織は睨むように須々木を見てそう言う。
彼女はもしかして超能力者なのだろうか。須々木はなにも言わずに微笑んでおいた。もしも彼女が超能力者なら、きっとそれで伝わるだろうと思ったからだ。
伊織はなにか言いたそうだったが、結局はなにも言わず持っているトランプをシャッフルし始めた。須々木の気持ちが伝わったかどうかは分からない。おそらく、九十八パーセント以上の確率で伝わっていないだろうと、須々木は思った。
リズムよくカードをシャッフルする彼女の手の動きを眺めながら、遠くから見ているだけなら彼女ほど魅力溢れる女の子もいないだろうと須々木は考える。出来ることなら自分も、動物園で白熊を見るように絶対的な安全地帯から彼女を眺め、ああ可愛らしいなと思っていたい。
しかしどういうわけか、彼女はそれを許してはくれない。
いったいなにに興味を惹かれたのか分からないが、彼女はこの高校に入学してきてからの約三ヶ月間、必要以上に須々木に接触を試みてくるのだ。
生徒に好かれるというのは、世間一般の教師からすれば非常に好ましいことなのかもしれない。楽観的に考えて、信用されていると受け取ることも出来るからだろう。しかし須々木は別に生徒に好かれたいと思うタイプの教師ではないし、好かれているから自分は信用されているだろうなんていう、ご都合主義な考えを生徒に押し付けることも出来なかった。
だから須々木は生徒と間に良好な関係を築くための努力なんてしないし、その教育スタンスは受動的なものだった。事務的なことを除いて、須々木は生徒達から聞かれない限り基本的にはなにも言わない。
そういうスタンスを貫き過ぎたせいか、大半の生徒は須々木に怖い教師、あるいは暗い教師という印象をもっていて、授業中を除いては声をかけてこない。須々木はそれでいいと思っているし、いまのところなんの不都合もなかった。
ただ伊織奏子はその大半には含まれず、授業以外でも積極的に須々木に声をかけてくるし、放課後になれば須々木の隠れ家である美術準備室にまで押しかけてくる。そして驚くべき厚かましさを持ち合わせている彼女は、須々木の遠回しの出て行けという発言をあっさりと無視し、大抵は須々木が帰るというまで準備室に居座っている。
しかしあるとき、どんなに話しかけても適当な相槌しか打たない須々木に業を煮やしたのか、伊織は急に手品を披露する言い始めたことがあった。
須々木はのんびりと画集を眺めたかったのだが、伊織がどうしてもというので、一度だけと約束し彼女に付き合うことにした。
そうして見せられた手品は、子供向けのレクチャー本に載っているような稚拙なもので、須々木はすぐにタネが分かった。伊織の名誉のために補足するが、彼女の腕と演出は十分評価できるものだった。素直に手品を楽しもうとしている人が見れば、それなりの驚きと感動を得ることが出来ただろう。
しかし当時の須々木は、とてもそんな気分ではなかったのだ。理由も分からず毎日のようにやってくる伊織に多少の苛立ちを感じていた須々木はあることを思いつき、手品が終わるのと同時にそのタネについて淡々と説明した。そんなことで苛立ちが解消で出来るとは思っていなかったが、これで彼女がへそを曲げてくれれば、もうここに来なくなるのではと考えたのだ。
まったくもって大人げない行動だが、そもそも大人ってなんだろうという子供みたいな自問で、須々木をそれについてのお茶を濁した。
さて結果を言えば、須々木のその期待は大きく裏切られることになる。しかも事態は須々木の遥か予想の上を全力で突き抜け、より面倒な方へと転がっていった。
手品のタネを見破られた伊織はなぜかひどく喜び、それから毎日のように須々木に手品を披露するようになってしまったのだ。おまけに手品が終わったあとに、さあいまの手品のタネは分かるかと妙な挑戦を吹っ掛けてくるようにもなった。
彼女の予想外すぎる行動に、完全にお手上げ状態になった須々木は、もういいかと思ってしまった。きっと彼女は、自分がなにを言ってもしてもここに来るだろうという予感もあり、須々木は彼女が準備室に来ることを許容することにしたのだ。そもそも準備室は須々木個人の持ち物といわけではないし、施設費などを払っている伊織にだって居座る権利は十分にある。それは間違いのない事実だし、そう思えばいくらか自分を納得させることも出来たからだ。
いま思えばまともに彼女に構ったのはその手品のときが初めてで、彼女はそれが嬉しかったのかもしれない。幼い子供が親に褒められたことを何度も繰り返すのと、比較的に似通った行動なのでは須々木は分析している。そう考えると須々木は、なんだか手品くらい見てあげなければ可哀想な気がしてしまい、一日一回くらいならばと、仕方なく伊織の手品ショーにも付き合うことにしたのだ。
ちなみに伊織の手品の腕はかなりのもので、見せ物としては上出来以上のレベルだった。須々木は手品のときに、彼女がミスらしいミスをしているところを見たことがない。
「ねぇねぇ先生、実は今日はもう一つ新しいマジック覚えてきたんだ」
ぼんやりと過去を回想していると、伊織が不吉なことを口走った。
須々木は短くなったタバコを灰皿に捨てて、近くにあった絵を一つ手に取る。それは卒業生が授業のときに描いた作品で、校内にあるどこかの風景が描かれていた。画風がひどく抽象的かつ前衛的なため、校内のどこを描いたのか全く分からないのがこの絵の特徴だ。もしもこれが自分の設定した課題じゃなければ、校内を描いたということすら分からなかっただろうと須々木は思った。
「ねぇちょっと先生、聞いてる?」
伊織は眉をひそませながら、少し怒ったような口調で言う。須々木は彼女を無視して、難しい顔で絵を眺める。
「この絵って、どこを描いたんだろう。この端の方に描かれているのは花壇にも見えるし、トイレにもみえる。校内の風景という課題で描かれた絵なんだから、知らない場所ではないはずだよなぁ」
須々木は絵をテーブルの上に置き、自分の腕を組んだ。
「うーん、ちゃんと描いたやつに聞いておくべきだったな。これを見たときはあまりの衝撃でさ、それをすっかり失念していたんだ。一生の不覚というやつだなぁ」
「そんなんどうでもいいよ!」
絵とテーブルに勢いよく手をついて、伊織を噛みついてきそうなほどに身を乗り出してくる。眼前の近づいてきた伊織と目が合い、須々木は少しだけ焦ったが、すぐに絵の方に意識がいく。
「おい馬鹿! 絵から手をどけろ、破けたりしたらどうするんだ」
須々木は慌てて伊織の片方の手首を掴み持ち上げる。絵の無事を確認した須々木は、とりあえず安心した。いつか天才の絵として値が付くが日が来るかもしれないと、須々木は密かに考えているのだ。
「お前ね、卒業生のものとはいえ人の描いた絵なんだから、乱暴に扱っちゃ駄目だろ」
須々木はもっともらしいことを言う。もっともらしいことを言うのは、大人の得意技だ。
「……はい、ごめんなさい」
少し不貞腐れているようだったが、伊織は素直に謝る。
「だけど、先生が私のことを無視するのが悪い!」
掴まれた方の手をブンブンと振り回し、伊織は自分の怒りを表現しいてるようだ。 須々木は伊織から手を離し、降参といった感じで両手を上げる。
「分かったよ。それで、なんだっけ? 今日はもう一つ手品があるんだっけ?」
「マジック!」
「はいはい、マジックね。マジックマジック。それじゃあ、見せてもらいましょうかね」
須々木は絵をテーブルの上から移動し、手品を出来るスペースを作ってやる。彼女は主にカードマジックを得意としているようで、須々木に披露するほとんどがカードマジックだった。
「なんか適当な言い方だなぁ」
伊織は口をへの字に曲げながら、トランプをテーブルの脇に置き、ポケットから三枚の十円玉を取り出した。いい女子高生がそんなものをポケットに入れて過ごしているのかと聞きたくなったが、話が先に進まない気がしたので、須々木は黙っておいた。
「二つ目はコインマジック? 珍しいね」
「ブー、本日二つ目のマジックは十円玉とカードを使ったマジックです」
伊織は三枚の十円玉を須々木からみて右、真ん中、左という順番で横一線に並べていく。並べられた十円玉同士の間は、ちょうど十センチくらい離れている。並べ終えると伊織は脇のトランプの束の上から三枚を抜き取り、裏返したまま扇状に手に持った。
「ねぇ先生、二つ目はただタネを見破るだけじゃなくて、ちょっとしたゲームをしない?」
伊織はトランプを手に持ったままにっこりと微笑む。なにか嫌な予感がする微笑みだなと、須々木は思う。そして嫌な予感ほど、よく当たるものだ。
「ゲームってなんだ、スーパーファミコンとかか?」
「違うよ!」
伊織は食べ物を溜め込んだハムスターみたいに頬を膨らませる。なかなか愛らしくて、須々木の口元は少しだけ緩んでいた。
「このマジックを使ったゲームってこと! ていうか先生、すーぱーふぁみこんってなに?」
須々木が少年時代に夢中になって遊んゲーム機は、どうやらいまの高校生には馴染みがないらしい。あとにも先にも須々木が遊んだゲーム機はあれだけで、じつは彼の家ではいまでも現役稼働中だった。
「ねぇ先生なにその、すーぱーなんとかってやつ」
「いや、説明するほどたいしたもんじゃない。気にしないでくれ。ああでも、なんだか時代の違いを感じるなぁ」
須々木はしみじみと言って、腕を組みながら椅子に寄りかかる。
「それで、伊織の言うゲームってのはなに?」
「え? ああ、うんとね」
まだ少し気なっているいる様子だったが、伊織はそれ以上は追及してこなかった。
「簡単なゲームだよ。これから私がやるマジックのトリックを、もしも先生が見破れなかったら、私のちょっとしたお願いをきいてもらいます」
嫌な予感は、やはり的中した。
「なに、そのお願いって?」
溜息交じり尋ね、須々木の手は無意識にタバコに伸びていた。だが少し吸い過ぎだと感じ、大人しく手を引っ込めた。あまり吸い過ぎると、伊織がうるさいのだ。
「たしいたことじゃないよ、もしも見破れなかったら、先生にはこれから毎日あたしと一緒にお昼ご飯を食べてもらいます」
あまりにも素っ頓狂な発言に、須々木は椅子から落ちそうになってしまう。それを見た伊織が笑い、須々木は椅子に座り直しながらわざとらしく咳払いをした。
「お前なんだそれ、一緒にお昼を食べるって、訳が分からん」
「わけ分からなくないでしょ、言葉通りの意味だもん」
伊織は笑顔のまま首を僅かに傾ける。
「それじゃあなんだ、俺が見破れたらどうするんだ。俺の願いでも聞いてくれるのか? それとも、そのときはこの話はなかったことに、なんて言わないよな?」
「もしも先生がトリックを見破れたら、私はもう二度とこの準備室には来ません。先生の邪魔もいたしません。それでどう?」
相変わらず笑顔を浮かべたまま、伊織は衝撃的な発言する。
邪魔をしているという意識はあったのかと、須々木はそこに衝撃を受けていた。そんなこと微塵も感じていないと思っていたからだ。
須々木にとって、彼女が邪魔か邪魔じゃないかと問われれば、邪魔ではある。しかし最近ではもういい加減の彼女の存在に慣れてきたので、前ほどそうは感じなくなった。準備室に入ってくるなとも、自分の機嫌がすこぶる悪いときを除いては思わない。だが伊織がここに来なくなれば、多くの時間を有効に利用することが出来るのも確かだ。集中して絵を描くことも出来るし、のんびり画集を楽しむことも出来る。授業で提出された課題作品の評価だって、いまの倍の速さで終わるだろう。ぶら下げられた餌だけ見れば、いますぐ跳びつきたくなるほど魅力的だ。
「というか、なんで俺の願いを伊織が勝手に設定しているだよ」
「まぁまぁ、ちょっとした遊びなんだから。大丈夫大丈夫、もしも先生がトリックを見破っちゃても、私はちゃんと毎日、いままで通り遊びに来てあげるからさ」
「ああそうなの、それは、どうにも、ありがたいね」
はは、と須々木は力なく笑う。魅力溢れる餌は、どうやら手にすることは出来ないものらしい。須々木は少しだけ、ニンジンを目の前にぶら下げられ走る馬の気持ちが分かった。
「でもそれなら、そんなゲームやらなくてもいいじゃないか。イマイチお前の目的が分からない」
「目的は一つ! 先生が私をどう思っているのか、いわゆる二人の距離ってやつを確かめることだ!」
「約六十四センチってとこか」
須々木は目算で伊織との物理的距離を答える。
「そういう意味じゃない!」
「じゃあどういう意味だよ」
「もういいから、マジック始めるよ。これからやるのは、いわゆるコインの瞬間移動ってやつです」
伊織は半場強引に手品を再開し、須々木は仕方なく彼女の手元に視線をやった。
「はじめにこの三枚のカードを、十円の上に重ねます」
伊織は扇状に持たれたカードを一番下から順に須々木から見て右、真ん中、左の順で十円玉の上に重ねていく。一連の動きは素早くスムーズで、一見あやしいところはない。ただ須々木は、彼女がそれを全て片手で行っていたことに違和感を感じていた。あいている方の手も使った方が、カードは置きやすかったのではないだろうか。須々木はこの情報を一時的に頭の中に保存しておくことにした。
「さぁ、これからこのカードの下に置いてある十円玉が瞬間移動します」
伊織は少しすましながらに言う。
「瞬間移動って言葉、なんだか間抜けだよな」
須々木は思ったことを口すると、伊織に無言で睨まれた。
「悪かったよ、どうぞ進めて」
須々木に促された伊織は、真ん中のカードの下に左手の人差し指と中指を器用に滑り込ませ、親指と挟むようにしてもつ。そして左のカードも、右手で同じようにしてもった。
「驚いてね、先生」
伊織はそう言ってから、素早い動作で二枚のカードを持ち上げる。
カードの下に、十円玉はあった。だが左のカードの下にあったはずの十円玉は忽然と姿を消し、代わりに真ん中にある十円玉の数が二枚に増えていた。左の十円玉が、真ん中に瞬間移動したということなのだろうと、須々木は思った。
「どう、凄いでしょう?」
得意気に言う伊織に、須々木は微笑みだけ返した。
「それじゃあ、次いくよー」
そう言って伊織ははじめ真ん中に置かれていたカードを脇にやり、左にあったカードを二枚の十円玉の上にかぶせようとした。
しかしそのとき、チャリンという音が聞こえた。
彼女の手の動きを追っていた須々木は、それを見逃さなかった。カードを持つ伊織の手から、十円玉が零れ落ちたのだ。
こぼれ落ちた十円玉は、恐らく親指とカードの間に挟まれていたのだろう。つまり左にあった十円玉は、まだ移動してはいなかったのだ。もうすでに手品の仕組みを理解していた須々木はそんなことでは驚かなかったが、彼女がそんなつまらないミスをしたということに驚いていた。いままで、今回のものよりも難易度の高い手品をなんなく成功させていた伊織が、どうしてこんな初歩的なミスをしてしまったのだろう。
戸惑っている須々木を尻目に、伊織はなんのフォローも入れずに平然とその十円玉をもち直し、いままでと同じ手順で最後の移動を終了させた。右にあった十円玉は消え、いま三枚の十円玉は真ん中に集結している。
いったいどういうつもりなのか、須々木が伊織の方を見ると、彼女はまるで面白い悪戯を仕掛けたあとみたいな、そんな笑顔を浮かべていた。手品が失敗してしまったことへの悔しさや羞恥なんてもの、そこには少しもない。
「ねぇねぇ先生、いまのマジックのトリック、分かる?」
まるでクリスマスのプレゼント目の前にした子供みたいなキラキラした瞳で、伊織は須々木のことを見つめた。
その期待に満ちた瞳に見つめられ、須々木は彼女の意図を理解する。なるほど最初からそういうつもりだったのかと、須々木は頭が痛くなった。そして彼女のそんな子供みたいな行動が、無性に可笑しかった。
(ああ、それにしても、なんてくだらなくて自分勝手な)
須々木は眉間を押さえ、いったいどうしたものかと考えながら目を閉じる。
伊織はさっきの手品、彼女はわざとトリックがばれるような重大なミスを犯した。普通に考えればそんなことをする意味は少しもない。そう、なんの意味のないように思える行為。だが伊織のその愚行は、彼女が須々木を試すために張った悪魔の罠なのだ。
いや、悪意があるわけではないから、悪魔は言い過ぎかと須々木は思う。
しかしそれに近しいなにか。そう、小悪魔だ。
いま自分を試しているのは、間違いなく無邪気で悪戯好きの小悪魔。
彼女は言っていた。
須々木が自分をどう思っているのか、それを確かめるのが目的だと。
どうして予測できなかった。
しかし、いったい誰がこんなことになると予測出来たという。
目を開くと、伊織は機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら、テーブルの下で足をパタパタと動かしていた。彼女は須々木と目が合うと、パッと笑顔を輝かせる。
本当にいい根性しているやつだと、須々木はいっそ笑えてきた。彼はタバコを手に取り、ゆっくりとした動作で火をつける。
伊織はニコニコと笑顔を浮かべ、須々木の返答を待っている。出来れば沈黙していたい須々木だが、あまり待たせすぎると、きっと彼女は怒りだすだろう。理不尽だと思うが、彼女にそれを訴えたところでどうしようもないことを、須々木はよく知っている。
なんにせよ自分に残された時間はそう長くはないなと、須々木は刻一刻と短くなっていくタバコに目をやる。
(せいぜい、これを吸い終えるまでか)
それまでに、どちらか決めなければならない。
見破ったことにするか。
見破れなかったことにするか。
彼女はどちらを選ぶと思っているのだろう。
もしかしたら彼女は、すでにその答えを知っているかもしれない。
そう、それは十分にあり得ることだ。
なぜなら彼女は、伊織奏子は手品師だから。
最高に身勝手でわがままで、可愛らしい手品師伊織奏子。
彼女から提示された二枚のカード。
さぁ、どちらを選ぶ?
手品部分、分かり難かったですよね?(しつこい)
読んでいただきありがとうございました。お手数と思いますが、感想や指摘をいただければ幸いです。
これぞツンデレなのではと、須々木を書きながら思ったけど、どうなんだろう。