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4  枷と先達の忠告。①



 床で呻いているマグリスからフローインへ視線を移すと、窓際で陽光を受けた長い銀髪が煌めいていて目を細めた。同じ銀髪でも、グレインのものよりもさらに綺羅綺羅しく光を反射する。


 銀鏡の教師、フローイン。


 街ではかなり評判の良い教師の一人だ。

 常に微笑みを絶やさず、物腰柔らかだが、何か揉め事が起きた時には断固とした態度を貫く。教会の教えを説く集まりには、老若男女を問わずに多くの人々が集まるのだと言う。

 ・・・正直、初めてその話を聞いた時は、同名の別人だと思っていた。


 『濡れ羽の狂獣』(ロウフィリスフィグル)


 かつて、目立つ髪を隠すために巻いた布が返り血で漆黒に染まる姿から『獣の巣穴』(フィグルイーグ)でそんな二つ名を付けられていた『四獣』(カルテフィグル)が、この街の子供たちに囲まれ、老人の手助けをしながら教義を説く姿を実際に見た時は、自分の目を疑ったのを覚えている。


「・・・フローイン」

「教師、を忘れずに。あなたもこれからこの街で暮らすことになるのですから、ね」


 悪目立ちはしたくないでしょう?

 と微笑むフローインの色素の薄い目には、かつては存在すらしなかった柔らかな光が宿っているとはいえ。

 その鏡のような銀髪をそのまま背中に流している姿に酷く違和感を感じるのは、俺だけではないだろう。


 ・・・マグリスはまだ床で呻いているが。


 レインの件で、オーヴァ家が絡んできた時点でフローインが出てくることは分かっていた。

 だが、今この時にここに居るということは、今日の強引すぎる顔合わせの一件にも関与しているのは間違いない。

 だとすれば、こちらが知りたいのは、ひとつ。


「目的は」

「・・・おや。まだごねると思っていましたが」


 意外そうに薄水色の眼を見開いてから、わざとらしいほどに満面の笑みを浮かべる。


「彼女は、面白い娘でしょう?」


 どこか誇らしげな、けれど自嘲を含んだ声に、なぜか自分の中に僅かな苛立ちを感じて眉を顰める。それとほぼ同時に、床でうめいていたマグリスが体をふらつかせながらも立ち上がってきた。


「そ・・・そうか、覚悟を決めてくれたか! よかった、よかった。これでシディアが喜ぶぞ! お前も晴れて所帯持ちの仲間入・・・っ」


 起きて早々、満面の笑みを浮かべながら騒がしく近寄ってきたマグリスは、とりあえず、もう一度沈めておいた。


「相変わらず、ですね。 一応、それから話させる事もあるのですが?」

「問題ない」


 内臓を壊すような殴り方はしていないし、気絶もさせていない。今は床で呻いているがどうせすぐに起き上がってくるだろう。シディアの分だといえば、むしろ誇らしげな顔をするのは間違いない。

 視線だけで返答を促すと、呆れたようにマグリスを見ていた水色の瞳がこちらに戻って来た。


「君は訪れし者について、どの程度理解していますか?」


 すっとフローインの目つきが変わる。

 薄水色の瞳の奥に浮かぶのは、策を弄す酷薄な『獣』(フィグル)の目。

 それが今出てくるということは、やはり厄介なことになりそうだ。


 訪れし者について知っている事といえば、突然神殿の一室に現れて領主に保護され、この街の内外で純血主義者に命を狙われていることくらいだろうか。

 理解しているかと問われれば、皆無だ。


「彼らはこの大陸上のどこでもない場所、つまり、環境も文化もこことは全く異なる場所から、本人の意思とは無関係に神殿に現れます」

「環境?」

「ええ。時には恐慌状態になって暴れる者や、こちらの環境に適応できずに数日で命を落とす者もいます。幸い、今年の訪れし者達にはその兆候はありませんが」


 実際過去にはそういう訪れし者も居たのだという。

 環境が異なるということは、身体の構造でも違いが出てくる。

 『街』(シディル)で生まれ育ったものと、外で生まれ育ったものとでは体格や身体能力が大きく異なるのがいい例だ。

 だが、そうなると。


 その存在は、ひどく危うい。


 ただでさえ、街の住人は排他的だ。この街は商業と学問で成り立っているから他の街に比べればまだ良い方だが、純血主義のような思想もある。


「ええ。訪れし者は多かれ少なかれ、波紋を呼ぶ一石となる存在だと言えるでしょうね」


 そして、それは教会に対しても言えることだ。


 環境も文化も違うなら、当然信じる神も違うのだろう。教会はあくまで教会の教えを信じる者達のための施設であり、新たな信仰をもたらす可能性がある訪れし者は危険因子でもある。

 いくら教会から現れた者とはいえ、その存在すべてを受け入れられはしない。


「だが、彼らは適応しようとしている」


 床の上で腹を庇いながら上半身を起こしたマグリスが、不敵な笑みを浮かべていた。


「そしてこちらの法と文化を学び、理解し、遵守しようとする意思がある。故に、訪れし者はこの街の住人だ」


 領主としての断固とした意思を含んだ声に、なるほど、と思う。

 マグリスが領主に就任した時、シディアが願ったことが三つある。そのひとつが、法と文化を順守する者たちを受け入れ、街の住人としての保護を行うこと。

 それは、訪れし者だけでなく、俺たちのような街の外から来た者にも適用される。マグリスが領主になってから、街の住人はかなり増えたはずだ。


「・・・相変わらず、壮大な夢を描いているようですね」


 外からの人間を受け入れるには、どうしたって限度がある。人が増えれば、それだけ揉め事も増えるし、代々の街の住人たちの反発は必至だ。

 だが、マグリスは『獣』(フィグル)の目で笑う。


「なんとでも。それをシディアが望む限り、俺は成し遂げるだけだ。・・・それに、シディアは不可能なことを望んだりしない」

「・・・まったく、貴方たち夫婦ときたら」


 呆れたようにため息をつきながら、それでもフローインもまた、不可能とは言わない。

 だからこそ、教師になるのと同時に、訪れし者をすぐに神殿から領主の館に移す手はずを自ら進んで整えてきたのだろう。

 そんなことを考えていたら、水色の目がまっすぐにこちらを見てきた。


「そういうわけですので。この揃いも揃って頑固な夫婦の壮大な計画のために、君たちの手を借りることにしました」


 私一人の手には、とても負えませんから。と言いながら、なぜかこちらを哀れむような、弄ぶような奇妙な微笑みを浮かべたフローインに酷く嫌な予感がした、その時。


「君への依頼はたったひとつ。次のリーフェリア祭まで君の妻となる女性を守ってください。・・・それも、純潔のままで」


 ・・・・・・妙な注文をつけられた。



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