表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/20

  未知との遭遇。⑥



 マグリスとシディアは、ここでも手際のよさを発揮した。


 その場の勢いでついてきてしまった娘が我に返る前にと、怒涛のごとくその後の手続きや作業を進め、娘をせかすようにして荷物をまとめさせて、もともと娘のために用意していたらしい家具や生活必需品と一緒に手際よく馬車に詰め込んだ。


 一人では分からないことも多いだろうから、とシディアが馬車に同席して、今後の生活や必要な手続き、勉強会の日程などを娘に話して聞かせている。


「分からないことがあるのは当然よ。疑問をそのままにせず、考え、教わること。でも、時にはそれが身を危険にさらしてしまう場合もあるわ。たとえば・・・」


 シディアは物事を教えるのが上手い。

 その声は相手を話に引き込むように響き、話しかけられているほうは嫌でもその声に集中してしまう。

 おそらく娘も、今は自分の置かれた状況に意識をめぐらせるよりも、今後のためになる話を聞かせてくれるシディアの声に集中しているのだろう。戸惑いや緊張よりも、新しい知識を一生懸命記憶に留めようと覚書に書き付けるのに必死だ。


 馬車を降りて実際に拠点の中に入った瞬間に、ようやく我に返ったのか、小さな肩が一気に緊張した。

 小さな鞄ひとつ抱えた娘が、戸惑うようにきょろきょろと建物の中を見回していたかと思うと、混乱と戸惑いに満ちた視線が一瞬こちらに飛んでくる。


 動揺に揺れる視線が、どうして自分はここに居るんだろう、という疑問をありありと浮かべているが。

 今その疑問を浮かべるのは、遅すぎる。

 娘の危機管理が少し心配になってきたが、娘の疑問がしっかりとした形になって口から出てくる前に、シディアが先手を打った。


「ああ、これは思ったよりひどいわね」


 厨房を見ながら、わざと娘にも聞こえるようにつぶやいたシディアの言葉に、素直に興味を移した娘がシディアの側に寄っていくと、なぜかひどく驚いた様子で、絶句してしまった。


 ・・・何かまずい物でも置いていたか?

 獲物の解体は外でやっているし、ここ最近はこの厨房に入る事さえなかったはずだが。

 少し不安になって二人の後ろから厨房を覗き込んだが、特に何もない。

 いったい、なにをそんなに驚いているんだ、と思ったら、娘のかすれたつぶやきが聞こえてきた。


「な、何にもない・・・」

「大丈夫よ。必要なものはこれから一緒に買いに行きましょう。これだけ何もないなら、むしろ好きなように揃えられるわね」


 確かに、器が幾つかある以外は特に物を置いていない。それがまずかったらしい。シディアから呆れきった視線を投げられた。


「こんな感じでね、家事は全く駄目なのよ。片付けも下手くそだし、洗濯は力をいれすぎてぼろぼろにしてしまうし」


 ・・・いったいいつの話をしているんだ。

 確かに力加減が上手く出来ずに服をねじ切ってしまったり、片付けが面倒で適当に物を重ねて崩してしまったこともある。

 が、それはまだ成人もしていない子供の頃の話で、今は一通りできる、はずだ。

 そう目で抗議したが、シディアに刺し殺すように睨まれて視線を外す。


 ・・・そういえば、昔、ねじ切ってしまったのはシディアの気に入りの服だった。


 逸らした視線の先で娘の大きな黒い瞳とぶつかり、この人これまでどうやって生きてきたんだろう、という疑問と憐憫と使命感がありありと浮かんでいる瞳に、ちいさくため息を吐いた。


 怯えられないのは有難いが。

 ・・・彼女の中での俺は、家事が全く出来ない、可哀想な男になってしまったようだ。


 シディアは娘がやる気を出しているのを見てとって、早々に荷物を部屋に運び込ませるとすぐに娘を馬車に乗せて、一度館に戻った。

 まだ帰っていなかったレインを捕まえ、ついでとばかりにグレインを荷物持ちに指名して、あっという間に買い物に行く準備を整えてしまう。


 指名されたグレインもあまり表情は変わっていないが、どこか嬉しげだ。

 これまでは獲物たちに警戒されないように、なるべくレインと一緒に出掛けないようにしていたから、その反動だろう。これからは、手を出そうとしてくる獲物たちを文字通り獲物として処理できるのだから、気持ちは分かる。


 だが、レインだけでなく、シディアたちも護衛の対象として見ているのだろうか?

 不安な視線を向けていると、シディアが手にしていた羽扇子をひらり、とひらめかせた。


「心配しなくても、日没前には戻るわ」


 だから、さっさと話しをつけてきなさい。

 諭すような視線に、また子供扱いされているような気がしたが、反発するよりも前にさっさと出発されてしまい、小さくため息をついた。


 何かがあったとしても、シディアの羽扇子を使った護身術があれば、大抵の相手は捕らえられる。あの護身術とは名ばかりの拷問技なら心配はいらないだろう。


 ・・・それに、確かに()()とは話をつける必要がある。


 踵を返して館のマグリスの執務室を訪れると、そこには予想通りの銀髪の人物がいた。


「ああ、待っていましたよ。思ったよりも遅かったですね?」


 優しげに見える笑みを浮かべたフローインは、それでいて水色の目の奥に『獣』(フィグル)の鋭い光を浮かべていて。


 また、厄介事が増えるらしい。


 内心深くため息をついたが、とりあえず。


 ・・・マグリスを床に沈めておいた。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ