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  未知との遭遇。④


 

 レインと黒髪の娘が出会ってからというもの、レインはこちらの思惑を知ってか知らずか、敵を誘い出すかのように活発に動き回ってくれた。


 グレインがこの上なく不機嫌になっていたから、本当に何も知らないはずなのだが。

 何の躊躇も無く、あえて危険な地域に出向いたり、人通りの少ない場所を一人で歩いてみたりと危ない橋を平然と駆け抜けていく姿に、グレインでなくても何度も肝が冷えた。


 レインは聡い。

 自分が狙われていることを敏感に感じ取って、これまではきちんと警戒していた。

 それがいきなりこんな無謀な行動をとるようになったのは、すべてあの娘のためだろう。何かとそばにいたがる娘を巻き込まないために、あえて危険な行動をとって隙を見せ、相手を探ろうとしているようだった。


 治安の悪い地域へ行く時は必ず事前に友人たちにいつ戻るかを伝え、それなりに逃げ道を確認してから出掛けているようだが、危険なことに変わりはない。

 グレインの商売道具のなかから小振りのナイフや目眩ましだけでなく、捕縛用の強糸なども持ち出しているところを見ると、自分で捕まえる気なのだろうか。


 どちらにしても、シディアに通じる強かさと行動力だ。


 その行動力にグレインは日々不機嫌になっていったが、そのおかげで、オーヴァ家以外の根をいくつか抑えることができた。


 外では徹底的に娘を避け、身を危険にさらしながら一人で行動するレインだが、その分館に滞在できるときだけは、ここぞとばかりに娘と二人でべったりとくっつきあっている。

 どちらかというと、レインは淡白で群れず、自力で考えて決定し行動することを良しとする傾向があった、はずなのだが。

 この娘に関してだけは、恋人同士か新婚だと言われた方が納得できるほどに、甘いやり取りを交わしている。

 今も娘にせがまれて、仕方ないな、といいながら今夜は館に一泊することが決定したところだ。


 ・・・グレインが、今にも娘を抹殺してしまいそうな目つきで睨んでいる。


 もうそろそろ、限界かもしれない。

 外では自分の妻に危害を加えようとする者をあえて見逃さねばならず、館では普段は決して見せない幸せそうな笑顔で娘と話し込む自分の妻を見守らねばならず、グレインの苛立ちは最高潮に達しようとしている。

 このまま放っておけば、間違いなく、あの娘が排除されてしまう。


 とにかく、無邪気な娘たちを離れさせようと動こうとした、その時。

 凍てつくような視線が飛んできた。


 反射的に背筋を伸ばしてしまうこの視線。 

 嫌な予感がしてぐるり、と見回すと、広間の続きの扉の奥で、口元にだけ笑みを浮かべたシディアが立っていた。


 私の可愛い娘たちの邪魔をするんじゃないわよ?


 邪魔をするならお前たちを排除する、という明確過ぎる意思が伝わって来る鋭い視線の前に、グレインは苛立ちながらも二人の娘からそっと視線を逸らして、大きくため息をついた。

 どうやら一発触発の限界寸前から、少し落ち着いたらしい。


 ・・・俺たちに対する、シディアの刷り込みも含めた教育は、ほぼ完ぺきだ。


 まぁ、あのマグリスを振り回せるのだから、俺たちなんぞ手のひらの上で転がすようなものなのだろう。実際、シディアは俺たちを自分の弟か息子のように思っている節がある。

 ・・・だから、余計にシディアに逆らえないというのもあるのだが。

 身内に甘いのは、『獣』(フィグル)の困った特徴のひとつだ。


 苛立つグレインをなだめつつ、なんとか館での一日を無事に過ごした翌朝。


 一仕事を終えてほっとしている間に、今度はマグリスから緊急の呼び出しが来た。

 朝食を楽しんでいる娘たちをシディアに任せてグレインと共に執務室に向かうと、正装を身に纏ったマグリスが深刻な表情で机に両肘をつき、指を組んでいる。


 なにか、起きたか。

 こちらは順調だが、それぞれ別件で動いているフィリウスとヴォルフの状況は分からない。

 場合によっては、レインをシディアに預けて、数日手伝うことも有り得るだろう。


 マグリスは俺をまっすぐに見たまま、しばらく黙って難しい顔をしていたが、視線で促すと、ようやく口を開いた。


「・・・見合いをしてくれ」

「断る」


 即答で切って捨てた。

 ・・・いくら『獣』(フィグル)でも、身内すべてに甘いわけではない。


「用件は?」

「いや、だから、見合いをな?」


 何の冗談だ、と無言で睨みつけると、まぁまぁ、と半笑いでなだめてきた。


「シディアの一押しでな、お前にぴったりだというんだ。会うだけ会ってくれ、頼む」

「ちょっと待て。俺の時も同じようなことを言っていたぞ?」

「いや、あの時の一押しはレインだったんだ」


 目を吊り上げたグレインと少し焦ったようなマグリスのくだらないやり取りは心底どうでもいいが、シディアの勧めとなると・・・厄介だな。

 シディア自身の強引さも面倒だが、それ以上に厄介なのは、愛妻の願いを何がなんでも叶えようとするこの目の前の男だ。

 過去、何度この妻狂いに嵌められたか。

 今も口では頼むと言っているが、頭では幾通りもの手を考えているんだろう。


「そういう状況じゃないだろうが」

「いや? レインのおかげで複数の根が見つかったことだし、もう充分だろう。お前の出る幕はなさそうだな?」


 マグリスの言葉に、グレインの目が輝いた。

 静観は終わりだ。

 これからはレインに接触してくるものたち全てを、見せしめと牽制を込めて徹底的に排除できる。

 鬱屈していたグレインは、それこそ解き放たれた獣のように喜々として狩り尽くすだろう。

 ・・・確かに俺の出る幕は無いかもしれない。


「頷いておいたらどうだ? 今なら会うだけで済むかもしれないぞ?」


 途端に上機嫌になったグレインが気軽に勧めてくるのは、後で殴っておくとして。


「ああ、なんだったら、正式に依頼してもいい。内容はあくまで会うこと、それだけだ」


 この獲物を狙う『獣』(フィグル)の目をした男をどうするか。

 恋女房が絡んだ時のマグリスは、通常の3倍以上面倒で危険な生き物になることは骨身に染みて理解しているが、自分だけならば、それなりに対応することは可能だ。

 だが今回の場合は、相手にも影響が出てしまう。


「フィリウスは?」

「あいつは、自力で見つけた。だがまぁ、ある意味一番の強敵を選んだようだな」


 マグリスが強敵と表現するということは、シディアに匹敵するほどの難関ということだろうか。どんな相手なのか後で聞きに行ってみるか。


「で、どうだ? 会うだけでいい」


 マグリスは、どうあってもシディアを喜ばせることを諦める気はないらしい。

 どの道、相手もシディアにしっかり捕まってしまっているのだろう。


 ・・・だが、よりにもよって。

 見合い相手が俺というのは、あまりにも気の毒な気がする。


 それにいくら慣れているとはいえ、面と向かって怯えられたり、泣かれたり、気絶されたりするのはあまり気分のいいことではない。


 比較的女受けする容貌のフィリウスを身代わりにしようと思ったのにすでに相手がいるという。

 どうしたものか、と沈黙し考えこんでいると、先ほどよりも真剣な様子のグレインが肩を叩いてきた。


「考えたところで、こいつらはしつこく手を打ってくる。過激な手に出られる前に、早めに折れておいた方がいい」


 ・・・それは、確かに。

 マグリスは半笑いの笑顔のまま、譲る気は全くないようだし、より面倒なことになる前に、折れておいた方が被害が少なくて済む。


 会うだけだ、と答えようとしたそのとき。

 脳裏に一瞬、黒い瞳が浮かんできた。

 あの決意に満ちた、強く輝く瞳。


「・・・断る」


 気がつけば承諾するはずだった口から、拒否の言葉を吐いていた。

 マグリスとグレインが少し意外そうな表情を見せているのが何となく気まずくて、視線をそらす。


「まだ、レインの件が片付いていない」


 自分でもいいわけだとわかる台詞を吐いて、マグリスの部屋を後にした。


 そして、その日の午後。

 勉強会に参加していたレインにつく為に館へ戻ってきた俺が、シディアに呼ばれて中庭に行くと。


 そこには。

 ・・・あの黒い瞳の娘が、いた。



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