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  未知との遭遇。③



 レインの周りで、純血主義者が動き出した。


 最初は、街の子供使った軽い接触。

 グレインが呼んでいる、という典型的な呼び出しだったが、レインは指定された場所には行かなかった。


 グレインは納得がいかない様子だったが、レインが呼び出された場所は街外れの特に治安が悪い地域で、しかも一人で来い、といういかにも怪しい内容だった。

 この街の地理と治安、犯罪件数とその内容について、シディアに徹底的に叩き込まれているレインが行かないのは当然のことだ。


 伝言を伝えた子供をグレインが捕まえて確認したが、見知らぬ大人に菓子をもらって伝言を頼まれただけらしく、男だということ以外相手の顔も特徴もほとんど覚えていなかった。


 次は、買い物の途中で体調を崩した老人。

 居合わせた友人たちと一緒に医者に連れて行った後で、お礼にと老人の自宅へ誘われたが、レインは「夫の夕飯の支度があるから」と断っていた。


 妙に上機嫌になったグレインにレインを任せ、老人の後を追う。


 老人は、先ほどまで体調が悪かったようには見えない動きで、一軒の商家に入っていく。

 先日マグリスに見せられたこの街の詳細な地図とそれに符号する住人の情報を、記憶のなかで照らし合わせて、ひとつの豪商の名前を見つけた。

 オーヴァ家。

 神殿と懇意にしていることで知られている商家だったはず。


 だが、ただの商人の家にしては、ずいぶんと物々しい細工だ。


 ざっと建物全体を見回すと、巧妙に隠されてはいるが明らかに自衛の範囲を超えた、その道の玄人が手掛けたとしか思えない仕掛けがいくつも施されている。


 ・・・『根』(あたり)だ。


 感覚的な手ごたえに、これが俺たちが捜す純血主義の連中に繋がる根だと確信する。


 おそらくこの根は取るに足らないような、いくらでも換えの効く細い細いものでしかないだろう。

 だが、より太い根に、そして本体に確実に繋がる小さな手がかり。

 

 どうせ、マグリスのことだ。レイン以外の線からも根を掘り出しているに違いない。

 あとは、それぞれの根を切られぬように辿り、本体ごと根絶やしにするだけ、なのだが。


 ・・・時間が掛かりそうだな。


 オーヴァ家の横のつながりと神殿とのつながり。そして、神殿内の組織図を思い浮かべて、そっとため息をついた。下手をすれば他の街まで巻き込んだ大規模な狩りになる可能性もある。

 それに神殿が絡んだ以上、あいつが、フローインが出てくるだろう。


 複雑かつ、面倒なことになることは間違いない。


 出来れば一度時間を見つけて、あの黒髪の娘がきちんと食事と睡眠をとっているのか、館に様子を見に行こうと思っていたのだが。

 その時間も取れなくなりそうだ。


 あれから何度と無く、あの決意に満ちた黒い瞳が脳裏に浮かんできては、なんとなく落ち着かない気分を味わっていた。

 あれだけ強い瞳を持つものなら、自身の身体をないがしろにしたりせず、食事と睡眠をきちんととるだろう、と分かっていても、自分の目で確かめたいと思ってしまうほどに。


 今すぐは無理だが、今回の件が落ち着いたなら、娘を捜そう。

 自分がどうしてそれほど娘に興味を持っているのかも分からないまま、ただ、気付けばそう決意していた。




 レインに対する接触は、次第に過激になって来ている。


 行く先々で待ち伏せるもの、家に押しかけてくるもの。

 流石にレインもおかしいと感じ始めたのか、外出する時は必ず人通りの多いところだけを歩き、なるべく友人たちと一緒に行動するようにしていた。


 だが、それでも一人きりになってしまう時間はどうしてもある。


 その日、レインが友人と別れて一人になり人通りが絶えた途端、馬車を操る男が接触してきた。

 最初は友好的に話をしていたようだが、途中から刃物をちらつかせ、レインの腕を取って強引に馬車に乗せようとする男に、グレインが動こうとした、そのとき。


「レイン!」


 鋭い女の声が響き、その方向を見たレインが驚いたように固まったのと、男の顎先に飛んできた小石が当たり、レインの腕を掴んだまま倒れるのが同時だった。

 レインはすぐに体勢を立て直して男の腕を振り払って飛び離れ、すぐに小石が飛んできた方向へ走りだす。


 その動きに合わせてグレインが地面に倒れて呻いている男を気絶させた。

 それを視界の隅で捕らえながら馬車に乗りこみ、外に出てこようとしていた別の男を気絶させ、縛り上げる。


 レインは、と馬車の窓から外を窺って、目を疑った。

 小石が飛んできた方向から、ちょろちょろと駆け寄ってきたのは、あの黒髪の娘だった。

 どうしてここに、と思うまもなく、駆け寄る勢いのまま、二人の娘はぶつかるようにして泣きながら抱き合っていた。


「レイン、レイン!」

『どうして!? どうして、君まで・・・っ!』


 驚愕と混乱に打ちのめされたようなレインが何かを叫んだのに対し、あふれんばかりの歓喜に輝く瞳で見上げる娘が、泣きながらもどこまでも嬉しげな顔で笑った。


『でも、会えました! ずっと、ずっと捜していたんです。無事で本当によかった!』


 喜び、安堵、幸福。

 聞きなれない異国の響きを持つ言葉に何を話しているのかは分からなかったが、涙を流しながら抱き合う二人は、他者が入り込む隙間がないほど、ひどく強い絆を感じさせた。


 ・・・訪れし者、だったのか。


 初めて聞く娘の声は、春にさえずる小鳥のように喜びが込められたものだったが、その言葉は、この街の言葉でも、この大陸のものでもない。

 普段はこの街の言葉を流暢に話すレインも、時折感情が抑えられなくなると、聞きなれない音の言葉をつぶやくことがある。それと同じ響きを持つ言葉を操る娘は、おそらくレインと故郷を同じくする訪れし者なのだろう。

 使用人でもなく、役人の娘でもなく、館に暮らすもの。

 考えればすぐに気付きそうなことだったのに、なぜ、それに思い至らなかったのか。


 ・・・それにしても、見事な投石だった。

 的確に男の顎を捉え、脳震盪を起こさせたあの一投。

 娘の細腕から投げられたものとは思えないほどの力が込められた小石は、きれいな回転もかかっていて、さらに威力を増していた。 


 どうやら、弱々しいだけの娘ではなかったらしい。


 食事も睡眠もきちんととっていたようで、顔色もよく、興奮にうっすらと赤く染まる頬も健康そうな丸みを帯びていることに、知らず安堵の息が漏れた。


 泣きながら抱き合って何かを話していた娘たちは、しばらくしてようやく我に返ったように手をつないだまま、急いで人通りの多い大通りに向かう。

 グレインと共に気付かれないよう後を追うと、人通りが増えたためか娘たちはこの街の言葉を使い始めた。


 娘が手に持っていた小石を一粒受け取ったレインは、小さくため息をつく。


「あのね。これ、ほかの人にやったらだめだよ?」

「どうしてですか?」

「私は君の腕前は良く知っているからいいけど。怯えて避けられたら狙いがそれて、下手したら死ぬからね?」

「私だって良く知ってますよ? レインは絶対私を信じてくれるって」


 相手がレインだからやったんです。

 どこか誇らしげに言う娘に、レインは苦笑しながら頭をなでてやる。


 ・・・なんだ、この恋人同士のような会話と甘い雰囲気は。

 そしてどうしてレインがグレインにも見せないような、心底愛しくて仕方がないという目で見ているんだ。


 そう思った瞬間、近くから抑えきれない荒々しい気配を感じて視線を向けると、グレインが二人を睨みつけている。


 気付かれるぞ、と視線に力を込めると、恨みがましい目がこちらを見た。


 その途端、不愉快な気持ちがどっと流れ込んでくる。・・・まぁ、たとえ女同士といえど、自分の女房と恋人同士のように甘く見つめ合う相手がいたら、威嚇の一つもしたくなるものかもしれないが。


 気持ちは分からなくもないが、控えろ。


 視線だけで注意を促せば、ふてくされたように視線を外される。その素直な感情の吐露に、ああ、と気付く。


 どうやら、グレインはすでに自分が、自分の女房に本気で落ちたことを自覚したらしい。


 マグリスとシディアの攻防を間近で見てきたグレインが、見定めた自分の獲物()を取り逃がすようなへまもしないだろう。そうなると、この男を本気にさせてしまった奴の妻が、気の毒にも思えるが。


 ・・・とりあえず、グレインの排除の対象になってしまいそうな、あの娘をレインから引き剥がしてやった方がよさそうだ。




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