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  未知との遭遇。②

 数日後。

 朝早くシディアに呼び出されたレインが領主の館で話し込んでいる間に、館の中を見回っているとき。


 ・・・居た。


 中庭で迷子になっていた、あの大きな黒い瞳の娘を見つけた。


 中庭で見かけてから、なんとなく気に掛かって、この館に来るたびにその姿を捜してはいたのだが。

 あの不安げな様子からして、館に不慣れな外の人間だろうと予想していただけに、まさか、本当に見つかるとは思っていなかった。

 では、なぜ館に来るたびに捜していたのかは、自分でもよくわからない。

 ただ中庭で見た、あの途方に暮れたような瞳が記憶に焼きついてしまっていたから、だろうか。


 娘はこちらの視線には全く気付かずに、ひとつの部屋の中を覗いてはすぐに扉を閉め、また別の部屋を覗きこみ、まるで何かを探すように館の中を歩き回っている。


 普通なら不審者だと思うところだが、ちょろちょろと動き回って部屋を覗くたびに落胆しているその姿は、心細げで、なんとなく哀れを誘うものだった。


 また、迷子になっているのだろうか。

 ・・・館の中で?

 迷子というよりも、むしろ、何かを探しているようにも見えるが。


 それにしても。

 前に見かけた時よりも、ずいぶん痩せてしまっている。

 あまり良くない痩せ方で、やつれている、と言った方がいいかもしれない。


 食事と睡眠をとっていないのだろうか?


 元々弱々しい風情だったのが、さらに吹けば飛んでしまいそうなほど、儚げな存在感になってしまっている。


 ひとしきり館の部屋を見て回った娘は、最後までこちらに気づくことなく、意気消沈した様子でとぼとぼと外へ出て行ってしまった。


 ・・・いったい、何を探していたんだ?


 悲しげな後ろ姿を見送りながら、そんなことを考えていた。




 三度目に見かけたのは、さらに数日後の夕暮れ時の門の前。


 シディアに何事かを相談するために館を訪れたレインを、途中で合流したグレインに任せ、少し街を見回ろうと外に出たとき。

 人の出入りを一望できる木陰で、きょろきょろと忙しなく周囲を見回しながら、通り過ぎて行く人々を真剣に見ている娘を見つけた。


 一人たりとも見逃さないよう、真剣に行き交う人々を見つめている娘。

 着ているものは少し大きいようだが、上質の素材で、胸の前で組んだ手は白く、細い。


 その姿に眉をひそめる。


 また、痩せている。

 目の下のクマも酷い。

 ただ木陰で立っているだけなのに、どこかふらふらと揺れていて、今にも倒れてしまいそうだ。


 この前見かけた時から数日しかたっていなというのに。

 このままでは、そう遠くないうちに弱って命を落としてしまう。


 なぜ、きちんと食べて寝ていないのか。

 食事も睡眠も、生物として最低限必要なことだというのに。


 俺には関係ないことだと分かっていながら、なぜかわきあがってくる苛立ちが押さえられない。


 ヴォルフとその妻が営んでいる食堂はこの館の近くだ。連れて行って無理にでも食べさせようか、という考えが一瞬よぎったが、そんなことをしたら、風前の灯のようなこの娘がものの見事に消えてしまうかもしれない。

 そもそも、ヴォルフは俺と同じかそれ以上に魁偉な容貌をしている。女子供どころか、大の大人にも怯えられてしまうような俺たちと一緒では、気の弱そうな娘は食事どころじゃないだろう。


 せめて何か食べさせられないか、と考えながら物影から娘を観察しているうちに、次第に日が暮れてきて、門が閉まる時刻になった。

 グレインたちは裏門を使ったらしい。


 ・・・そろそろ交代の時刻だ。


 娘も門番に促され、未練たっぷりに館の方へ歩き出す。


 うつ向いて、落ち込んだように歩いていた娘が、ふいに道の途中で立ち止まった。


 悲しげな瞳が空を仰いで、潤み。

 震える呼吸で大きく息を吸う。


 泣き出してしまうのだろうか、となぜか焦りに似た感情をいだいた瞬間。


 小さな両手が動き、思い切り、両頬を叩いた。


 ここまで響いてきたその音に驚いていると、両頬に赤い手形をつけた娘が、顔を上げて背筋をまっすぐに伸ばし、前を睨みつける。

 その大きな黒い瞳には、強い意思がみなぎっていて。


『絶対に諦めない』


 声もなく、宣言する瞳。


 両頬を真っ赤にした娘は、先ほどとは違って、憤然と勢い良く歩いて行く。

 その姿を今度こそ見送って、口元を手で覆った。


 ・・・面白い。


 おそらく落ち込んだ気持ちを切り替えようと気合を入れたのだろうが。

 なにも離れたここまで聞こえてくるほど力を込めて叩かなくてもいいだろうに。


 あれは、明日も腫れるな。


 笑い出してしまいそうになるのを抑えながら、先ほどの娘の目を思い出す。

 あれは、道に迷っている者の目ではない。

 自分の道を知る者の目だ。


 何があったのかは分からない。

 だが、不安げな様子を残しながらも、諦めず自分を奮い立たせることができる娘には好感が持てた。


 この時間に館の中に戻ったということは、部屋持ちの役人の娘か。傷ひとつない手をしていたから、使用人ではないだろう。


 どちらにしても、館の住人ならまた様子を見ることもできる。

 そのことになぜか満足して、グレインと交代するために二人の住む家に向かった。


 グレインと交代するときに、若い娘が好む食べ物は何か尋ねてみたのだが。


 ・・・全く参考にならなかった。





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