2 日常と非日常への誘い。
※ここからしばらく、夫妻結婚前のお話が続きます。
妻と出会う前までは。
火薬と砂埃、そして血の匂い。
それが日常だった。
星消えの終了を示すひと際明るい星明りの下。
自分たち以外に動くものが居なくなったのを確認して、ようやく商売道具についた血をぬぐう。
「あぁ、やっと終わった」
同じように武器を収めたフィリウスが大きく伸びをしてから、いまだ興奮している自分のボウドゥの首筋を叩いてなだめている。
「今回は去年より短かったな」
「でも後半グレインが抜けた分、去年よりよっぽどきつい」
狩った獲物の数を数えながら手際よく解体していくヴォルフを手伝いながら、フィリウスの愚痴に確かに、と小さく頷く。
星消えの間は、獣と呼ばれる変種の生物が異常増殖する。
野生動物のように自然に繁殖するわけではなく、突如として生まれてくる獣は、一年を通して大陸各地に存在しているが、この星消えの期間は特に活動が活発になり、人を襲い、野生動物を乱獲する凶暴種が増殖する。
期間はその年によって異なるが、10日から二ヶ月以上と幅が広い。今年は一ヶ月ほどだったから、期間としてはまだ短いほうに入るだろう。
街や村にも甚大な被害が出るため、大抵は星消えの期間中は、獣を狩るための能力に特出した者たちを集めた集落『獣の巣穴』から、自ら『獣』を名乗る専門の狩人を雇い入れ、警備と周辺の狩りに当てる。
俺たちのように、『獣の巣穴』以外にも拠点を持ち、獲物を追って各地を渡り歩く『獣』は少ない。
いつもは、今ここに居ないグレインを含めた4人で狩りに出ているが、今回は途中で別の依頼が舞い込んできて抜けたため、余計に手間取ったのは否めない。
ただの依頼なら即断るところだが、相手が『瞬星落街』の領主であるマグリスとなると話は別だ。
「このクソ忙しい時期に、あのクソ領主とその女房からの呼び出しだ。どうせ、ろくでもないことに決まってる」
ふた月ほど前のリーフェリア祭直後に同じように呼び出されたヴォルフの嫌に実感の篭った言葉にフィリウスがにやり、と笑った。
「かわいい女房をもらっておいて、よく言うよ」
「フィリウス、テメェ、ぶっ殺す!」
ヴォルフの本気の斧を間一髪で避けながら、フィリウスはまだ笑っている。
仲間内の誰もが驚愕したが、ヴォルフはマグリスに呼び出されてすぐに結婚した。俺はまだ会ったことが無いが、フィリウスいわく、ある意味非常に似合いの女房だという。
それだけに、ヴォルフの怒りように首をかしげた。
「娶ったのは、ヴォルフの意思だろう?」
いくら領主でも、結婚を強制することは出来ない。特に『瞬星落街』の神殿には、かなり職務に忠実な神官がいると聞いている。
なら、結婚に際して必要な神官の意思確認を受けているはずだ。
なにが問題なのか、と思って問うと、顔を真っ赤にして怒り狂っているヴォルフがほえた。
「ありゃ、騙し打ち以外のなにものでもねぇっ!」
「それに引っかかったなら、ヴォルフの責任だろ」
フィリウスの言葉に小さく頷いて同意を示すと、唯でさえでも凶暴な顔をさらに怒らせながら、唸る。
「じきにテメェらにもばかげた依頼が来るぜ。せいぜい楽しみにして待ってるからな」
「マグリスからの召喚状なら、届いている」
10日ほど前に『瞬星落街』にある拠点に立ち寄ったときに、手紙が届いていた。星消えが終わったら訪ねて来い、という内容だったはずだ。それをいうと、ヴォルフとフィリウスが豪快に笑い出した。
「よりによって、お前が先か! よかったなぁ、フィリウス、テメェは最後だ!」
「なんだか、面白いことになってそうだな。グレインの様子も気になるし、ここが片付いたら、俺も街に行こうかな」
完全に面白がっている様子の二人に、一体なにがそんなに面白いのかと思いながらも、人を巻き込んで強引にことを進めるマグリスとシディアの顔が一瞬脳裏に浮かび、少し嫌な予感がしてきた。
だが、回避したいと思うほど強い予感でもなかったから、さして気にも留めず、数日後にマグリスの元を訪れたのだが。
予想すらしていなかった事態が起きていた。
グレインが。
・・・結婚していた。
相手はレインという名の、訪れし者。
一体何がどうなってそうなったのかと思うが、グレイン本人が納得してのことだということだけは分かる。
もし本気で不満があれば、いくら相手が俺たちの友人であり、師のひとりでもあるマグリスが勧めようと、その妻のシディアが強引に押し切ろうとしたところで、グレインが屈するはずがない。
だからこそ、驚いた。
しかも相手のことをグレインはかなり気に入っているようで、偽装でもないらしい。
マグリスからの呼び出しは、そのグレインの妻の護衛依頼だった。
実際に何人か訪れし者と呼ばれる者たちを何度か見たことがあるが、その姿はほとんど街の人間たちと変わらない。時々珍しい髪や瞳、肌の色を持つものが訪れることもあるが、せいぜいが色程度で姿かたちが極端に違うという例は今のところない。
つまり、黙ってその色を隠してさえいれば、他の街から来た人間と区別が付かない、ということだ。
それなのに、『獣』の護衛が二人も必要とは、どういうことか。
疑問を視線にのせてマグリスを見れば、うっすらと微笑みながら、その瞳に冷え切った殺意を浮かべていた。
「彼女は、純血主義の連中に目をつけられている」
純血主義。
訪れし者や他の大陸からの流れ人を徹底的に排除することを目的とする連中。
マグリスが領主に就任して最初に、主要な純血主義者を血祭りにあげたはずだが、まだ根が残っていたのか。
「それから、連中はここ最近街の内外で起きている訪れし者ばかりを狙った誘拐と殺害事件にも関わっている可能性がある」
なるほど、と納得すると同時に、馬鹿な連中だ、と思う。
微睡む『獣』の尾を踏んだらしい。
・・・マグリスが溺愛するシディアもまた、訪れし者のひとりだ。
「狩り尽くすぞ」
獣の目で嗤う男に逆らう理由は無く、ただ黙って頷いた。
それから約一月後。
・・・俺の日常と非日常が逆転した。