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  助言の実行。④ 夕方

 


 洗濯物を干し終えて満足気な娘を促して拠点の中に入らせ、俺が戻ってくるまで外には決して出ないように再び言い含めておく。

 娘は窓から見える洗濯物に気を取られているようだったが、一応返事はしていた。

 非常に関心があるらしい洗濯物も戻ってから取り込むから、たとえ雨が降ってきても外に出ないようにと重ねて注意してから拠点を出た。


 馬車に乗り込み出発すると、暖かく、乾いた風が通り抜けて、小さく息を吐く。

 この風なら、今日は雨は降らないだろう。

 同じように空を見上げ、風を感じていたリーイスが馬車を操りながら口を開く。


「・・・いい天気でよかったですなぁ、風読みの旦那」

「ああ、まったくだ」


 窓に額をくっつけるようにして、小さな手を振っている娘の姿を見ながら、心の底から同意した。



 午後の目的地は、街の繁華街を抜けたところにある。

 自警団鍛錬所。

 自警団に所属する者ならいつでも利用できるこの鍛錬所は、自警団本部とこの街を取り締まる警領士の支部を兼ねている。

 元々警領士の人数が足りず、急遽有志によって自警団が作られた経緯があり、この二つの組織は常に連携している。普段から共同訓練が推奨されているし、警領士に欠員が出れば、自警団のメンバーから新たな警領士が選出されるのが普通だ。

 街の治安を護ることを目的として組織されているため、荒くれ者を抑えられる程度には腕に覚えがある者たちが集まっているだけあって、それを束ねる者には人望も実力も、それ相応のものが求められるのだが。


 自警団団長であり、警領士の支部長を務めるグリオンは、まさに適任だった。


「よぉ、待ってたぞ」


 血のように赤い髪に、更に色の濃い髭。

 俺やヴォルフと同じようにこの街の人間にはない厳つい顔と体型をしているのに、その目尻の下がった深い緑の目が意外に人懐っこい印象を与えるのか、老若男女幅広く交流を持つ。そして、若気の至り、と本人がいうように、昔のもろもろの事情で裏の連中にも顔が効く。


 この男もまた、5年前の揉め事の時にマグリスが強制的に自警団長に就任させたらしいが、よく見つけだしたものだと思う。


「入団の手続きを」

「ああ、話は聞いている。あんた達ならいつでも歓迎だ」


 ここへ来た目的を告げれば、すぐに用意していたらしい書類を一枚渡された。

 それに簡単に記入をすると、ざっと中身を確認したグリオンは、団員であることを示す真紅の腕章を投げてきた。

 これで入団手続きは終了らしい。

 簡単すぎる、と思っているのがわかったのか、グリオンが苦笑した


「本当は実技試験やら身元調査やら、面倒な手続きがあるんだがな。護領守士様にそんな真似できんだろう?」

「・・・グリオン」

「ああ、わかってるって。ここには俺とあんたしかいないし、この階は人払いしてある」


 からかうように、かつてマグリスに押し付けられた役職名を口にしたグリオンの名を警告を含めた声で呼ぶと、肩をすくめてにやりと笑う。

 確かにこの階に人の気配はない。

 グリオンは笑いながらも、その緑の目を鋭く細めた。


「もちろん、口外はしねぇさ。だがなぁ、あの騒乱以来、一度も揃ったことのない護領守士が全員揃うとなりゃあ、心配症の俺としてはいろいろ勘ぐりたくなるってもんだろ。一体どんな大捕物になるのか、ってな」


 言われてみれば、確かに俺たちが揃うのは、5年ぶりだ。

 5年前、マグリスに呼び出されてこの街にいた俺たちは、前領主が街で起こした騒乱を力技で片付けるために、混乱に乗じて『護領守士』という厄介な役職をどさくさに紛れて押しつけられはしたが。

 騒乱が収まれば、護領守士は全く存在を必要としない役職だ。


 そもそも、現役の『獣』(フィグル)は街からの依頼でひとつの拠点に常駐する者が多いが、俺たちは基本的に移動を繰り返し、ひとつの拠点に長居することはまずない。

 この街の拠点もあくまで各地に点在する拠点の一つに過ぎず、それぞれが必要なときに訪れる程度だった。


 自分がその役職を押し付けられていたことさえ今まで忘れていたが、グリオンの言い分ももっともだ。

 だが、妙な勘ぐりや横槍は不要だ。


「グリオン。俺は明日、結婚する」

「・・・は?」

「近いうちに一度顔を見せるが、妻は訪れし者だ」


 グレインの忠告通り、あまり外には出さないようにするつもりだが、ずっと閉じ込めておくわけにも行かない。

 となれば、自警団団長であるグリオンと面通ししておいて損はない。

 結婚という言葉に驚いたように目を丸くしていたグリオンが、訪れし者、という言葉に、また目を細めて物騒な色を浮かべる。


「・・・確か、グレインのところの嫁さんも訪れし者だったな」


 街の治安を取り締まる自警団だからこそ、事件事故の類はすぐに情報が上がってくる。

 当然、訪れし者ばかりが犠牲になっている事件も報告がきているはずだ。

 これで、グリオンも、ひいては自警団全体が周囲の訪れし者や外から来た者たちに対して、更に注意を向けるようになるだろう。

 警戒して、しすぎることはない。


 しばらく何かを考えるように厳しい視線を漂わせていたグリオンは、やがて赤い髪を掻き上げて小さく息をついた。


「嫁さんに会うのを、楽しみにしているよ」


 余計な詮索をせず、訪れし者である彼女に注意するという意図を含んだ言葉に、小さく頭を下げる。

 やはりグリオンは、自警団団長にふさわしい男だ。


「さて。明日から、まずはこの鍛錬所に顔を出してくれ。あんた方には鍛錬所にくる連中の面倒も見てもらいたい。ヴォルフたちにも頼んではいるんだが、あいつらはそいうのにあまり向いてないからなぁ。その点、あんたなら上手く手加減してくれるだろう?」


 気持ちを切り替えたグリオンは、書類に署名を入れながら、今後について説明をする。

 確かにグレインは物事を教わるのではなく盗むものだと思っているし、ヴォルフとフィリウスは面倒がるか面白がってまともな訓練にならないのは間違いない。

 それ以前に、ヴォルフに鍛錬を教わろうとする強者は、なかなかいないだろう。


 ・・・それで言えば、俺もかなり不適格だと思うのだが。


 前に顔を合わせたことがある連中はともかく、初対面の団員達が怯えるのは間違いない。

 教えることは構わないが、それ以前の問題だ。

 だが、まぁ、そうなったとしてもその時はその時。訓練にならないと判断すれば、目の前のこの男がどうにかするだろう。


 そんなことを考えていると、階段を上ってくる人の気配がした。


「では、団員たちには明日紹介する。案内を一人付けるから、街を一回りしてくるといい。ああ、ちょうど来たな」


 そのままこの部屋の前まで来た気配は、扉を軽く叩いて、グリオンの入れ、という言葉を待って扉を開ける。中に入ってきたのは、自警団員の腕章をつけた若い青年だった。


「失礼しま・・・っ!?」


 入室する途中で目が合った途端に、固まって。

 目に怯えたような色を浮かべながら、血の気が引いていく青年の顔を見て、内心大きなため息をつく。

 

 ・・・前途、多難だ。




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