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  助言の実行。③ 昼

 昼。


 館でマグリスが用意していた婚姻登録に必要な書類に記入と署名をし、それらの写しを提出するため神殿に向かう。

 本来ならば妻になる者が用意すべき書類は、全て保護者であるマグリスとシディアの名で用意されていた。これで二人は、あの娘の一生を見守る正式な後見人になったことになる。この手続きは、レインにも行っているらしい。


 街の手続きとしてはこの結婚は成立したも同然だが、神殿での手続きは少し煩雑だ。


 この街に限らず、大陸全土で信仰されている、星神フィリー。

 大陸の東に位置する港から船で半日ほどの島に信仰の拠点となる主神殿を持ち、特殊な力を持つ数名の神子と主神殿の主となる星妻(リーフェ・リア)を擁する。

 フィリー神の花嫁になったと言われる最初の星妻の伝説は史実のように語られ、慣習的に結婚はフィリー神とリーフェリアの祝福を授かるために、神殿でも登録が必要とされている。


 館で用意した書類の写しの他に、新たにいくつかの書類を作成し宣誓も行うと、結婚申請の提出証が発行された。神殿から派遣される諮問神官が双方個別に結婚の意思確認を行なったうえで、その提出証に婚姻を認める署名をすれば、結婚登録は即時受理される。

 本来であれば10日前後待たなければならないそうだが、フローインがうまく手を回したらしく、明日、諮問神官が拠点を訪れるという。


 娘自身に署名させて書類を提出すれば諮問神官の問答を受ける手間が省けるが、審査期間として三ヶ月たたなければ受理されない。

 独り身でいればそれだけ危険が増すのだから、諮問神官の問答を受けるのは当然の選択なのだが。

 懸念は残る。

 神殿と繋がりの強い者達が『根』として次々に浮かび上がってきているということは、より太い『根』が神殿に根付いている可能性が高い。


 大陸各地に存在する神殿の多くは、主神殿に準じる組織ではあるが、大陸から遠く離れているがゆえに俗世からの介入とは無縁の主神殿とは異なる独自の組織体系を持つ。

 少なからず、権力の介入を受けているということは、それだけ入り込む隙間もできるということだ。


 フローインの話では、現在の諮問神官は若い頃から愚直すぎるほどにまっすぐで、見ていて苛立たしくなるほど柔軟で強固な信仰心を持つ、神殿でも珍妙極まりない存在なのだという。フローインの言葉の端々に毒が混じるのは、それだけその神官を認めている証でもあるのだが。

 警戒はしておくべきだ。


 明日やってくる神官への対策を考えながら、待たせていたリーイスの馬車に乗り込むと、覚えのない荷物が増えていた。


「・・・これは?」

「へぇ。うちの奴が旦那の奥様になる方へ、お祝いの品だそうで」


 後ろの席を覗き込むと、今日購入しようと思っていたもののうちの一つが、既に積まれていた。女性が好みそうな意匠を凝らした姿見。

 リーイスを見ると、白いヒゲの奥で、微笑んでいた。


「どうか、受け取ってやってくだせぇ」

「・・・感謝する」


 リーイスの妻にあったのは、5年前にマグリスとシディアが起こしたゴタゴタの際、一度きりだったというのに。

 まだ覚えていてくれたのか。

 懐かしく思いながら、ありがたく祝いの品を受け取らせてもらう。

 こういったものは、どういうものが良いのか俺には全くわからないから、正直、助かった。

 雑貨屋の他にもいくつかの店を回ってもらい、馬車に荷物を積み込んで拠点に戻る。

 周囲に仕掛けたものが作動していないことを確認し、扉に仕掛けた細工を解除して中に入ると、物音に気付いた娘が出迎えてくれたのだが。


 なぜか娘は真っ白になっていた。


「あ、お帰りなさいませ! ご飯、すぐに出来ますよ」


 ・・・いや。

 昼食よりも、何よりも。

 まずどうしてそんな状態になっているのかが気になるんだが。


「何があった?」


 怪我はしていないようだが、粉のようなもので頭から足元まで真っ白になっている。


「お掃除していたんですけど、ちょっと配合間違えたみたいで・・・。すぐ着替えてきますね」


 配合?

 そういえば、部屋が全体的にこざっぱりと片付いている。窓も開けて空気を入れ替えていたのだろう。ずっと使っていなかった暖炉の中に、白い粉のようなものが積もっているのを見つけた。

 触れてみると、粉のようなものが液体に変わって、いきなり泡が出てくる。

 神殿で使われている暖炉清掃用の灰取剤だ。

 こびりついた灰もよく落ち、暖炉の寿命が長くなると評判で、この街の特産のひとつにもなっているものだが。

 特産だけあって、その製法や販売は特定の商家にしか認められておらず、販売期間もリーフェリア祭前後と短い期間で限定されているはずだ。

 それがどうして、ここに?


 疑問に思いながら、とりあえず馬車から荷物を運び込むと、着替えて来た娘がすぐに昼食の用意を始めた。

 本当に急いで汚れを流して着替えてきたのだろう。

 襟元のリボンと背中側の留めボタンがずれているし、洗いきれなかったのか、洗ったあとに触れてしまったのか、頬には猫のヒゲのように白い粉がまだ残っていた。

 運んでいる途中の祝いの品を見て、やはり必要だったな、と反省する。

 物置部屋に角度を調整して置いて、他のものも手を加えながら必要な場所に配置しておいた。


 風呂場を覗くと、洗濯物が洗われた状態で大きな籠に入れられている。それを持って外に出て、洗濯紐の位置を少し下げてから干しはじめると、扉のところから娘が顔を出した。

 なんだか焦っているような、真っ赤になった顔。

 どうかしたのだろうか?


「そ、そそそっ、それっ!?」


 慌てたように駆けて来ると、片手で抱えていた洗濯物の籠を取ろうとして、予想外に重かったのか重心を崩してひっくり返りそうになった。

 籠を持つ手に力を込めて少し引き戻してやると、重心が戻った娘が顔を真っ赤にさせたまま、籠を引っ張ってくる。


「そうだ、ご飯、ご飯できましたよ! ご飯食べましょう、今すぐ食べましょうっ! この洗濯物は、食後に私が干しておきますから、ねっ!?」


 涙目になりながら、必死の形相で言われる。その間にも洗濯物の入った籠を奪い取ろうと懸命に引っ張っているのだが、今俺が手を離したら、間違いなく転ぶ。

 何がしたいのかわからないが、この籠を俺から奪還しようと必死になっているようだ。さっきざっと中身を確認したが、特に危険なものはなかったし、何かを隠しているわけでもない。

 では、一体何にそんなに必死になっているのか。

 首をかしげると、うっ、と呻いて、娘の引っ張る力が弱まった。

 泣きそうに潤んだ目で、俺と籠の間を落ち着き無く何度も往復する様子に、よくわからないが、よほど、洗濯物を干したかったのだろう、と見当を付ける。


「わかった。では、食後に」

「っ! ありがとうございます!!」


 顔を赤くしたまま今にも泣き出しそうだった娘が、ホッとしたような満面の笑みで、なぜか礼を言う。

 だが、俺が籠から手を離さないことに気付いて不思議そうな目で見上げてきた。


「中へ置いておく」

「そうですね、ありがとうございます」


 今度こそ、小さな手が籠から離れていく。

 この籠も、もうふたまわりほど小さくした方が、この娘には扱いやすいだろう。

 今夜やるべきことを思い浮かべながら家に入り、食卓の脇に洗濯籠を置くと、すぐに昼食が並べられた。


 コピトリの実のスープとマラグラ魚の焼き物、ユール芋を練って蒸したサラダ。


 どれもシディアの好物で、それだけにしっかりと教わっているらしく、美味い。

 特にコピトリの実のスープは絶品だ。

 一気に二杯食べたところで、まだ娘がほとんど食べていない事に気づいた。

 なぜか、嬉しそうな笑顔で俺を見ている。

 食わないのか? と首を傾げて見返すと笑顔のまま、食事を始めた。


 よくわからない娘だ。


 食後に洗濯籠を持ち上げると食卓の片付けもそこそこに飛び出してきて、自分で干すから離れていて欲しいと懇願してきた。

 あまりに必死な様子に、仕方なく少し離れた場所で見ていると、背伸びをしながら懸命に洗濯物を干している。

 さっき下げた分ではまだ届かないか。

 調整してやりたいが、近づこうとすると、籠を持ったまま逃げ出しそうなそぶりを見せる。距離を開けてやると、しばらく警戒したようにこっちを見て、動かないと確信してから、ようやく背伸びをしながら続きを干し始める。

 結局、全部干し終わるまで近づかせて貰えなかった。


 ・・・本当に、よくわからない。



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