八題目 「ベーコンレタスバーガーひとつ」とサワハが頼んで
今回は息抜き。日常。
「ゴールデンウィークはなんか予定あんのかー?」
四月某日天候は雨、学食にて。司の正面に腰かけた、学ランの中に着込む派手な柄のシャツと飾りじゃなく人工でもない天然パーマが特徴的な男である前納は、気味の悪い亀ゼリーの混入したラーメンをすすりつつ問うた。司はちらと彼を見やり、かけそばをすする際に邪魔な前髪をかきあげた手を止めた。
「そうだね、途中に平日あるけどサボって十連休にしようかと思ってる」
「いやおれそういう予定聞いたつもりじゃなかったぞ。どっか出かけっとか、そういう予定」
「今のところはないけど……あ、ちょっと待て」
そばをすすり、斜め右上の虚空を見上げつつぼんやりと思い返す。はたして、ゴールデンウィークにはきてれつ研の活動はあっただろうか、と。
「……なにか予定があったか」
司の隣に座る、スポーツ刈りで制服をきっちり身にまとう、いかり肩の大柄な男がつぶやく。ちなみに大柄だが太っているわけではないその身体は、彼曰く柔道で身に付けたものらしい。
そんな、口調もぶっきらぼうで粗野な印象だがその実まじめな男、蓮向はチャーハンをかっこんでいたレンゲの動きを止め、もっさもっさと口を動かしながらじっと司を見た。
「ううん。あるといえばあるかもしれないや」
「……そうか。私も柔道部の、短期合宿などが予定されている」
「なーんだよー。蓮向はともかくとして、司も予定あんのかよー。映画でも観に行こっかと計画練ってたってーのに……期間限定で『ロンリーなおれ@ゴールデンウィーク』ってな感じにメルアド変えちまうぞ」
「変えたら登録しないよ」「私もだ」「おまえらいつ氷点通り過ぎたんだよ……超つめたい」
ふてくされる前納は自棄になったようにがふがふとラーメンをすすった。傍から見ているだけでもグロテスクなそのラーメンをすする根性には司も感嘆しないでもなかったが、正面にその光景を据えられて、正直吐き気がしているのも事実だった。分量で比較するなら圧倒的に文句過多だ。
「……んぐんぐ。しっかしさ、実際のとこ一日くらい空いてっだろ。映画観てメシ食ってテキトーに遊んでくぐらいはさ」
「ぜんぶ前納のおごりって言うなら考えなくもないけど」
不敵に笑って言う司に、前納は苦笑いを浮かべて大仰に肩をすくめた。
「うへ、おれ貢ぐ君にはなれないよ。っつーかおまえどこの性悪女だ、ぜんぶおごりはないわ」「……おごってくれるのか?」「なんでテメエみたいな野郎におごんなきゃいけないんだよ!」
半ば恒例と化してきた感じも否めない蓮向とのやりとりの後に、前納はまた司に向き直った。
「そーいや、結局きてれつ研に残ったんだなー、おまえ」
「他にやることなかったしね」
「おれと共に笑点を目指すつもりはなかったん?」
「あいにくと発想力に自信ないよ。うまいこと言えるほど語彙も話題もないし」
「……別段話題が少ないことを気にせずともよかろう。その文ひとつを深く掘り下げればいい。――ところで司、口を使わず肉体言語、柔の道を目指すつもりはないか」
お茶をすすりつつ横目で司を見た蓮向はそう言ってみたが、司の反応はかんばしくない。それを見た正面の前納に机の下で脛でも蹴られたのか、蓮向は無表情のまま軽く後ろに跳ねた。
「おめーは何をいまさら勧誘してんだ。でもそうだな、ひとつを深く知ってれば長く語れるってことは確かだぜ。蓮向なんておれと話題が合うのは日曜朝枠の番組についてだけだぜー? 話題、乏しいったらないぞ。それに、ひとつに集中しないで『そういえばそういえば』つってあっちこっちに話題跳ぶのも考えもんだろ」
「……そういうのは女子に多いと聞いた気もするが」
「なにっ? いやいや、おいおい、蓮向よー、そんなん言ったらおれ女子を敵に回しちゃうだろー。司にも言っとくけど、おれフェミニストだからな。誤解なきようよろしく頼む」
「え、マゾヒスト?」
「いやそこまで下手には出らんねって」
露骨な言い間違いに気を悪くした様子もなく、前納は笑った。そこで昼休み終了五分前のチャイムが鳴り、学食からの人気が薄くなっていく。遠ざかる足音に遅れないように、司たちもそれぞれの食器をカウンターの向こうに片づけて速足で三階に上がる。
「やべー、六限の英語おれから当てられっかも。次の放課の間に司、和訳見してくれ」
「放課って、ああ授業合間の休み時間のことね……べつにいいけど、また?」
「漢字と計算の勉強してたらやる時間なくなっちったんだ」
「……おまえ、また麻雀なぞをやっていたのか」
「なんで速攻バレんだよ。しょーがないだろー、先輩に誘われっと断れないんだよ。亡国遊戯とまで呼ばれたゲームだぜ、やめられない止まらない」
よくわからない釈明をしつつ前納は司の前を駆け上がり、彼を先頭に三人が教室になだれ込むと既に教卓には古典担当の瀬古が立っていた。彼女は時計を見上げて、ぎりぎりだよと三人に声をかけた。
「亡国遊戯について語っていたらつい」とどうでもいい情報をつぶやいた前納に瀬古は「ああ、ブルース・リー?」などととんちんかんな答えを返した。
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六限が終わり、雨天のために薄暗いぶ室に顔を出すと、入口からもっとも近い(すなわち下座)の司の正面を定位置とする少女が机の上でせっせと何かを作っていた。
肩に届くくらいの、短めの黒髪はつややかに。その下にある整った顔立ちの中、半分閉じたように眠たげだが大きな双眸は、十二分な目力を感じさせた。また白磁のように白い肌も表情と合わせて弱弱しげな印象を映すが、病的ゆえのきわどく危うい美しさも含んでいる。
服装はセーラー服ではなく男子のカッターシャツを着てその上からカーディガンを羽織り、プリーツスカートは丈が長めで膝裏が見え隠れする程度。すらりとした脚を覆うのも灰色のソックス……と、地味めという言葉でコーティングされ色気もへったくれもないのだが……つい先日まで「セーラー服の中にジャージを着こむ」という気のふれたような服装を見慣れていたためか、これくらいシンプルな方が司には好ましかった。
「……それによく見ると、顔立ちはきれいだしね」
「わ! い、いたのですか司さん」
「いたよさっきから。何つくってんの?」
集中していたのかドアが開く音に気付いていなかったらしい少女、小野香魚香は机の上に置いていた白い布を、司の方に広げてみせた。
「照る照る坊主です。本日もですがゴールデンウィーク中も、五月二日から雨降りらしいので」
「そうなんだ。行楽日和になるといいね」
「ですね。けれど雨降りもそれはそれで風流というか、楽しもうと思えば楽しめるのではないですか?」
「んん、どしゃぶりでなければ、だけど。屋内施設とかは天気関係ないし雨の方が客入りいいのかな? 屋内といえば、ボーリングって天気か景気が悪いと流行るって噂があったような」
「ピンを弾き飛ばすことでストレス解消にはお手頃で、湿度が高くて汗をかきたくない時でもできるスポーツだからでしょう」
「一理ありそう」
戸棚から取り出した温泉まんじゅうを机の上で広げる司に応じて、小野もお茶の準備をする。何も言わずとも手順ができていることで、二人きりにもだいぶ慣れてきたと感じられて。
無理に話題を探すこともないか、と前納たちと話したことはあてにならないと結論付ける司。
「でも晴れてないとできないこととかあったっけ?」
「ゴールデンウィーク中も個人的に噂や場所など、なにか探して歩こうかと。特にきてれつ研としての活動は、ないようなので」
「しらみつぶしに?」
「ええ」
小野は自身の持つ、異能察知の微能力でなにか変わった者、場所がないか探しまわるつもりなのだろう。だがそれはしらみつぶし、というよりも藁の山で針一本を見つける、の方が比喩としては正鵠を射ている。
「そっか。ならこっちも個人として暇を持て余してるので、どうせだからついてこっかな」
「構いませんが……大丈夫ですか?」
「なにが?」
「いえ、その。実を言いますとわたし、異能察知の微能力のために危険域にもすんなり踏み込んでしまう性質を持っているのです。能力者を発見できるというのは、普通は異変として察知して無意識に遠ざけようとするものにも不用意に近付いてしまう、ということの裏返しでもあるらしくて」
「なるほど」
口論義から前に聞いた説明ではあったが、お茶をすすりつつ司は初めて耳にしたような態度を取った。しかし、それがなぜ司に大丈夫かと問う理由になるのかは皆目見当がつかない。小野は司の要領を得ない表情に気付いてか、手元で照る照る坊主製作を再開しながら続けた。
「ゆえに、わたしはただふらふらと歩くだけでも危険に巻き込まれることが多いのですよ。妙なところに迷い込んで妙な連中に追われたり、しばらく霊障に悩まされるようになったり、喧嘩沙汰に巻き込まれたり、怪しい男の人たちに連れてかれそうになったり、電車内で痴漢にあったり、背後で突然ケータイのカメラのシャッター音がしたり」
「後半が少し気になるんだけど」
それ単に小野の容姿が整ってるからじゃないの、と言ったが、反応は淡泊で息を吐きつつ首を小さく横に振るだけだった。
「それほどではないはずです」「あ、完全否定じゃないんだ……」
もっと恥じらったりするなど面白い反応を期待していただけに、司は少しがっかりする。
「なんにせよわたしと行動するとロクな目に遭いませんよ。現に、会長とサワハさんは一度ずつ被害に遭っています」
「なんか二人ともちょいガード甘めだもんね」
「だからお気を付けください。司さんも被害に遭われるかもしれませんよ」
「……ないないそれはない。どこのモノ好きの話なの、隣にもっといい子いるのにわざわざこっち来るとか」
「そうですか? 司さんなら喜んで突貫する人もいそうに思われますよ。……まあそういうわけなので、あまり二人で行動するというのはいただけないかと」
何気なく、思ったままに口にしたためかひやりとした言葉だった。きっぱりとした物言いに閉口する司は、廉太郎から耳にした小野についての話を思い返しながらぼそぼそつぶやき、目を逸らした。
「それなら、小野自身は危険に遭ったらどうするんだよ」
「五、六発も蹴りを入れれば、武術で二段以上を取得している人間が相手でもないかぎり倒せます。でもそういう荒事は、司さんには少々難しいでしょう?」
「鉞姫に言われたらうなずかざるを得ないよ」
「……それ次言ったら首刈りますよ」
とたんに表情を曇らせ、机の下で司の脛を蹴る。どうやら廉太郎の語ったあだ名は小野本人としては相当気に入らないらしい。不用意に口にしないように慎んだ方がいいと判じて、司は口を両手で押えた。
ちなみに鉞姫、というのは廉太郎と同じ道場に通っていた頃の小野の通り名で、文字通り鉞がごとく一撃必殺の蹴り技を誇った彼女を恐れた他の門下生が付けたものらしい。と、最近廉太郎に聞いていた。
急所を容赦なく的確に蹴り抜く彼女の名〝小野〟を〝斧〟ともじり、さらに一ひねりして本人にバレないよう暗号名にすべく〝鉞〟に落ち着いたのだという。蹴り技に限定すれば、体格もリーチも差がある廉太郎とさえ互角に渡り合えたそうだ。
「まったく。変なあだ名をつけてくれたものです。だからわたしもあの人が髪型とメガネを変えて中学・高校デビューしようとした際に、あとを追いかけて〝廉太郎〟のあだ名を普及させることで復讐したのですよ」
「結局あの人の本名なんなの?」
「友達から親どころか親類縁者、ハトコにまで廉太郎と呼ばれるそうですから。本名などもはや無きに等しいのだと思います」
「ちょっと哀れだね」
名前がないのは、ねえ。と一人なにやらうなずく。司のうなずきの意味が解らない小野は首をかしげて「先にやったのは向こうです、自業自得です」とうんざりした語調で言った。曖昧に笑いながら司は小野が作り続けていた照る照る坊主に目をやる。
現在小野の手の中で顔を描かれていた坊主は、眉根がわずかに角度をつけられ怒った顔になっていた。
「じゃ、話を戻して。実際、多少危険って言っても霊障とかの場合はこっちにとって専門分野だし。足手まといになるほどじゃないと思うよ。そもそも、霊体には蹴り、効かないでしょ」
「効かないのでしょうが、見えませんから無視し続けます。ラップ音もポルターガイストも真っ向から否定し続けて生活してみたところ、一カ月も経てばほとんど出なくなりましたよ」
「度胸ありすぎだよ」
「生きている人の方がこわいでしょう。先日の犬神使いしかり」
司にとってはこわいというよりうざい、なのだが。その辺りの見解の相違は見えている世界の違いに起因すると思い、長々説明するのもいやがられるだろうと考えた司は黙っておいた。
そうしてふっと二人ともしゃべらない空白の時間ができたところに、計ったかのように入室してくる者がいた。
「よお。ってなんだ、まだ会長は来てないのか」
一八〇近く上背のある男がドアの隙間から顔を出している。小野がさっきまでの話題を思い出したのか、いやそうな顔をして犬歯を見せた。
一世代ほどさかのぼった古めかしい顔立ちに楕円形フレームの銀縁眼鏡をかけ、短い黒髪はワックスで整えられている。長袖のカッターシャツの上にグレーのセーターを合わせ、ボトムスは腰穿きなどをすることもなく長い脚を誇示し、男はナリだけならば真面目な優等生に思われた。
「まだ来てないよ、廉太郎さん」
「……つまらん。せっかく蓬まんじゅうを持ってきたのに」
だがその男、廉太郎の実態は素行不良で生徒指導部からマークされるほど、奇行の目立つ変人である。昨日も登校の際にローラースルーゴーゴーに乗ってくるという愚行に及んだためにペナルティを課されたはずだった。司はまさかと思いつつ伏し目がちに廉太郎をにらみ、問う。
「昨日の一件についての反省文は提出できたの?」
言葉の終わりまでに廉太郎は口をへの字に曲げてうつむき、ああ、と肯定にとれる返事をした。司が自分の思考が杞憂に終わったと安心しようとした瞬間、
「ああ。あのあと昼休みから五、六限をサボって茶道部の集う礼法室の畳にて惰眠を貪ったのちに家庭科室で料理部と歓談しながら蓬まんじゅうを作っていたせいで書く量が倍に増えた」
気にし無さ過ぎで、無神経な発言が飛び出したのだった。すかさず小野が照る照る坊主を投げつけ、廉太郎が片手で跳ね返す。坊主頭はちゃぷんと司の湯呑みに着水し、机に水滴を散らした。
あー、あー、とうめきながらハンカチで拭こうとする司を尻目に、二人は言い合いを始める。一所懸命に作ったのに、小野は照る照る坊主を完全に無視していた。気のせいか表情を描いたインクがにじみ、泣いてるように見えた。
「あの、一人で自爆するのは構いませんが、きてれつ研まで活動停止になりかねないバカなまねはよしてくださいませんか」
「仕方ないだろう。畳が新しかったから寝転がりたくなったんだ。そんで起きたら小腹がすいてて甘いものが欲しくなったんだ」
「欲望おもむきすぎでおもむくまま動きすぎです!」
「欲求を押さえつけたらなにかいいことでもあるのか」
「まず社会に顔向けできるようになりますよ。理性くらいしゃんとしてください。だいたいあなた倉内流で精神鍛錬などは行っていないのですか」
「やってたが途中で師匠が『お前向いてないわ、ここまで性根叩き直せたし儂もう満足だわ』てなことを言って放棄された。だから俺これ以上先の技は教えてもらえないのだぜ? マジ不満足だわ。おかげで欲求不満だわ。俺もっと強くなりたいのに」
「もうこの近辺であなたの相手が務まる人いないでしょうに。それ以上強くなってどうすると」
「敗北を知りたい。が、戦いに赴く時に上昇志向を失って退化し屑になった俺と戦わせるのでは相手に申し訳ない――だから一日前よりも十時間前よりも百分前よりも千秒前よりも。常に俺は自分を磨いて前の自分よりも強くし続けにゃならんのだ。相手への礼儀に則って」
「…………、」
思ったよりもまともな答えが返ってきたせいか小野が言い負かされた。論点はどこを旅しているの、と思いつつ司はハンカチを絞って滴らせたお茶を湯呑みに戻し、さりげなく廉太郎の定位置に押しやってから口を開いた。
「なんでもいいけど、回り回って会長に迷惑かかるだろうと思うことはやめといた方がいいんじゃない」
「そうだな。今度から気をつけよう」
あっさり結論を出すと、廉太郎はようやくドアの位置から動いて小野の隣に腰を下ろした。小野は言い足りない様子で廉太郎をにらんでいたが、何も気づかない様子でお茶を飲み干し怪訝な顔をした彼を見て少しうっぷんが晴れたのか、そっぽを向いて司と自分のお茶を注いだ。
「……脳みそ筋肉の人とずる賢い人には、善悪じゃなくて損得で話をした方がいいよ」
新しい湯呑みに入った緑茶を受け取り司がぼそぼそとささやくと、小野は納得しかねるのか口を真一文字に結んで鼻を鳴らした。その音を遮るように、机の上にタッパーが置かれた。
「さて、お前ら蓬まんじゅう食っとけ。例によって踊場の分はないが、あの野郎は放っとくと俺の分に手を出すからな。いないうちにたいらげようぜ」
わははと笑って自分の分をひとくちで口に納める廉太郎。小野も怒り続けるわけにもいかず、溜め息を漏らしてからタッパーに手を伸ばす。司もひょいと口に含んで、しっかりした味がさらりとほどけて舌の上に余韻を残す、餡子独特の甘みを味わった。香りがほのかに後味を引き締めてくれて、よくできていることに感心した。
三人がお茶をすすり、ほうと充足感に満ちた息を漏らすと、廉太郎は濡れて滲んだ照る照る坊主に目を留め、指先でつまんで持ち上げた。
「ところで小野、お前なんで照る照る坊主なんざ作ってたんだ」
「ゴールデンウィークの間もぶらつく予定なので。雨降りは困るからですよ」
「ほう。だが予報では二日以降雨がやむ日はないぞ。それに雨といえば、最近妙な噂があった」
「妙な噂?」
「〝フォッグマン〟のことかい?」
突然声がしたと思えば、大きな背もたれのついた会長専用の椅子がぐるりと回転して、さわやかな笑みを浮かべる少年が室内に出現した。一六五センチ前後の司よりも少し低いくらいの身長、くせのない柔らかそうな髪は襟足を少し伸ばしていて、小柄なことと相まって性別の判断を誤らせてしまいそうな外見となっている。
学ランを第一ボタンだけ開けた制服姿はまだ中学生と言っても通りそうなものだが、その実彼は高校三年でこの場においては一番の年長者である。
「……あれ、ドア開いた音しましたっけ」
「忍者かテメエは」
小野と廉太郎が同時に言うと、肘かけについた左腕で頬杖をつき、右手でつかんだ蓬まんじゅうをほおばる少年、踊場は面白そうに三人を見やった。
「あ、つかテメエまた俺の作品食いやがったな! どうすんだ、会長の分は外せないからサワハだけ無しってことになるぞ。この悪人め、サワハに泣かれて会長に怒られろ!」
「いやいやよくご覧よ。僕はたしかに蓬まんじゅうをいただいているが、タッパーにはまだ二つ残っているはずだよ」
「なにふざけたことぬかして……あ、ホントだ」
横目で見て確認して二度見した廉太郎は首をかしげた。踊場はますます面白そうに笑みを強め、蓬まんじゅうを腹に納めた。
「ふう、ごちそうさま」
「なぜだ…………あーそうか。お前自分の分を別に持ってきてただけか。ははあ、ははーん。なるほどな! ようやく俺がお前の分は作らないってことを学習したようだな……わはははは! いやはや安心した、俺はもしかしてお前には学習能力ってやつが無いのではないかとひそかに憐れんでいたのだぜ。だが可哀想なお前も、やっと自分の身の程ってやつをわきまえられるようになったわけだ。めでたいことだな。実にめでたい!」
後半にいくにつれ饒舌になり舌がよくまわる。ところが廉太郎にぼろくそに貶されているにもかかわらず踊場は涼しい顔をしていて、蛙の面に水というか、次第に廉太郎も様子がおかしいと気付き始めた。すると頃合いだと思ったのか、踊場は立ち上がって小野の背後にある屑かごに近付くと、振り返って己を見る小野と廉太郎にくずかごを振ってみせた。
「たしかにこの場に蓬まんじゅうは五個だったよ。で、僕が持ってきたものは何かというと。ここに捨ててあるものがヒントになるのではないのかな」
五月五日にはまだ早いのだけどね、と注釈を添える踊場の視線の先にあったのは、柏の葉だった。がくりと廉太郎は脱力した。
「……なんだ拍子ぬけだな。お前が柏餅食ってたってだけのことかよ」
「いや、だから僕はごちそうさまと言っただろう? 一応作り手であるきみに感謝の意をこめて言葉を送ったのさ。つまり僕は、たしかに蓬まんじゅうをいただいたのだよ」
「わけわからん」
思考放棄して司の方に向き直り、同意を求めるかのように両手を広げた。だが司はなんとなく踊場の真意を推察できていたので、おずおずと、確認を求めるべく踊場に声をかけた。
「ひょっとして。廉太郎さんが食べちゃった方が、柏餅だったりして?」
「大正解だよ司君」
笑いを堪え切れない様子でくずかごをそっと下ろした踊場は、片手で口元を押えながら会長椅子へ戻り、ぐるりと回って司の背後へ来た。廉太郎はまだわからないようで、その隣の小野は窓の外を見て、なにか感づいたように肩をすくめた。
「わけわからん。俺はたしかに緑色のまんじゅうを食ったぞ」
「あははは。だからそれは緑というだけだろう? ひとくちで飲み下してロクに味も確かめていなかったのではないかな? ……さあ最後のヒントをあげるよ廉太郎。よく考えてごらん」
引っ張るだけ引っ張って、溜めるだけ溜めて、踊場はにたーっと笑いながら言った。もはや笑みにはさわやかさなど欠片もなかった。
「最近、雨続きでじめじめしていないかい?」
「……はあ?」という形をとった口が、きっかり三秒後に「はああ!?」に変わった。席を立った廉太郎より先にドアを開けて外に逃げた踊場は、笑い声をたなびかせてどこかへと走り去った。「待てクソ野郎カビまんじゅう食わせたのかテメエ!」と唸り声をあげた廉太郎もばたーんとドアを蹴り開けて走り去り、残された小野と司は、ドアがゆっくりと閉まるのを見てから、またお茶を淹れなおした。
「……そうそうカビるわけないじゃんね、今まだギリギリ四月なのに」
「踊場さんも踊場さんです。からかうためだけに柏餅を用意して、着色まで済ませて入れ替えるとは」
「どんだけ仲良しなのあの二人」
「一週回った犬猿の仲ですよ」
「なになになんの話?」「ナニがなになの?」
ドアについた靴の跡を見つつ入ってきた二人の少女、口論義とサワハは、遠い目をする二人に声をかけた。小野と司は顔を見合わせて苦笑いし、どちらともなく「友情の話」と答えた。
それに対し何を思ったか、サワハは「ベーコンレタス?」とつぶやいた。
次回より、俗信や都市伝説をからめた物語の幕開け。
テルテル坊主のもとは紙の箒をもった娘の人形を吊るす中国の「掃晴娘」。
日本ではお坊さんを指す語「聖」から「日知り」ともじってあの坊主の形になったそうな。