三題目 「怪しくないけど危ないかも」と口論義が言う
「んじゃ、詳しい活動内容について教えていこうと思うけど……その前に私たちがどういう微妙な能力を持ってるかお披露目しときましょうか。活動内容の根幹にもかかわるし。あ、でもその前にちょっと休憩。飲み物買ってくるから」
席を立った口論義はぽんぽんと踊場、小野の肩を順に叩いて部屋を出ていき、踊場はこほんと咳払いすると立てた両肘を机の上に載せ、重ねた手の上にあごを載せた。
「さて、口論義か小野くんか、どちらの説明からにするとしようかな」
「その前にちょっと。踊場さんは能力持ってないんだよね? なんで入会出来てんの」
「おや、意外なところから訊ねられてしまったな。そう大した事情があるわけでもないのでね、スル―しておいても構わなかったのだが。――まあ要するに僕は、能力は無いが能力についての知識が多いのさ。先ほども言った通り民俗学を学んでいるが、派生して宗教や呪術といったものにも手を出しているのでね。基本的に奇怪事件を〝研究〟して展覧列挙するのは僕なんだ」
「じゃあ他の人は研究してないと?」
「多少はしてるよ。ただ、僕のように学術的な意味合いでの研究は、あまり。みんなは他の分野を専攻していると言っておくよ。……では、小野くんの微能力から先に説明させてもらうとしよう」
少し謎を残して話を切られたが、それ以上聞いても答えないだろうと思った司はうなずいておく。踊場は自分の右手に位置する小野を掌で指し示すと、再び咳払いして笑みをこぼした。
「といっても、もう半分くらいは説明してしまっているのだけどもね」
「能力を持ってる人間とそうでない人間を判別出来る、だっけ」
「それしか出来ないことが微妙たる由縁なんですけどね」
なにか難しそうな事柄に突き当たったような顔でうつむいて、小野は頬を掻いた。
「いや、でも考えようによっちゃすごい能力じゃない? 能力持ってることを自覚してない人に教えてやることも出来るんだから。微妙ってことはないよ」
「でも持ってるかどうか、しかわからないんです」
「……んん? それって」
「能力の種類はさっぱり。でも異能力って、過去視とか未来視とか霊視とか遠隔視とか。何かを〝見る〟というものが圧倒的に多いでしょう? だから相手の能力の種類を読むために、あの部屋の地縛霊である田所さんにどう反応するかを見て、まずは霊視タイプかどうかを判断するんです。反応がなければその他の能力の可能性を模索します」
「なるほど――微妙だ。しかし、地縛霊ねぇ。田所さんそんなに未練とかあったんだ」
「いいえ。自分の死も自覚していて恨みもないそうです。ただ、あの方はクラブ棟の中は自由に移動することが出来るそうでして。……だからそのですね、運動部の、女子更衣室などにも」
「下心で居残ってるわけか」
うなずく小野は女子生徒代表としてのものか、少し身体に力が入って怒りの感情を貯め込んでいる様子だった。田所の気持ちもわかるような気がする司はその空気を気まずく思い、問いかけを発して話題をそらす。
「というか、今のこの研究会のメンバーには、霊視能力者はいないわけ?」
「小野くんが加入する前に卒業した先代会長の赤馬さん、という人は見る力があったらしく、田所さんと仲良くしていたものだよ。けれどあの人が卒業して今に至るまでのこの二年間は、霊視と呼べるだけの能力を持った者は一人もいない。気配を感じる人は居たようだけれどね」
「これまでここにいたのも、今いるのも、霊視以外のESP能力者が多いですしね」
踊場の答えに小野が続けて言う。そこにさらに司が問いをかぶせた。
「ESPって……超能力者のことだよね」
「俗に言うエスパー、サイキッカーというものですね。Extra-Sensory Perceptionの略でして、和訳すると『超感覚的知覚』です。定義としては既存の法則外の方法により外界の情報を得る力のことで、逆に外界に既存の法則外の方法で影響を与える力、つまり念力はPsychoKinesisの略でPKと呼ばれてます」
「パソコンで例えるなら入力と出力の方法が変わっているということだろうね。司くんの霊視や小野くんの異能察知は、感覚的なものだからESPに分類されるのではないかな。細かいことを言うならば、心霊などはまた違う分野・分類かもしれないが」
すらすらと話を進める二人を見て、本当に変な能力者と研究者の集まりなんだな、と司は妙に納得した。と、説明をするうちにふと疑問がわいたのか、目が合った小野は小首をかしげて司に問い返した。
「ところで司さんは、霊が見えるだけなんですか?」
「まあ、基本的にはね。取り憑かれることはあったから、霊媒体質ってやつでもあるのかな。やばそうな時はうちの婆さんに頼んで除霊してもらってた」
「おばあさんはそういう方面に明るい人なんですか?」
やけに語尾を上がり調子にして、小野は早口でまくしたてた。司は祖父母と暮らしていた頃のことを思い返して、感慨にふけりつつ答えた。
「多分。よく話をしてくれる人だったけど、方言がひどくてわかんない部分も多かったなぁ。たしか『まぶい』がどうとかよく言ってた気がする……ま、二年前に肺炎にかかって死んじゃったんだけどね」
「あ……そう、ですか。それは、失礼しました」
「いや別に気にしなくていいよ。こっちこそ場の空気湿っぽくしてごめん。……ああそうだ。ちょうど、明るくネタとして提供出来る話題があった」
「ほう、なんだい?」
素早く反応した踊場が合いの手を入れて、今度は司が咳払いした。
「おほん。ほら、さっき小野が『判別できるだけ』って言ったじゃないか。……実は、同じなんだ」
「同じ?」
申し訳なさそうに肩を縮めていた小野が顔を上げた。司は半笑いで自分の目を指差し、ぼそりと言う。
「『霊が見えるだけ』なんだよね」
「……まさか」
「そのまさか。触れないどころか、声も聞こえないんだよ。――実に、微妙なわけ」
「……微妙ですね」
おどけてみせた司にくすりと笑って、小野が言った。
場の空気が再びなごやかになったところで、踊場は腕時計を見やった。そして、そろそろかな、とささやいて、にこりと笑みを浮かべながら司に向き直った。
「さて、じゃあ少し質問タイムに入らせてもらってもいいかい?」
「質問?」
「きみの方の自己紹介を聞いていなかったのでね。あとからそちらが質問したければ僕らも答えるから、少し親交を深める意味合いでどうだい?」
「まあ、いいけど」
テキトーに流されて司がうなずくと、踊場は胸ポケットから手帳を取り出してページをめくった。
「結構結構。では一問目から順にいこう。……いま、恋人はいるかい?」
「……いきなりプライベートな」
「まあ軽い気持ちで答えておくれよ。別段それ以上詮索する腹積もりはこちらとしても持っていないから。ちなみに僕はいない」
「私もです」
さらりと流すように二人は答えた。
「……いやな連携プレーだな……。いないよ」「今も昔もかい?」「今も昔も」
ふう、ん、と息を漏らした踊場はページをめくり、そこから矢継ぎ早に質問を続けた。
「異性とキスした経験は?」「え、質問ってそんなのばっかなの?」「僕は幼少の頃、保育士のお姉さんとが最初だったかな」「私はないです」「またそうやって先手を打って答えざるを得ないようにしやがって……経験なんて、ないよ」「では同性とは? 僕はない」「私もないです」「あるわけない」「異性と付き合う際に注目するのは?」「……性格」「男女間で友情は成立すると思う?」「するんじゃないの」「実はすごい年下好きだったりする?」「するもんか」
意味があるとは思えない質問ばかりが繰り返され、いい加減嫌になる司。にやりと笑って手帳を閉じた踊場は、「ご苦労様でした」と声をかけて席を立つ。踊場は部屋の入口まで近づくと、ドアノブを回した。
ひらひらと手を振りながら部屋に入ってきたのは口論義で、そういえばずっといなかったということを今頃になって司は思い出した。口論義はつかつかと部屋を縦断して自分の席に腰かけると、司に向けて声を飛ばした。
「あたしがいなかったこと、完全に失念してたたでしょ」
「そりゃ、そうなるよ。というか飲み物買いに行くだけでどれだけ時間を、」
「本当・嘘・嘘・本当・嘘・嘘・嘘」
「へ?」
片手で七まで指折り数えつつ、口論義はそうつぶやいた。
「これ、さっきの問いに対する司くんの答え。その真偽」
解説されて、口論義が口にした「嘘か真か」の解答を指折り数えて順に思い出した司は、途端にさあっと青くなった。そして理解が追い付いたにもかかわらず信じたくなくて、すがるように確認をとってしまった。
「……えーと、これ、どういう、」
「あたしの能力は、嘘発見器なの。虚言虚飾は看破して、相手の発言の真偽を感知出来るのよ。ただ、発動条件が三つもあってねー。ひとつ、『音声媒体で聞く』。文章におこした話じゃ感知不可。ふたつ、『本当のことを言わない』は嘘に入らないから感知できない。みっつ、これのために部屋を出てったんだけど、『相手があたしの存在を気にとめてない』こと。全部そろってはじめて発動可能」
「それで、答えにくい質問にしなければ嘘をついてもらうことができないから、あのように下世話な質問になったというわけなのさ。いかにも嘘と真が入り混じりそうな質問だったろう? すまないね」
肩をすくめて小さく頭を下げる踊場の前で、みるみるうちに司は小さくなっていった。
「……み、見栄と、意地が……」
まるごと、ひっぺがされてしまった。がくりとうなだれて、司は机に突っ伏す。小野はおろおろと手を上げ下げして、なんとか励まそうと言葉を選ぶ。
「お気になさらず、ご安心ください。……みんなやられてるんですよ、これ」
「能力の持ち主であるあたし以外はね」
「口論義も自分がやられたら僕らの気持ちがわかるだろうにね。まったくもってひどい女だよ、きみは」
「ほほほ。お褒めにあずかり光栄ですわ」
口元に手を添えて笑う姿は、まさに悪女のそれだった。司はせつなげな吐息を漏らして、頭を抱えた。
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「『こどくし』の噂って知ってる?」
ひとしきりからかったあとで二杯目のお茶に口をつけた口論義は、涙目で机に突っ伏した司に訊ねた。むすっとした顔を上げた司は口論義をじろりと一瞥して「将来、孤独死すればいいのに」とつぶやいた。口論義は涼しい顔でティーカップをソーサーに置く。
「そっちの字じゃないわよ。蠱毒師。虫が三つに皿一つ、毒の師匠と書く」
「ああ、それね……たくさんの毒虫同士を生存競争させて、最期に生き残った奴が誇る強い毒を使う呪いでしょ」
「そうそれ。でも広義の意味では犬を使って呪いの術を使う奴のことも同じく『蠱毒師』と呼ぶらしいのね。最近、そんな奴のことが噂になってるのよ」
噂? と少し興味が出てきた司は眉根のしわを少し薄れさせる。口論義の話は小野が引き継ぐらしく、彼女はスクラップをめくり始め、ある小さな記事を司に示した。
「なになに、『変死体発見、遺体には複数の歯型が見つかり……』歯型?」
「歯型です。それも、明らかに人ではないものだとか」
もちろん新聞記事にそこまで細かいことが記述されているわけはないのだが、ネットに広まっている噂では噛み痕は獣、しかも犬のものだと目されており、密かに話題となっているらしい。
「ガセネタじゃないの? 普通の神経してる人だったら、噛み殺された死体を見て『ああ、食人鬼が来たな』とか思わないって」
「でしょうね。けれど、同時期にわんちゃんの虐殺事件があったのです」
「……おいおい、いかにもおどろおどろしい話になってきたなぁ」
少し引き気味になった司に、あくまでも淡々と小野は告げた。
「ここからそう遠くない森林公園をジョギング中だった男性が、遺体を発見したそうです。その犬は首だけが地面の上に出るように土に埋められており、死後三日は経っていたそうで。死因は……餓死でした。これは『犬神』作りの方法と同じ死に方です」
「話では聞いたことあるけど。たしかその埋めた犬の前に食糧を放置して、食べたくても食べられない恨みを残して死なせることで強い邪念を作り出す呪い、じゃなかった?」
「そうです。そして犬の死亡時期の少し後に、この新聞記事の方は亡くなっています」
「まあ、だからといって直結させてしまうのは少し性急かもしれないけれど、しかしまったく関係性がないとも言いきれないだろう。だからこそ僕らはことの真偽を問うべく、活動しているというわけなのさ」
踊場が締めくくる。司としても、気になる話題ではあった。姿勢を正して腕組みし、なんとしたものかと考え込んだ。
――呪い。文明が発達し、科学がオカルトを追い立て排斥した現代において、真っ先に生活から除去されたものと言ってよいだろう。しかし今でもその不可解な力にすがり、他人へ危害を加えんとする人は、確かに存在する。
それは確かな理解を得られる因果関係や科学的根拠の下にあるものでなく、理の外を漂うわけのわからないものだからこそ虐げられた。けれど、求められるからこそ消えずに残っている、と言い換えることも出来る。
いずれにせよ司にとっては小野や口論義が持つ異能などより、よほど見知った事柄だ。良く知るからこそ、その危険性も熟知している。
「危ないよ」「危ないとしてもやらなきゃなんないのよ。ならもしあんたがさっき言ってた村のこと、危ないからって理由で探すのやめろと言われたら、やめられるの」「……無理」「でしょ」
なおも『犬神』という単語に不吉さを拭いきれない司だったが、自分の目的のこともあってか、どうしてもそれ以上強気には出られなかった。
「みんな、色々事情あってのことです。覚悟は、しているのですよ」
「覚悟、か」
「なんにせよ放っておけないわけよ、あたしたちとしても」
「そりゃ義憤ってやつ?」
「……んなわけないでしょ。司くんはニュースの殺人事件見て、逃走犯に対して『許せない』『やっつけてやる』とか思うの? 単なる好奇心よ……あとは色々、プラスアルファ」
後半のつぶやきの際に口論義の目が歪んだ輝きを得ていたが、司は何も言わなかった。
「そういうわけだから、なにかしら情報つかんだら連絡ちょうだい」
口論義から差し出された携帯電話から赤外線通信でアドレスを取得し、司は登録する。試しに開いてみると、この部屋の入口にあったのと同じく達筆な字で『~奇怪事件展覧列挙集~※会員以外はお引き取りください』とトップに載せられたサイトに飛んだ。
「うちの特設サイト。会員以外は基本的に入れないわ。そこの会員登録済ませるとアドレス送られてくるから、そのアドレスに情報を流すようにしといて。列挙集の中でただいま絶賛更新中の『犬神使い編』の情報板と、会員のグループ全体にメールが届くから」
「了解」
言われて、司はトップ画像のすぐ下にある登録画面を見た。ついでにしばらくスクロールしてみると、これまで首を突っ込んで研究した成果だろう、いくつもの事件が項目ごとにわけられて掲載されていた。たまに青字で「解決済み」と書いてあるものもあったが、六、七割は赤字で「未解決」と付いている。長々とスクロールするのに飽きて、司は登録画面に戻った。
「にしても結構情報量、多いね。一通り見るだけでだいぶ時間とられそうだよ」
「これでも信憑性の高いものだけを厳選し抽出しているのだけどね。昨今の世の中は情報の伝達速度が速すぎて、混ざりものなく純度の高い情報というものは噂として広まる前でなければ手に入らないのさ」
「ほぼ手に入らないってことか」
「その通りだね。予知能力でもあれば別だが。まあでも、我々には小野くんがいるのでね。彼女が加入してくれた去年からは、質の良い情報の入手率もぐっと高まってきているよ」
うつむいて拳を握っていた小野は司に見られていることに気付くと慌てて、なにやらもそもそと落ち着かなそうに椅子の上で動いた。ぼそぼそと控えめな声で、踊場の言葉に反抗する。
「そこまで頼りにされても、私は困るのですが」
「今回もなにかあったらすぐに会員メールを送ってね。あたしと踊場は外うろついてること多いし、すぐ駆けつけるわ」
「あまり頼りにされすぎると困るのは僕らも同じであるけど、ね」
「? なにか情報収集のコツでもあるの」
「それについてはまたおいおい語っていくこともあるのではないかと思うよ。とりあえず、今日のところは司くんに入会してもらうことも出来たし、これでおひらきとしておこうか」
「そうねぇ。じゃあなにか情報つかんだら会員メールってのと、毎日四時半ごろからこの部屋で活動、ってのだけ忘れないでね。じゃ!」
車校行く時間だ、とぼやいた踊場が席を立つと、続けて口論義もバイト行くわー、と部屋を出ていった。ちなみにどちらも、校則では禁止されている。司はなんだかな、とひとりごちて、ケータイで奇怪事件展覧列挙集を開いた。
自分の欲する情報やそれに近いものがないだろうか、と一通りスクロールしてみるが、この場で探してもらちが明かないほどの膨大な量を見せつけられて辟易し、結局画面を閉じた。顔を上げると、出ていくタイミングを失っていたらしい小野が正面の席にちょこんと座っていた。
「帰ろうかな」
「では私も帰ります」
「チャリ通学? 歩き?」
「駅までは歩きです。そこからは黄色い路線図をずっと辿って」
「同じ道のりだね。行こう」
部屋を出ると、物理担当であり司の担任でもある牛勿が鍵を持って待っていた。気をつけて帰ってください、と声をかけられて、「殺人事件の背後に見え隠れしてる呪術師を探そうと思ってます」などと言ったらどうなるかな、と司は考えた。考えるだけに、しておいた。
車校。読みは「しゃこう」。