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百奇夜行で鬼天烈な。  作者: 留龍隆
粛生の理編
29/38

二十九題目 「探索にあたっての諸説明だ」と廉太郎は語る

この作品はフィクションです

実在の人物、団体、地名、宗教などとは一切関係ありません。



ではこれにて最終章開幕。

慈しむ雨と、口論義の音色。



「  、            」


 弾劾するように、いや、断罪するように、だろうか。そのように小野に投げかけられた言葉を、司はただ耳の奥で鳴る震えとして捉えるだけだった。


「       。        、          」

「ちがう、小野、ちがう」


 連なる言葉に反駁すれば、小野はかぶりをふって応じる。かたくなに、閉じこもるように両の(かいな)で頭を押さえこみ、司の言葉に耳を貸そうとしない。

 届けられない。伝えられない。

 まるで彼女が、彼岸の住人になってしまったように。司の言葉が中空で遮られていく。


「     。    、         」


 そして彼女の言葉だけが、鮮明に頭の中へ響き渡る。

 小野の姿が掻き消える。

 瞰通すこの眼でさえ、み通せない場所へ。司のもとを離れ、消えていく。


 ひどい夢を見て、司は目覚めた。



        #


 過去を思い起こすように感覚すら鮮やかだった夢も、起床していくらか時間が経てば現実の感覚に押し流されて薄れゆき、意識の片隅にある実体をもたない思考のかたまりに成り下がった。

 硬い床から身を起こして、コップに残っていたカフェオレを飲みほす司は、立ち上がってドアを押しあけた。薄暗いネットカフェの中では朝が来たという感覚はほとんどないに等しかったが、夏休みでもわりと規則正しい生活を送っていたのが幸いしてか、腕時計を見れば時刻は七時を指していた。眠ったのは午前四時だったが、まさか夜ではあるまい。

 障害者用のトイレの大きな洗面台で顔と頭を手早く洗い、ひどい顔をしている鏡面の中の自分に気付き、司は溜め息をついた。じっとりと汗ばむ暑さをはらんだ朝の空気を吸って、溜め息を押し留める。

 口論義が失踪して、二日が経過していた。より正確には口論義の失踪に気付いてから二日、であり、実際の彼女の失踪時刻はおそらく三日前までさかのぼる。日も昇らないうちから家を出ていった彼女が夜になっても、翌日になっても帰ってこないことから、口論義の祖父母より行方を知らないかと連絡が入ったのが、二日前のことだった。

 トイレから戻る際に自分のスペースを囲うパーテーションの隣を上からのぞきこむと、血走った目でパソコンに向かう踊場のスウェット姿が見えた。気配に気づいたのか踊場は振り向き、目がしらを押さえてからおはよう、と口にした。


「進展は無い、みたいだね」

「ああ。そもそも、あまり期待してはいなかったけれどね」


 くあ、と大きくあくびをしてのち、踊場はスペースの端に寄せてあったビニール袋から菓子パンを取り出してほおばる。ちらちらと確認しているパソコンの画面には、遠方の知人などとメール、チャットを繰り返していた形跡が見受けられた。


「僕らの初動が遅かったのが問題だ。普段のように怪事件を追うのなら、時間が経つほど噂は広まり末端の情報から根元へと蔓をたどっていくことも可能だが。いまのように個人の失踪では、当日から動くくらいのことをしなければ足取りは追えない」

「一日でここまでこれただけ、早い方だけどね」

「そこはサワハくんのおかげと言わざるを得ないな」


 口論義失踪の可能性に行きあたった司たちは、すぐに彼女の捜索を開始した。その際に、サワハがすぐ手を挙げ、言ったのだった。谷峰で汀と山を登った時に、口論義に肩を借りた、と。

 つまり、その際に手で触れたため、口論義にレンズを設置できていたのだ。ただしレンズは人に付着して回るが、発動後はその空間に固定される。ゆえに口論義の最後の足取りを終えたのは一瞬で、彼女がS県の一番栄えている駅で降りたというところまでしかつかめなかった。

 思いついめた表情でホームをあとにする姿が最後に視えた、とサワハは語り、しょんぼりと肩を落としていた。

 そこで五人はその日のうちにS県まで移動し、ネットカフェを拠点にしながら探索をはじめたのだった。踊場はパンを食べ終えると、丸めたビニール袋をゴミ箱に放り捨て、掌を打ちあわせた。ごちそうさまとつぶやいて、仕切り直しだと顔をあげた。


「ともあれ、今日で街ゆく人を当たったりするのも頭打ちだろうね。廉太郎と小野くんとサワハくんには、別の作業を頼もう」

「打ち切り?」

「人の記憶力などあてにはならないよ。二日前の夜に見た、一度すれちがっただけの人間の顔を覚えていて向かった方向まで記憶している奴など、そうはいない」

「そりゃ、そうだろうけど。なんかあてになりそうなものはないの」

「……僕の口から話すのはいささか、躊躇われる」

「なんで? こんな非常時なのに」

「非常時だとしても、だ。それについて話すことは、口論義の過去に許可なく触れることになる。それは、いただけない」

「お前はいっつもそういうのでぐだぐだ要らん気を回すよな」


 うつむき加減になった踊場を見下ろすように、パーテーションの向こうから廉太郎が顔をのぞかせていた。長身の彼にはただ立つだけで隣のスペースの様子など丸見えで、当然話し声も聞こえていたらしい。

 寝巻用の甚平の襟を正し、ぼさぼさに広がった髪の毛を撫でつけ、眼鏡を外した廉太郎はスペースを出ていこうとする。


「待て廉太郎」

「んだよ踊場。寝てるところを話し声で起こされて、俺ァ微妙な気分なんだよ。トイレくらい好きに行かせろ」

「要らんこと、ではないだろう。誰だって自分の過去を不必要に吹聴されたくはないはずだ」

「必要な時だろ、今は。いいじゃねぇか、話しとけよ。そもそもこの前の町で汀とやらに遭遇して、あの取り乱しようはマルドメにも見せちまってるんだ。それに」


 言葉を切った廉太郎はくぁ、とあくびをかまして、眼鏡をかけ直すとパーテーションに肘を置き、奥歯を擦りあわせたような顔で漫画の詰まった棚をにらんだ。


「俺らになにも言わず出てったんだ。どうせ冬の時と同じだよ、慈雨の野郎につながりそうななにかを、手に入れたんだ」

「……それは、そうかもしれないが」

「俺はあの人のことを好いてる」


 唐突に、踊場の反応をぶったぎって、廉太郎は高らかに宣言した。瞳は、遠くを見据えている。


「こんな俺でも必要としてくれて、こういう場所を与えてくれて、だからこそこの手で守ってみせたいと思ってる。だが」


 俺は怒っているのだぜ、とささやく、声音に秘めた抑制の利かない激情が、静かなネットカフェの隅で弾けた。踊場も、司も、内臓が持ちあがって縮むような感触を覚えた。好意と失望の狭間で、廉太郎の感情が揺らいでいた。


「俺の腕は二本しかねぇ。とどく範囲は半径九十センチがいいとこだ。そんだけなんだ。そこより外へ行かれちゃ、たまらねぇよ。冬の時も、専行したあの人を追ったお前らが時間を稼いでくれたから、なんとかなっただけだ。間に合ってなかったらと思うとぞっとしたよ。だから言った、言ったんだ。ちゃんと守らせてくれって、守れるところにいてくれって。なのに」


 またかよ、と絞り出す声とともに、パーテーションが軋んだ。肘を置いた右手でつかんだ縁が、ひしゃげそうになっていた。


「……だから話してもいいと思う。いや、話すべきだな。あの人は俺たちが仲間であり、自分が消えればこうなるだろうことは予測できたはずなのに、行っちまったんだ。ならせめて行動の意図を説明する責任があるだろうに、消えたってことはそれすら放棄してんだ。ちがうか」

「ちがわない、かもな」

「かもじゃねぇ」


 断ずる廉太郎に見据えられて、踊場はふっと、乾いた表情で廉太郎を見た。

 司は以前聞いた、踊場が廉太郎を羨む気持ちというのを、少しだけ理解できた気がした。

 どこまでもまっすぐで、自分に正直な生きざま。廉太郎の意識だ。


「……そうだな、話すとしよう。僕は、甘かっただけらしい」

「かもな」

「かもじゃないさ。僕は甘く、きみは厳しいが、正しい」

「かもだぜ。甘いだけ、じゃねぇよ。お前は甘く、優しい。この間だってマルドメ叱ってたろ? 甘いだけなら叱りはしねぇ……ああ、あの時会長が叱りにいかなかったのも、こうして自分がマルドメと同じ、独断専行に走るってことを決めてたからかもな」

「とことん、会長職を放棄する奴だよ」

「ちがいない」


 は、と笑って廉太郎はパーテーションから離れた。トイレいってくるから、その間に鉞姫とサワハ起こしとけ、と言い残して。ひらひら手を振って見送った踊場は、反対側のスペースで眠っているはずの二人を起こしに、腰をあげた。

 踊場についていくと、二人はドリンクバーの前で立ち尽くしていて、眠気覚ましと思しきカフェオレなどを口に運んでいた。司たちに気付くとおはようございます、と一礼し、サワハはサワディーと手を振った。


「起きてたのかい」

「つい先ほどから。そちらは徹夜ですか?」

「徹夜は踊場さんだけだよ。こっちは三時間くらいは寝られたかな」

「サワハたちも同じくらいヨ。寝るする時間、やっぱ惜しいからね」


 大きなあくびで涙をこぼすサワハのまなじりは、少し赤みを帯びていた。泣いて、こすってを繰り返したあとだろう、と司は判じた。


「今日も昼から探しにいくするヨ」

「いや、人をあたるのはもういい。二日三日経過してしまったからね、さほど目立つ容姿格好をしているわけでもない口論義を覚えている人間など、もういないだろう」

「ではどうするのですか」

「切り替えていく。あまりやりたくはなかったが、聞き込みの方向性と時間と場所を定める」

「……もしかして、会長を探すのではなく、会長の追うものを探すということですか?」

「正解だよ小野くん」


 そう言って自分のスペースに戻った踊場は、またキーボードに向かうとチャットになにごとかを打ちこみ、返答を待った。少しして書きこまれ始めた情報をメモ帳にとり、線でつなげたり円でまとめたりしながらなにかマップのようなものを作り始めた。


「いまはまだ夏休みだからね……家人が確実にいる時間、かつ一人でいる時間。昼食の後などだろうが、そこを狙ってくる。あとは、公共の場。こちらは家とはまた少し時間がずれるが、単独でいる客を狙いやすい。昼過ぎ、二時前後の図書館などかな」


 集まった情報を元にしたマップに、今度は住所などを書きこんでいく。手渡されたものを受け取った小野は、怪訝な顔をしてみせた司を見て、踊場を見た。踊場はキーボードに向かいながら視線を受け取り、司に目配せする。


「こういう事態になってしまい、足跡を辿る方法もないんだ。司くんにも、説明しておくこととした」

「そうですか」


 深刻そうな顔つきで、小野とサワハはうなずいた。廉太郎がトイレから戻ってきて、顔を洗ったのか濡れた前髪を掻きあげながら、ふうと溜め息をついてスペースに入ってくる。五人揃うと、少々手狭だった。


「だれから話す?」

「僕から話そう」


 廉太郎の言葉を継いだ踊場は、パソコンに背を向けると、司に向き直った。


「僕と口論義の、昔話だ」


        #


「僕と口論義は幼馴染で、小さい頃からよくつるんで遊んでいた。当時は家族ぐるみで仲が良くてね、口論義の両親、(はやて)さんと史音(ふみね)さんというんだが、この二人と僕の両親も、十年来の友人のように親しくしていた。口論義の祖父母も、いまのように口論義に厳しいわけではなく、どちらかといえば穏やかで緩やかな生活をしていたよ」


 語りだした踊場は、しかし、自分ではじめたことだというのに、もう嫌気がさし始めていた。

 過去を思い返し語ることは、想像以上の負荷を以て踊場の両肩に襲いかかる。結局のところ、自分はこの感覚を得ることがいやだから語ろうとしてこなかったのではないか、と己を疑うほどだった。けれどはじめたことは終わらせなくては終わらない。切った言葉に次いで、踊場は司に説明する。


「颯さんと史音さんは、共同で民俗学研究をしている准教授だった。フィールドワークには口論義と僕もよく連れて行ってもらってね、地方の昔話などに親しむことは、幼少期から慣れたものだったよ。……けれど僕らが小五になった時のことだ。二人の研究論文が、発表に際して圧力をかけられた」

「発表、させてもらえなかったってこと?」

「それよりひどいとも言えたよ。上司である教授の手によって、発表されそうになった。つまり手柄をすべて横取りされかけたのさ」


 司が即座にひどい、と言ってくれたことが、踊場にとっても慰めになった。

 研究は、手塩にかけて育てた我が子のようなものだ。二人のあとを追うように民俗学に手を出し始めた踊場も、最近になってやっと理解した。

 小さく少しずつでもたしかに積み上げてきた、微々たるものとはいえ他者に誇れる己の成果。これをいま、だれかに横から奪われたら。考えるだけで気が滅入る。まだ幼かった踊場は二人の落胆ぶりがいかほどのものなのか理解できていなかったが、二人の抱えた暗い面持ちだけは脳裏に刻み込まれている。

 一度深く目を閉じて、開いて、踊場は二人の影を取り払った。


「まだ年功序列に近い制度があったのだろうね。弟子のものは師のもの、だなんて、ふざけた考えがまかり通ってしまった。数年かけた成果を無為にされて、二人は絶望した。……そして失意に暮れているとき、二人に近付いてきた者がいた。人の傷心につけ込む、悪魔だ」

「それが、汀?」

「の、従えている宗教団体だよ。〝慈雨の会〟といってね、こいつらに洗脳されて、二人は家を出ていった。言葉巧みに騙されて、すぐに持ちだせる財産はすべて持って、去った。口論義の祖父母は激怒した。だれより、止められなかった自分たちに対して」


 両親が蒸発したときの口論義は、塞ぎこんで家からも出なくなった。これを見た口論義の祖父母も大変に心を痛め、結果として、呪術や異能など宗教につながりそうなもの全般を嫌った。よって先日谷峰へ向かおうとしたときのように、そうしたものの調査に出ようとする口論義を無理に引き止めるようになったというわけである。

 心情は、踊場にも察することができる。自分の息子と嫁がそろってたぶらかされたのだ、なにかを恨まなくてはやっていけなかったのだろう。


「おかげで、小野くんにも一度、不快な思いをさせてしまった。呪術やそれに連なるもの全てを嫌うようになっていたせいで、小野くんが呪術師の家系だと知ったとき、口論義の祖父が二度と敷居をまたぐな、と言ったんだ」


 申し訳なさそうに、言った。司は踊場の目を見て、小野を見て、思い返した様子で納得を呑みこんだ顔をした。小野も司の得心に賛同するように、うなずきを見せた。


「仕方ありませんよ。わたしだって、直接に関係がないとしても――カノエを生みだした谷峰の人間には、もう関わりたくないと思ってしまっているのですし。同じことでしょう」

「感情は、止められないね。人は理屈では動けない。……そのとき、だったな。口論義が虚言看破に目覚めたのは。ようやくまともに社会生活を送れるようになったとき、すでにあいつには異能が備わっていた」

「騙されたくない、嘘を見抜きたい、って思ったから、なのかな」

「その論でいくと廉太郎の能力取得のプロセスは意味不明だがね。まあ、それから、口論義は両親の行方を探し始めた。新興宗教、及びに宗教を形作る洗脳の心理学を学び、憎み、時には冬の事件やいま現在のように、独断専行で動いてね」


 チャットの書き込みがまた少し増えたので、踊場は書きうつす作業に移る。踊場が黙ると、埃のようにいつのまにか積もった沈黙で、司たちは息苦しさを覚えたようである。


「踊場さんが民俗学研究しはじめたのも、そうやって情報通になったのも」

「半分は口論義の両親を探すためだよ。もう半分は、自ら望んでのことさ。なにもない僕にとっては打ちこめるこれら二つがとても重要で、ありがたいものなんだ」

「情報の方は、大して集まらなかったようだがな」

「そのとおりだ。いくら情報を集めても、慈雨の尻尾をつかむことはできなかった……前身となる『総慈教』という宗教は宗教法人として認証されていた時期もあったようだが、これも調べたところで活動実態のない休眠団体だったようでね。所在地もダミーのようなもの、お布施(ふせ)で資金洗浄を行うために利用された形跡があっただけだ」


 どういうこと? と司が小野に小声で尋ね、小野がぼそぼそ答えていた。

 布施として納められた金銭は一見収入のように見えるが、課税を受けず、申告をしないこともある。結果として出所不明の金銭が世を回ることになり、本来表に出せないお金もそこを通すことで闇から闇へまぎれさせることが可能なのだとかいつまんだ説明をなした。


「その後の足取りは一切不明。残った信者による任意団体として、殻をかぶっただけのまったくちがう宗教として、活動しているようだ」

「でも宗教ってくらいなら、儀式だか祈祷だかで大人数収容できる場所が要るわけでしょ? 所在地くらいはある程度固定するんじゃ」

「詳細な全体人数はわかっていないが、活動地は転々としていたらしい。つまり中規模な団体なんだよ。生活を共にしており財産もなげうった幹部クラスが教主、汀と居住地を定めるそうで、その他会員は通い、たまに合宿を行うのみ。その過程で占有屋まがいのことをしたり、いろいろ行っているようだが」

「せんゆうや……まあ、なんか悪いことだってのはわかるけど……ん? 各地を転々としてるの?」

「どうかしたのかい」

「いや……汀と相対したとき、なんだけど。あいつ、各地で歪みを生み育てる段階も終わりだ、とか言ってたんだ」


 聞き捨てならないセリフだ。歪みは、これまで関わってきたすべての事件において、重要なファクターとして機能している存在である。


「どういうことだ。まさか、これまでの事件すべてに、奴が関わっているというのか?」

「わからないよ。それを言うなら七無だって、あのとき谷峰に現れてて、神代が名前を出して、加良部には働きかけてたわけだし。名前を出しただけで谷峰の人間がひるんだ、平坂って奴もよくわかんないし」


 人物と人物の関連が、謎だらけなのだ。しかし、踊場たちはなにかしら、関わってしまっている気がする……自分たちが大きな渦の中で流れに逆らおうともがいているイメージが擦りよってきて、踊場はかぶりを振る。サワハが、司と踊場に向かって両手を伸ばし、なだめるようなジェスチュアをしていた。


「とにもかくにも、いまは会長サン探すのに専念するヨ、踊場サン」

「……それもそうだね。あと歪みについて汀が言及していたことは、探索に使えるかもしれないよ」


 メモをサワハと廉太郎に分け渡した踊場は、司の話にも有用性があると判じていた。さっそく周辺地図をネットで検索しながら背後の仲間たちに述べた。


「とりあえず、だ。口論義を探すには、慈雨の所在を割り出すのが効率良いと思われるわけだよ」

「あ、うん。脱線させてごめん。それで、そのメモつかって探すわけ?」

「住所たずねるすればいいノカナ?」

「んでもこりゃなんの住所なんだよ」

「普通の住所ですよ。団地とか、人がたくさんいそうな」

「片っぱしから訪ねてみてくれ。口論義がここに来たということは、ここに慈雨の手がかりまたは所在地があるかもしれないということ。したがって、奴らの勧誘にあったことのある人が、近辺にいるかもしれない。そういう人から情報を引き出してくれ」

「ああ、そゆことネ」


 絞り込んだ場所は、オートロックなどで侵入が難しい建物や、特定の宗教団体に近い場所は除かれている。勧誘がしやすそうな場、たとえば大学などにちかく、下宿先として十代二十代の独り暮らしの人間がいそうな安いアパートなどが主だった。一人暮らしであれば冷静な家人などに短期洗脳の効き目を薄められることもなく、また二人組での訪問による数の利を最大限活用できるからだ。

 まだ入信して日の浅い人間を熟練の信者と組ませて訪問させることで、前者の立ち位置を訪問先の人間と近く設定し、安心させることで信仰・思考の落差を埋め、後者の人間による勧誘を円滑に行うことを可能とするのだという。敵を知るべく口論義と学んだ知識を利して、踊場はマップを作っていた。


「で、さらに追加するのなら」


 周辺地域の地図を画面に呼び出した踊場は、素早く目を走らせてもうひとつのマップを作り上げる。犬神使いの時のように、道の角に位置し気が溜まり易い場――事件などが起こっており人の生き死にに関わった場――風水などで方角的に気を集めやすい場――などを調べた。


「こんなところか」

「わかった。あとで細かい情報、ケータイにメールで送って」

「わたしも司さんと行けばいいんですね?」


 小野が確認をとろうとすると、踊場はひどく躊躇う表情を暫時、表した。どうしたのかと問えば、ばつの悪い様子で司を見た。

 二人に淨眼を使わせることは、危険の領域へ二人を近づけることだと踊場は理解していた。仕方のないことではあるし、また二人は自ら探索のために能力の使用を厭わないだろうとも理解していたが、利用する形になることには罪悪感があった。


「すまない」


 一言に自分の思いを集約して、踊場は頭を下げて頼んだ。小野も司も顔は見えないものの、意気込んだ空気が感じられて、ますます居たたまれない心地がしてくる。


「気にしないでよ」


 照れた、はにかむ気色のもとに、司は応えた。


「みんな考えてることは同じだよ」


 ありがたいことだ。踊場はただそう思って、まだ顔をあげることができなかった。そんな気勢を察したか、廉太郎がぱんとひとつ手を打って、よいしょと腰をあげた。


「さって、朝飯食って一休みしてから、行動開始といこうぜ。歪みか慈雨か、どっちか片方だけでも見つけたいもんだな」

「でも新興宗教いうのは、ふつーの人にはどれも同じに見えるすると思うのよ。慈雨の見つけるは、なにをちがいにして探すカナ?」

「連中が掲げる標語があります。教義につながるその言葉を述べれば、少しはちがいとして提示できるのではないかと思いますよ」

「ちがい提示。ふむ、どんな教えなノ?」

「わかりやすい、短いフレーズではないですが。谷峰のときにも、汀が言っていましたよ。『得難き幸福を忘れなさい。ただ今の自分を思う、易き幸福の下に』現世の利益などを重視しないタイプの教義らしいですね」

「……ん?」


 小野がすらすらと述べた言葉にひっかかったように、司はへんにくぐもった声音を発した。最初だれがつぶやいたのかわからなかったらしい小野の、周りを見回す動作に合わせて間が空いて、司が返事をすることで奇妙な間は打ち破られた。踊場がわずかに顔を上向けると、首をかしげる小野と挙手をした司が向き合って、よく似た不思議そうな表情を突き合わせていた。


「どうかなさいましたか、司さん」

「いや……そういえば、この前谷峰で歪みに落ちた時、加良部と会って少し話したんだけどさ」

「ええ」

「……その言葉、あいつからも聞いた」


 どよめいた気配を察して、踊場は完全に顔をあげる。司がこちらを見て、頬をぽりぽりとかいていた。



最終決戦へむけて、準備は進んでいく。


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