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百奇夜行で鬼天烈な。  作者: 留龍隆
海と隠亡編
25/38

二十五題目 「そして事件は二日目に」と口論義が諳んじた

 

       #


 八尾を取り囲む山の道を、結局ぐるりと一周してしまった。海側を南として、西へ向かって時計回りに一周したかたちになる。

 八尾の由来である八本の道――四つの道と四本の支流を、すべて横断しようとしていた。ところが最後の一本、南南東の辺りに見えた川の支流は、なぜか一部を堰き止められていて水の流れを変えた痕跡があった。護岸工事を施され無理に方向を定められた水の行き先は最初に車で遡った流れに繋がっており、司たちはそこへ沿うことで元の位置、旅館下の橋のところまで戻った。


「なんかこれぞ田舎、って感じの町だったな」

「わたしの父方の実家も田舎ですが、それでもここまでではないですね。幹線道路に沿ってぽつぽつと栄えています」

「あー、山間部にあるよね。そういう中途半端な田舎。ああいうのはどうも、どっちつかずな感じがするから見ていて落ち着かない感じ」

「まるで自分が都会育ちであるかのような発言ですね」

「コンサートも電波もひとつ飛ばしでいっちゃうような街を、はたして都会っていうのかな」


 そもそも司は父母と街で暮らしてきたのは人生の半分だけである。残りの半分は、今いるここと似通った、ステレオタイプとして思い浮かべる『田舎』で生活していた。

 だからだろうか。山に囲まれた狭い空を見上げていると、なつかしいような思いがあるのは。


「けっこう伝承とかについても看板とかで残ってたわね」

「歩いている最中に遭遇した人々からも話をうかがえた。申し分ないよ」


 いつの間にか先頭より後退して、小野と司は口論義と踊場の背中を見ながらの道のりであった。空ばかり見ていては歩くに危ないと思い、司は横の小野に目をやる。ぼんやりと歩いていた小野は、静かに周囲を見渡していた。

 ちなみに廉太郎はさらに後方で、高台にレンズを設置して露天風呂をのぞこうとしていたサワハをずるずる引っ張っていた。


「明日以降のスケジュールも立てられそうだし、満足満足。じゃあ日が暮れる前に車戻っていろいろ決めましょうか」

「まったぁ!」


 口論義に向かって大声で怒鳴り、廉太郎が人差し指を立てて天へ向けていた。


「まだ日は暮れてねぇ」

「……や、だから早めに戻っておこうと言っているのだろう?」

「待てよ、今から海行けばちょうど日暮れくらいだろ。サンセットって奴なのだぜ」

「要は夕焼けを観に行こうと」

「そのとおりだ!」


 ぐっと拳に力を入れて力説する廉太郎を見て、口論義と踊場は目を交わした。踊場が携帯電話で時間を確認し、行けなくはないが、と言葉を漏らす。


「夕飯はさっきの店でいただくと言ってしまったわけなのでね。本当に夕焼けを見るだけになると思うが」

「食欲に支配されるなよ。壮大な景色、雄大な自然。メシじゃ膨れないものが膨らむだろ?」

「ロマンとか?」

「思い出ですか」

「いい解答だマルドメ、鉞姫! さあ踊場、車ころがしてきてくれ」

「提案するだけして僕に任せきりかい。まあいいがね」


 海沿いを歩くだけでも、なにか発見はあるやもしれない。司もいろいろ想像膨らむところがあり、やぶさかではないという心持ちであった。

 すぐに踊場が車を回してきて、昼に上ってきた道を下る。ふと、開け放っていた窓から後ろを振り向いた司は闇に呑まれていく山々を奥に、書き割りのような空と町が視界の上下を埋めるのを見た。

 田舎の旅情というのではなく、郷愁、あるいはそれに伴う寂寥感。ふいに風景に感じた情は昔をあまり覚えていない自分にしては珍しいもので、じいっと見ていると長く伸びる影法師の中へ過去を見出せる気がした。



「……はめてくれたな廉太郎」

「気色悪ぃこと言うんじゃねぇよ。気付けなかったお前が悪いってもんだぜ」


 海岸沿いは駐車場がなく、路上駐車も禁止されていた。停めるあてのない踊場は、口論義をはじめとした面子をおろして一人駐車場を探してさまようこととなった。嬉々として口論義の元へ走る廉太郎の背中に、殺気にほど近い踊場の視線が集中豪雨のごとく注がれ、止むことはなかった。


「あっちの方、河口近くに鳥居みたいなもんが見えたんだ。そこまで行かないか、会長」

「鳥居? ふーん、なにを祀ってあるのかしらね」


 てくてくと二人は夕陽に向かって歩む。サワハはというと、珍しいことに静かだった。夕焼けに染まる海と潮騒に包まれるうち、タイのことを思い出したらしい。


「……たまにはふるさと帰ろカナ」

「日本人だよねサワハさん」

「こころの故郷タイにあり、ヨ。ワタシの第二のふるさと、タイランド」

「そんなミュージシャンがライブで言いそうなセリフささやかれても」

「マルドメくん、情緒を解さないノは、いけないコト」


 口をとがらせ、砂を蹴りながら廉太郎たちの後ろをついていった。

 して、小野と残されて、司はどぎまぎしていた。

 じつはなかなか訪れないシチュエーションである。邪魔とまで言う腹積もりはさすがの司も持ち合わせていないが、いつもいつでも何をするにも、きてれつ研メンバーは避けて通れない障害なのだ。小野と二人になれることは少ない。

 さりげなく三人の向かった先とは違う方、少し離れたところで波が砕けている岩場をめざして、司は進み始めた。


「そちらに向かうのですか」

「岩場で貝でもとろうかと」

「やめた方がいいですよ。怪我でもしたらフジツボが」

「……大丈夫、膝強いから」


 嫌な都市伝説を思い出させてくれるものだった。司は自分でもよくわからない受け答えをしながら、さくさくと浜辺を歩いた。

 浜は、時折海藻類や流木、貝殻などが見つけられるものの、海水浴場として解放するにあたって入念に掃除を行ったのか割合きれいなものだった。現に、いまもまばらにいる人々の間を縫って、せっせと掃除に精を出している人たちが見える。


「小野は海派? 山派?」

「山ですかね。登りきると達成感ありますから。海だとそれこそ、達成感なんて言うのなら、遠泳でもするしかありませんし」

「レジャー関連で答え返ってくると思ったらぜんぜんちがった」

「え? ああいえ、そういうことならそうと言ってくださいよ。そういうことなら、海です」

「へえ。なんか意外だな」

「雰囲気が好きなんです。釣りも好きですし、広い海の中に浮かんで空を見上げたりするのも好きです。あと山には苦い思い出がありますので」

「蜂にでも刺された?」

「川の近くに一旦下ろした荷物が、ダムの放水でぜんぶ持っていかれました」

「……うわあ」

「あやうく、キャンプではなく着の身着のままのサバイバルをやるところでした。下流で運よく引っかかっていたらしく、次の日の昼にはほとんど手元に帰ってきましたけど」


 予定はぱー、と両手を広げて笑った。なかなかに壮絶な思い出である。


「司さんはいかがですか?」

「んー、海だね。山ではあの暮らしだったから、そんなにいい思い出ないし」

「……だからですか。先ほど町の方を振り返って、なにやらむずかしい顔をしていたのは」

「わかっちゃうんだ。どうも気恥ずかしいや」

「わかりますよ。司さんが思っているよりも、わたしはよく見てるつもりです」


 自分のことをよく見てくれているのか、はたまたきてれつ研の全員を見ているのか。

 おそらくは後者だと司もわかってはいたが、それでも、気にかけてもらえるのは単純にうれしかった。


「みなさん、思い思いの目的で以て集まったわたしたちですが。お互いのことをよく見ていられる距離で、お互いに思いやることはできていると思います。わたしはこの場所が好きですよ」

「そっか」

「でも、いつまでも続くものではありませんよね」


 一歩先んじて、司に背を見せ小野は言った。足下を洗う波の引き際に、そっと跡を残して踏み去る。ふつふつと砂の内に消える泡に、また海の水がおおいかぶさる。


「どうだろ、そんなことは」

「それぞれの目的を果たすためにちょうどよい場所であったからこそ、わたしたちは集っているわけですし。いつかすべてが終わった時、わたしはここに戻ってこれる気がしません」


 振り向きざま、彼女の前髪が揺れて、かなしげにうなだれた眉尻が見えた。弱気なことを言う横顔に、潮風に舞う髪を掻きあげる手が、陰を作った。なにもかもが赤く染まるこの時間帯の中で、小野の姿だけが暗く、夜の時間の中にいた。

 声をかけようにもはばかられる。すべて終わった時、という言葉には、司も去来する思いがあったためだ。


「想像できないんです。カノエを打ち滅ぼせたとして、そのあとにわたしの、わたしの中の思いが残っているという様が。終わったからと、またいつものようにみなさんと笑って、ここにいられる様が。どうにも、思い描けないんです」


 我知らず、右腕を見つめてしまった。眼前の光景のような鮮やかな色彩でなく、どす黒い怨念が形作った、強烈な色合いの赤。彼女の右腕が宿すそれを、司は想像してしまった。同時に、その手が血に染まる場面をも、頭に描いてしまった。


「……後ろめたさがあるってこと?」

「すこし、ちがう気がします。後ろめたいのならそもそもやる気になりませんよ。だからこれはたぶん――復讐はそういうものだと、自分で決めてしまっているんでしょう」


 人を呪わば穴二つ。

 呪いし者は呪われやすくなる。誰よりもまず、自分自身に。


「止めるつもりはありませんけど。止まれるはずもありませんから。ひょっとしたら、実際にそうなった時には、意外と未来を想像できるようになるのかもしれませんし、ね」


 なにより、心は楽になっているでしょう。

 信じてやまない小野は、司より先に岩場に辿り着いて波間を蹴るようにのぼった。司もあとを追って。二人して無言で、浜に残る熱気が少しずつ少しずつ夜の冷気に溶けていくのを肌で感じていた。

 しばしそうしていると、向こうの方から踊場が歩いてきた。司たちを探してぶらついていたのか、車が行った方向とは逆のところからやってきた。隣にはサワハもいる。


「電話したのだからちゃんと出てくれないと、困るよ」

「あ、ごめん踊場さん。サイレントにしてたからわかんなかった」

「まったく。そして口論義と廉太郎も……出ない……どこへいったんだい」


 歯ぎしりしそうな顔でポケットに手を突っ込んだ踊場は、あからさまに不満をあらわにしていた。彼方に見える鳥居の近くで、二人の影が動いているのを司が確認する。


「あそこ、あそこ」

「ふう、ん? ずいぶん遠くまで歩いていったものだね」

「レンタロと会長サンいっしょにいるは珍しいネ」

「ぶ室でたまに二人でしゃべってるとこは見るけどな」

「大抵、廉太郎さんのお菓子をつまみながらですよね。あのいい加減な性格でもお菓子作りは精確にやるんですから不思議なものです」

「そうそう、妙においしいもん」


 三人でかわるがわる廉太郎のことを話すと、踊場は複雑そうな顔で足下の砂に8の字を書き始めた。

 以前、踊場自身が認めていた通り。廉太郎はいい加減ではあるが、好感のもてる部分が非常に多い男であることも間違いないのである。二人がくっついてしまわないか、内心気が気でないのだろうと思う司だったが、どう動くか決めるのは踊場である。とくになにか言うつもりはなく、出方をうかがうことにした。


「……いや、うん。そうだな……ちょっと、呼びに行ってくるよ」

「はい、いってらっしゃい」


 踊場は司の方をちらりと一瞥して、けれど特別視線に含みを持たせることもなく。意志表明した通りに、小走りで浜を駆けていった。


「はてさて、どうなるするのカナ」


 踊場が不在になった途端、真顔でサワハは片目を閉じ、頭の後ろで手を組んでさくさくと浜を歩きだした。踊場のあとをつけるつもりに見えた。


「デバガメは野暮なんじゃないの」

「しないヨー、んなこと。レンタロは表裏ないないだからなんかあったら見てすぐわかるし。それに、仮に進展あったするけど、いい結果なるとは思えんネ」


 断ずる理由は言わなかったが。サワハは確信に満ちた表情だった。


「ま、今日いますぐどうこう、関係の変わるってのは無い思うケド。ふいんき流されるは……なくなくなくないカナ」

「でも、その場合いい結果にはならないと」

「少なくともワタシはネ。そう思うのヨ」


 足取りを海に向けて、緋色に浸食された波の引く末を見ている。たたずんでいるただそれだけで、彼女の周りだけどこかエスニックな空気が流れるのは、見た目だけでなく仕草や考えなどいろいろなところに染みついた、異国の香りが振りまかれているからか。


「レンタロのアレは、多分近いのはあこがれだからナ。踊場サンと比べて温度差ある」

「あこがれ」

「そ。レンタロは、会長さんに認められるするのが目的なのネ。小野ちゃんは、レンタロのこと昔から知ってるから知ってるカナ?」

「ここへ入った理由、ですか。まあ、理由もなにも微能があることは知ってましたし、わたしが誘ったことが要因なのですが」

「きっかけはきっかけ、決め手はまた別腹ヨ」


 小野が廉太郎を変えるきっかけとなり、口論義が彼に目的を与えたと。そういうことだと司は思った。

 人は変わる。人との出会いが人を変える。では死者とばかり出会い続けてきた自分は? 自問に対する解答は、ずいぶん昔に出していた。


「サワハさんは、どうしてきてれつ研に入ろうと思ったの?」

「んんー。じつは」


 はにかんで、一拍置いて、彼女は海に向かって砂を蹴った。ざざざと水面で音が立ち、斜陽の残光にきらめいた。


「特に、理由ないのヨ。みんなみたくすごい目的、理由持ってない。会長の口論義さんに誘われるしたから、ワタシの能力必要してくれたから、入ったノ」

「それだけで?」

「友達んなったからネ」


 他の理由は要らないと付け足して、サワハはターンし一気に防波堤まで駆けた。打算がないのか、本人が利と思うのならこれも打算と呼ぶべきなのか。どちらなのかと考えて、かぶりを振った。きっとどちらでもなく思えることが、彼女の理由足りえるんだ。そう司は思った。


「三人も戻ってきたみたいカナ。あの様子じゃいつもどーりの憎まれグチ叩き叩きネ。まだ、変わらずいられそうよ」


 くすり、笑みをこぼして首を上向けたサワハは、かつんと足音を鳴らした。


        #


 昼食をとった店〝水際亭(みずぎわてい)〟で夕食を終えた司たちは、長時間車に乗っていた疲れもあってかすぐに眠りに落ちた。とくに、運転手を担当していた踊場は疲労が凄まじかったのか、常ならぬだらけきった様をさらしてライトバンの隅に転がっていた。

 男が車で、女はテントで。別れて眠り、翌朝。寝巻のパーカから普段着のパーカに着替えた司は、早朝の町の中を散歩していた。時刻はまだ五時半、眠りから覚めていない町の景色と空気は、夜の緊張感から解放されて和らいだような、穏やかな印象を伝えてくる。


「お、足湯だ」


 ちいさな水音でさえ、よく耳に届く時間帯である。掘りごたつのようにくぼんだ石の槽に、とぽとぽ注がれる湯が道端の景観に華を添えていた。スニーカーとくるぶしまでの靴下を脱いだ司は、さっそく腰をおろして足を入れる。暑いさかりに熱い湯に足を入れるのもどうかとは思ったが、ふしぎと気分はよかった。


「逆療法ってやつかな……」


 風が吹いて、頬を伝った汗を乾かす。かぐわしい、湿度を持った夏の匂い。

 年寄りくさいとは思いつつも、溜め息が出る。道を隔てた向こうには八尾の一本であるところの――護岸工事が施され流れの変わった――川が流れているため、暑くなってきたらあちらで冷やすこともできる。空を見上げれば早く雲が流れ、同じ空の下でもふだんとまったく違う場所にいることに、司は感じ入った。

 家庭環境のこともあり、長期の休みになっても司はあまり遠出をしたことがない。啓二や一恵とは多少出かけることもあったが、彼らも歳の離れたきょうだいより友人と遊びに行くことの方が多い。父母とは最低限の会話ばかりで、ふれあいと呼べるような関係性も築くことができていない。幼少期などは村から出るなと言われていたため、言わずもがな。

 こうした『友人と過ごす休み』というものが、新鮮で、味わい深いものだということを、司はいままで知らなかったのだ。


「楽しいのは大事だ。うん」


 ぶつぶつ独り言をいったり、ぼんやり小野のことを考えたりした。のどかな時間が過ぎてゆき、今日の予定などに思いをはせる。

 結局十五分ほど温まって、湯から出た司は血液の巡りがよくなったためか身体が軽く感じた。爪先で跳ねるように散歩の続きをはじめ、途中でまた橋の近くに来たので、温泉卵を買った店をのぞいてみる。さすがにこの時間はやっていないようだったが、開店は九時とあったので、あとでまた来てみようと思った。

 腕時計を見るとまだ七時前であったので、司は洞穴へ繋がる道をゆく。森の道は緩やかに風が吹いており、歩くに快い。しかし洞穴前に着くより先に、人影にぶつかった。


「おはようございます」

「おお、おはようございます」


 一応山道ということもあり、マナーとして挨拶は欠かさない。やがて到着し、涼んでから、司は来た道を引き返した。



 事件はちょうどその時、早朝に起こっていたらしい。


「盗難?」

「だ、そうだ」


 散歩から戻って朝食をとり、店内のテレビで夏休み恒例のドラマ再放送を見ていたところに、廉太郎と踊場がニュースを持ちこんできたのだった。ちなみに残り三人は踊場と別行動で調査に向かうべく、昨日の夕方海岸で見ていた鳥居に向かったらしい。

 水際亭の店主になにやらいぶかしげな眼で見つめられ、身をすくめた司は廉太郎に問うた。


「なにが?」

「洞穴に祀ってあったなんぞやかだとよ」

「なんぞやかってなにさ」

「中身は町の奴もよく知らんらしい。ただこれくらい、」


 手で幅をつくり示した大きさは、大きめの重箱を三段ほど重ねた感じだろうか。


「の、大きさの箱にいれて安置してあったそうだぜ」

「昔から続く洞窟信仰の一環で祀ってあったものだと聞き及んだから、おそらくは御神体かなにかだろうかね。管理をしている人が今朝掃除しにいったところ、消えていたそうだよ」

「何時頃?」

「七時過ぎだそうだ。きみ、なにか知らないかい。というかぶっちゃけ、散歩してたきみが疑われる可能性が高いんだが」

「うわあ、もろに時間帯がかぶってるなあ……疑われるとやばいよね」

「今後ここでの収集はできなくなる。いたたまれないようなら今日明日にも帰らなければならなくなるな」


 さすがにそれは勘弁願いたかった司は、ドラマも佳境に入り解決編に入るところだったが仕方なく電源を消し、きちんと疑いを晴らすべく考えを巡らすこととした。


「でも手ぶらで出てって手ぶらで帰ってきたし、ずっとなにも持ってなかったよ」

「それを見てた奴がいるのかよ」

「あ、帰り路にすれ違ったおばあさんとかいたよ。その時も手ぶらだったって証言してもらえれば」

「洞穴からつづく森に隠したとしたら、手ぶらでもおかしくはないよ」

「じゃあ洞穴のとこで見てた人……ひと? あれ、そういえば一人すれ違った人が居たぞ」

「おや、怪しい奴が急浮上してきたものだね。まあいい、どんな奴だった?」

「えっと、たしか……」


        #


「なるほど、ね。あの洞穴は洞窟信仰じゃなくて、こことつながってる、そういう信仰だったわけだ」


 河口近くの鳥居の存在と、虚言看破を用いた聞き込みで情報を揃えた口論義は、奇怪事件展覧列挙集を更新しながら川に沿って町へのぼっていた。


「めずらし信仰あったものネ」

「土着のものならそう変わってるとも思わないけど。そういえば座棺の風習もあるものね」

「しかし、相互の間になにか関連があるとも思えませんが」

「意外とどこかでつながってくるものよ? 同じ土地を生きる人の考えが風習や慣習、風俗を生みだすんだから。無関係なんて存在しないわ」


 口論義の先をいく小野は、歩行のペースを速め過ぎないように気を付けながら相槌をうち、暑さにばてている後続の二人を振り返った。だるそうにあとをついてくる二人だが、ともすれば歩調があわず置いていってしまいそうになるのだ。


「……ん。ここも、つながってるところですね」

「うん? ああ、昨日も通ったっけね、ここ」


 立ち止まった小野の後ろから、手でひさしを作った口論義が足下を見やる。橋の下を流れる川が合流して流れを増している位置で、無理に護岸工事をして流れを変えたことがありありとうかがえる地形だった。


「八尾、なのにどうして一本合流させてしまったのでしょうね」

「さあてね。意外とつまんない理由かもしれないわよ。でも、昨日はこっちをあまり調べなかったしね。ちょっと寄り道しましょっか」

「さんせー。サワハ、もう日向あるくはしたくないのコト」


 だるだると、両腕を前後左右に揺らしながらサワハは歩いてきた。あまり長く歩いて熱中症、日射病などに侵されても困るので、収穫がなくとも二十分くらいで引き返そうと小野は提案する。すんなり受け入れた口論義は、次第に強まってきた日差しを避けるためか、おろしていた髪を高い位置でポニーテールに結んだ。そうして露出した首元は涼しげだが、気になることがあってか首を掻く。


「日焼け止めと虫よけ忘れたわ」

「わたしのでよければどうぞ」

「サワハにも貸してー」

「虫よけでよければ」「……いやサワハも多少は焼けるのヨ? まだ褐色て程度よ?」


 道を逸れて、潰された一尾の上を通っていく。干上がった水の路がまだ形を残してはいたが、山に突き当たるまでに細く、狭くなっていき、最後には消えた。と、正面が少し開ける。

 山道、否、道の痕跡らしきものが見受けられるのみで、実際はけもの道よりもひどいありさまであったのだが。ともかくも行きどまって、バッグから地図を取り出してじっくり確認した小野は、眼前の道が昨日ぐるりと町を廻った山道に続いているのでは、と疑った。


「どうでしょうか。つながっているように思いませんか」

「けど昨日歩いた道はほとんど一本道だったわよね。ここは……町を鳥瞰して、上を山に下を海にした場合、南と南南東の間ってとこかしら。あたしたちはここより手前で川に向かって降りたから、たしかにつながってた可能性はあるかも」


 進んでみようかしら。そう言って腕時計を確認した口論義は、やっぱだめねと踵を返した。決めていた時間になったので、引き返すこととするらしい。サワハが溶けたようにぐでぐで蠢いており、だいぶ弱っていた。小野としては道の先がどうなっているか気になるところもあったが、こう暑い中を呑み水も持たずに歩きまわるのは危ないと自覚していたのでおとなしく引きさがった。

 けれど去り際、山を振り返った小野は、ついさっきまでいなかった人影を目にした。


「――おお、おはようございます」


 陰が動いた。

 痩せ形で背は高く、全身を黒い衣服で被っている人物だったためにそう見えたのだと気付くまでに、数秒を要した。あわてて会釈を返すと、男性は弱弱しげに微笑んだ。


「散歩ですか。早朝の時間に歩くのは、実にいいものだ」

「まあ、散歩というよりは散策なのですが」

「ほお散策。実に良い響きです。ただ歩くだけに留まらない」


 色の無い男は、顔にも色が薄かった。山道に踏み込もうとしていたようにはとても思えないローファー、毛玉のついたボトムス、薄手ではなく通気性の悪そうなトップスと三点揃って暑苦しい。反面、顔は目鼻立ちも髪型も、どれも互いから遠目に配置したような、うすべったく引き伸ばしたような印象しか残らない、薄く儚く温度を感じない顔立ちだった。


「洞穴へは足をのばしましたか。この時間ならまだ涼しく、人気もない良い場所ですよ」


 低温の微笑。火傷しそうな、微妙な温度。赤の他人にしてはなれなれしく、知人と名乗るほどの押しつけがましさはない。絶妙に位置を悟らせない感じは、どうにも不審な思いを強められた。

 なにより。

 男の足下にあった、大きな箱が。どうにも気になってしまい、余計に男の印象を薄めていた。


日常終了。


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