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百奇夜行で鬼天烈な。  作者: 留龍隆
犬神使い編
1/38

一題目 「いかにも怪しい」と司は言って

 突然目の前に飛び込んできた人物をかわそうとして、司はよろめき倒れそうになる。思わず壁に手をついたが、なぜかその人物はさらに詰め寄ってきて壁際へと司を追い込んだ。体が触れそうな距離でようやく見えた容姿は少々髪が短めなものの、見まごうことなき少女である。


 整った顔立ちの中、半分閉じたような眠たげな目はしかし瞳が大きく、十二分な目力を感じさせた。白磁のように白い肌は弱弱しげに映るが、病的ゆえのきわどく危うい美しさも含んでいる。展開についていけず戸惑う司は息を詰まらせ、次にどう行動に出るか悩むこととなった。

 だが少女が柔らかそうなカーディガンにくるまれた指先で司を指し示した時、いくつもあったはずの選択肢は一つにしぼられた。


「こんにちは。ぜひ我が部へお越しください」

「…………ああ」


 やはりそういう展開か、と。内心がっかりしたのをおくびにも出さず、ただ苦笑するだけに留めた司は寂しげにうつむいて、少女から視線を外すと同時にするりと間合いから抜け出た。


「まあ、考えとく」


 司は笑顔で勧誘を真っ向から切り捨て、自分に声をかけてきた少女の方へ向き直るが、今度は胡散臭そうに眉をひそめる。その後、少女の居る部屋の奥をじっと見つめて、口をへの字に、眉を八の字に曲げて息を漏らした。


「……げ」


 部屋の奥に見えたのは、かりかりと黒板に爪を立てる、学ランを着た生徒の姿。

 けれど周りの人々はまったく気にしていなくて、だから司はすぐにこの場を離れたくなった。


「どうか、しましたか?」

「いいやなんでも。えーと、ではこれにて」


 悪寒にさいなまれながら、ポケットに手を納めると司は歩き出す。切り返しの素早さに驚いたのかぽかんと口を開けて自分を見る少女を尻目に、その場を立ち去った。

 途中で振り返ると、すすけて古臭い空気の漂う廊下の向こう、少女はまだこっちを見続けていた。不気味さが増すのを感じてさらに速足で歩を進めた司は、階段を駆け下りて二階に向かおうとする。途端に視線へとこめられた力が強くなり、遠くから響く一言と共に圧迫感が背中にのしかかった。


「――あなたもしや、普通なら見えないものが見える人ですか?」


 無視して、三段飛ばしで二階へと降り立つ。

 背後を二つの気配に追われているような気がして、そこで足を止めることなくさらに進んだ。わいわいと人でごった返す中に身を置くと、ようやく三階の寒々しい感覚から逃れることが出来た。おそるおそる振り向いてみても、誰もいない。司は冷や汗をぬぐうと、ぐるりと周りを取り囲む人の山を見やった。

 そこに居るのは身を縮めてこわばった表情を見せる新入生に、親しげに声をかける人々。おとなしそうな文化部と思しき彼らでも、部のためならアクティブになるらしい。あちらこちらへと新入生を引っ張ってゆく元気な姿が見られた。司も新入生であるがゆえに時折勧誘を受けるが、その都度片手をあげて断っていた。そう、さっき三階でもそうしたように。

 ――時は四月初旬。

 様々な部活動が鎬を削り合い、新入生を奪い合う。

 今まさに、部活動勧誘シーズンのまっただ中である。


「……と言っても。どこにも入る気なくなったから関係ないや」


 運動部から文化部まで全ての部室を内包するクラブ棟の一階から三階までを一通り見て回った司だったが、最終的に出した結論は帰宅部となることだった。特別に目を引くものもなく、興味を抱くほどのものはなかった、と。


「いやでも。目を引くことはなくとも、気持ち的に引くものはあったか」


 一階に降り、運動部の人々が色とりどりのユニフォームに身を包んで『さわやかな青春』という幻を押し売りしているのを横目で眺めてから、司は上体を反らして見上げる。二階も黒山の人だかりがうごめいていて、まだまだ勧誘作業はエスカレートしそうだと思いつつ、そのさらに上を見やる。

 すると急に、人口密度が低くなる。一階、二階と比べて明らかに人の気配が薄い三階を見上げていると、さっきの勧誘はなにか気のせいだったのではないかとさえ思えた。

 だが柵越しに小さな頭がこちらを見下ろしていることに気付き、司はさっと視線を逸らした。部活の勧誘で、新入生の去り際にあんな言葉を選ぶような、脳の芯までオカルトに染まった連中と付き合う気にはなれなかった。

 しかし視線を逸らしきる寸前で小さな頭の背後に、学ランを着た男が立っているのが見えてしまう。目は合わなかったが、もうクラブ棟へ立ち寄ることはやめよう、と思った。


「……取り憑くとか、なんとか。厄介事は勘弁だよ。くわばら、くわばら」


 歩幅を大きくとって家路に着き、家へと逃げ帰る。じっとりと湿った真綿のごとき視線がずっと背に張り付いてくるのを感じていたが、無視して逃亡した。


        #


 ところが翌朝、逃亡劇は終了した。

 否、終了させられていた。


目取真(メドルマ)(カズ)さんですね?」


 いつも通りの登校風景の中、一人だけ異質さを滲みださせながら名指しで己を呼ぶ者がいたことに司は驚く。彼女は服装点検時の風紀委員もかくやと言わんばかりの仁王立ちで、校門のすぐ横に立っていた。

 昨日、クラブ棟の三階に居た少女だった。


「……いや、それ読み方違う。ツカサ、だから」


 オカルト人間にペースをつかまれてなるまいと、平静を装いながら司は訂正を加える。少女は首をかしげたが、本人の自己申告に従い、呼び方を正した。


「訂正はいいけど、そもそもどうやって名前を」

「一年六組二十九番、西中学校出身、AB型で父母と三人暮らしのメドルマさんでしょう?」

「え」


 方法を問うたのにさらなる情報を返答にされた。会話にならない上に、個人情報まで言い当てられている。ぞっとして、絶句した。

 しばらくの間、呼ばれて立ち止まった司と呼びとめた少女の二人、その間だけ人が通ることもなく、時間が止まったような風景のまま時は過ぎる。悪い意味で目立っている自分がいやで、ともかくも場所を移そう、と司は少女に提案した。少女はあっさり引き下がり、了承しました、と言って自分が先導しはじめる。ペースはつかまれたまま、返還される気配はない。


 早歩きする少女を追いかける司は、てっきりクラブ棟の方へ連れていかれるのかと思っていたのだが、向かう先にあるのは特別教室棟だった。

 エの字の形をした校舎の三画目に当たる部分がそれであり、二画目と三画目の接する位置にある階段を、少女はずんずんと駆け上がっていく。司は少女の白いソックスを視線の高さに置くように距離をとって、後ろに続いた。ちらりと視線を上げてみたりもしたが、スカート丈は微妙な位置を保つ金城鉄壁の構えを崩さない。軽く舌打ちして視線をソックスに戻す。

 辿りついたのは二階の物理実験室で、不用心にも開け放してあった扉を抜けたところで、少女はようやく立ち止まる。司は内心どこまで連れていかれるのかと不安に思い始めていたのだが、なるほど朝の物理実験室は人気がないので話しやすくはあった。

 もっとも、少女が会話の通じる人間であるかどうかは、別の話なのだが。咳払いして準備を済ませた司は、再び口を開く。


「……じゃあ、もう一度聞くけど。あんたどうやって名前とかを知っ」「こっちです」


 移動はまだ終わっていなかった。実験室の奥へと進む少女は、司の話などかけらも耳に入れてはいない。不安が心中深くで渦巻き始めて、司は入学早々怪しい人物に目を付けられた自分の不運を嘆いて両目を掌で覆う。もう逃げたい気持ちで思考がいっぱいいっぱいだった。

 そして目を向けると、少女は消えていた。


「……ええ?」

「こっちですよ」


 ドアが開いた。なぜか黒板の横にある姿見が、そのままドアになっていた。近付いて見てみると『物理実験準備室』と書かれたプレートの上に『民俗学および奇怪事件展覧列挙研究会』とやたら達筆な字で書かれた紙が張り付けてあるのが見えた。見るからに怪しい研究会だ。

 引き返そうか迷ったが、結局足を踏み入れる。内装は元々が実験準備室というだけのことはあり、両側を棚に挟まれた八畳ほどの部屋だった。しかしあまり実験道具は置いておらず、真ん中の黒いテーブルの上にある本やスクラップといった私物、電気ポットと急須とお茶菓子、それらを囲むようにして置かれたパイプ椅子などが、生活感を振りまいていた。


「どうぞ、好きなとこにかけてください」

「ああこれはどうも、ってちがう」

「何か不都合でもありましたか?」


 司に視線を合わせることなく、パイプ椅子を見つめながら少女は言った。椅子の問題点として思いついたものでもあったのか、後ろにあった段ボール箱をごそごそとひっくり返しはじめ、中からクッションを取り出すと司に差し出した。


「すみません、配慮が足りず」「おいどういう意味だこれ」「他意はありません」「なお悪い」


 司はドーナツ型のクッションを押し返して、立ったままポケットに手を入れて不機嫌さを表しながら少女に話しかける。


「あのさ、だからさっきから何度も言おうとしてんだけど。なんで名前とかを知られてるの、ってこと。あんたが情報を得た方法を聞きたくてここまでついて来たんだ」

「ああ。そうでしたね」


 本当はさっきから聞こえてたとしか思えない反応を返されて、司は余計に不機嫌になった。ところが少女の方はそんな司の表情を気にしたところもなく、かといってからかっているわけでもなさそうで。なにやら真剣さを帯びた顔つきでこちらを見上げていたため、どうにも対処しにくかった。


「それについてお話する前に、確認したいことがあります」

「確認? なんの」

「あなた、普通なら見えないものが見えるのではないですか」


 悪びれることも無く昨日と同じ質問をする少女に対して、司の不機嫌指数は最高潮に達した。


「また、それか。オカルトに傾倒するのはそっちの勝手だけど、人を巻き込まないでほしいよ。名前その他を知られた方法については気になるけど、それ以上にそういう心霊とかに巻き込まれるのはごめんだ。本当に御免。もう帰るよ」

田所(たどころ)尚人(なおと)

「はあ?」

「五十年前、クラブ棟、化学部、実験事故」

「ちょ、ちょっと待って」


 この子本当に頭のネジが外れてしまったか、もしくは電波でも受信したか、と心配になり、そんな人間と同室に居る自分の身も心配になる。しかし少女は澄んだ瞳でこちらを観察していて、先の発言にもなんらかの意図があったように思わせる。ほうっておいて逃げていいのか、悪いのか。判断に困って、司はあたふたと手を上げ下げした。


「ええと……なに? 突然なにを言い始めたのさ」

「だ、そうですが。会長、メドルマさんは嘘をついてますか?」

「んーん。嘘は言ってないっぽいわね」


 唐突に第三者の声が聞こえてきて驚く司が右側の棚に目をやると、内側からガターンと扉が開いてさらに驚かされた。心臓に悪い演出で登場したのはゆるくウェーブした肩まで届く薄茶色の髪、グレーのタイツに包まれたすらっとした脚だった。

 身体を縮めて棚に収まっていたのは司とさして変わらない背丈で、おそらくは一六五センチ前後。彼女はにっこりと、いかにも女性的な微笑みを浮かべて髪をかきあげ、セーラー服とプリーツスカートについた埃をはたき落とす。

 どういうセンスによるものか、前開きのセーラー服の中にはジャージを着こんでいた。


「ということは、本当に噂を知らない。それなのに田所さんに反応した。会長、メドルマさんは本物と見てまず間違いないでしょう」

「よかった。今年は収穫少なかったものねぇ。きちんとわかる子が一人でも居て助かったわ」


 にこやかに穏やかに話を進め、二人そろって同時に司の方を向く。とうに気勢も尽き果てた司はたじろいで、一歩退く。


「な、なんのことを話してんの?」

「うちの部活動勧誘で使ってたクラブ棟三階。東から四番目の部屋の、黒板の前。……あんた、なんか見えたんでしょ」


 にいい、と今度はいやらしい笑みに変えて、会長と呼ばれた彼女は司に詰め寄り顔を覗き込んだ。のけ反って逃れるが、昨日と同じく壁際に追い込まれ、どうにも身動きが取れなくなる。


「見えた、って」「普通なら見えないはずのものが、よ」


 彼女の囁きにより、司以外の人間はまったく存在に気付いていなかったような、学ラン姿の生徒が思い出される。物悲しい表情で「かり、かり」と黒板を引っ掻いていた様子までもが、一度のまばたきの間にまぶたの裏に鮮明に映し出された。


「田所さんの幽霊、見たでしょ」

「なにも、何も見てないよ」

「本当に……? ならあんた、どうしてさっき『心霊に巻き込まれるのはごめんだ』なんて言ったの? 小野ちゃんが聞いたのは『普通なら見えないはずのものが見えるのか?』であって幽霊や心霊に限定してないはずなのに」

「う……それは」


 すでに気持ちがひるんでいたこともあり、返す言葉に一瞬悩んでしまう。黙ってうつむきこの場をどう切り抜けるか悩む司は、もはや雰囲気に呑まれてしまっている。


「あは。うーん、やっぱ我が部伝統の冷温リーディング勧誘法は便利ねぇ。おまけにいい具合に田所さんがずっとあの部屋を占拠してくれてるから、『なにかが見える』って能力の中でも反応からある程度分類出来るし。ま、一番便利なのは小野(おの)ちゃんの察知能力だけど」

「私の能力を備品みたいに言われるのはちょっと」

「ごめんごめん。備品よりよっぽど重宝してるわよ」

「……あまり意味が変わってません! 大体、会長の能力も併用しなければ私だって確証は持てないですよ」

「じゃあ連係プレーの勝利ってことで」 


 いえー、と一人だけ嬉しそうに手を挙げる会長だったが、小野は不動だったためハイタッチは出来なかった。少しずつ顔の笑みを薄くして寂しそうにそろそろと手を下ろし、ちらりと司をうかがう。司は引いていた。


「こほん。というわけで。『民俗学研究会』あらため『奇怪事件展覧列挙研究会』へようこそ。メドルマくん」

「苗字嫌いだから、呼ぶなら司でいい。というか、だから、なんで情報を掴まれてるのかって」

「ついさっき会長が解答をおっしゃいましたが」

「……はあ?」


 会長に向かって放った問いの答えは、小野の方から返ってきた。腕組みした小野は滔々と説明して聞かせる。


「冷温リーディング勧誘法。冷温、つまりはコールド&ホット。ご理解いただけましたか」

「コールドリーディング、ホットリーディング、って……詐欺師か!」

「詐欺まがいのことでもして興味を引かないと、まともに話も聞いてもらえないと思いましたので。つい、出来心でホットリーディングを」


 スカートのポケットから小野がするりと取り出したのは、生徒手帳だった。視認から一秒遅れで事のあらましを理解した司は、慌てて自分の学ランの胸ポケットを探る。糸くず以外に何も入って無い。


「おまえっ、最初の、ぶつかりかけた時に!」

「はて、なんのことでしょう? 私はたまたまこれを拾ったから司くんの名前を知っていただけで、お返ししようと思って今朝の六時から校門でスタンバイしてただけですよ」


 しらばっくれる小野は口元にわずかに笑みを見せる。司は小野から生徒手帳をひったくった。


「学ランなんて毎日洗わないから、落としたことにも気付かなかったんですね。気をつけないといつまたホットリーディングの罠にかかるかわかりませんよ」

「ふつう、加害者が被害者に『これからは気をつけろよ』とか言う?」

「あと、コールドリーディングで使いましたが、『普通は見えないものが見える』って言葉は範囲広いですよ。未来が見えたり過去が見えたりよくわからないエネルギーが見える人もいるわけですから。……まあ、物事を理解するにあたって、理解を容易くするためにまず自分に近いものを無意識に当てはめて考えてしまうのは人の(さが)ですけど」

「ホント、なんなんだあんたら」


 もはや思考することを放棄して、わめきながら解答を求める司。小野と会長は顔を見合わせたが、どちらともなく肩をすくめて、司に向かって言い放った。


「どうも、異能力者です。ただ、私も会長も微妙な能力しか使えませんので……『微能力者』などと自虐してますが」

「……センスないよあんた」


 ホームルーム開始五分前のチャイムが鳴った。



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