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第7話:密着必至の採寸作業と、一切の接触を断つ超音波・空間把握術



 魔女の塔の最上階にある工房で、師匠であるエレノア・ヴェルベットは、滑らかなメジャー(巻き尺)を手にして微笑んでいた。


「アルド。高位魔術師たるもの、定期的な『儀礼服』の更新は欠かせないわ。今日は、新しい防具を仕立てるための採寸を手伝ってもらうわよ」


 そう言って彼女は、羽織っていたローブをふわりと床に落とした。

 現れたのは、もはや下着と呼ぶことすら躊躇われる、極薄のキャミソールと面積の極端に少ないショートパンツ姿だった。

 師匠の透き通るような白い肌が、工房の魔力灯に照らされて艶かしく光る。


「儀礼服、ですか。しかし師匠の現在の装備(極薄の布地)も、大気中のマナを効率よく取り込むための完成されたフォルムだと思っておりましたが」

「え、ええ。でも季節の変わり目には、星の巡りに合わせて魔力結節点ノードの位置が微妙にズレるの。だから、ミリ単位で正確な身体のサイズを測り直して、新しい布地を編み上げる必要があるのよ」


 師匠はもっともらしい魔術理論をすらすらと並べ立てた。

 なるほど。星の引力やマナの満ち引きが、術者の肉体に影響を与えるのは魔術の基本だ。その微細な変化に合わせて装備を新調するとは、さすがは完璧を求める我が師匠である。


「わかりました。では、僕が正確に数値を記録いたします」

「記録だけじゃダメよ。貴方が測るの」


 師匠は悪戯っぽく笑い、僕の手にメジャーを押し付けた。

 彼女の指先が僕の手に触れ、甘い香水と微かな汗の匂いが鼻腔をくすぐる。


「胸周り、腰回り、それから……太ももの内側もね。メジャーを回す時は、どうしても私に抱きつくような体勢になっちゃうけど……魔術の探究のためだもの、多少手が触れても気にしないわ。さあ、遠慮せずに測ってちょうだい?」


 彼女は両腕を軽く広げ、目を細めた。

 完全に無防備な姿勢。

 それはつまり、「さあ、私を腕の中に閉じ込めて、至近距離で私の肌を感じなさい」という過酷な試練テストに他ならなかった。


(な、なんという高度な精神的負荷……!)


 僕はメジャーを握りしめ、冷や汗を流した。

 師匠の胸囲を測るには、彼女の背中に腕を回し、その豊かな双丘にメジャーを這わせなければならない。

 太ももを測るには、彼女の足の間に顔を近づけ、滑らかな肌に指を添える必要がある。


 そんなことをすれば、どうなるか?

 僕の動悸は激しくなり、体温は上昇し、手は必ず震える。

 男としての根源的な『煩悩』が暴走し、魔力波長が激しく乱れることは火を見るより明らかだ。


(ダメだ! 僕の邪念にまみれた手が触れれば、師匠の純粋な魔力結節点を汚染してしまう! それに、手が震えれば測定値に数ミリの誤差が生じる! それでは完璧な儀礼服など作れない!)


 僕はメジャーを静かに机の上に置いた。

 物理的な接触による測定は、あまりにもノイズが多い。

 ならば、導き出される答えは一つ。

 『一切の接触を断ち、空間そのものを解析して数値を弾き出す』ことだ!


「……アルド? どうしたの? メジャーを使わないと測れないわよ?」

「いいえ、師匠。物理的なメジャーは、室温による素材の膨張や、人間の手ブレによって必ず誤差が生じます。魔術の真理に迫る儀礼服を作るのであれば、より高次元の測定法を用いるべきです」

「えっ?」


 僕は師匠から二歩距離を取り、目を閉じた。

 そして、両手の指先でパチン、パチンと一定のリズムで指鳴らしスナップを始めた。


「術式展開――無属性魔法『反響定位エコロケーション』、及び『全方位空間把握エリア・サーチ』の複合展開!」


 僕の指先から放たれた微細な魔力の波が、音波となって工房内を高速で反射する。

 壁、床、天井、そして……中央に立つ師匠の肉体。

 魔力の波が物体にぶつかり、跳ね返ってくるまでのコンマ数秒の遅延時間を脳内で並列処理し、完全な三次元立体図(3Dモデル)として再構築していく。


「な、何をして……ちょっと、アルド! 目を閉じて何が分かるのよ!」

「見えます! 僕には見えますよ、師匠! 貴方の完璧なプロポーションが、魔力の反射時間という絶対的な『数値』として!!」


 僕は目を閉じたまま、猛烈な勢いで手元の羊皮紙に羽ペンを走らせた。


「上腕囲、二二・四五センチ! 首回り、三一・一二センチ! ……そしてバスト、トップが八八・七六センチ、アンダーが……素晴らしい、魔力結節点の黄金比です!」

「ちょっ、ストップ! 小数点第二位まで測らなくていいから!」

「ウエスト、五九・二一センチ! ……おや? 前回の防具作成時のデータより、ほんの二ミリほど数値が……」

「やめなさい!! それ以上言ったら破門にするわよ!!」


 師匠の悲鳴に近い声が工房に響き渡った。

 僕はピタリと羽ペンの動きを止め、目を開けた。


「どうかされましたか、師匠。あと少しで股下の正確な数値が……」

「結構よ! もう十分すぎるくらいデータは取れたわ!!」


 師匠は顔を真っ赤にして、床に落ちていたローブを拾い上げ、慌てて全身を包み隠した。

 その目には、なぜかうっすらと涙が浮かんでいる。


「……信じられない。私、指一本触れられてないのに、スリーサイズどころか全身の寸法をミリ単位で丸裸にされたの……? しかも、昨日の夜食のケーキの分の体重増加までバレるなんて……」


 師匠が壁際で膝を抱えてぶつぶつと呟いている。

 どうやら、あまりにも完璧な空間把握による測定に、大魔女としてのプライドが圧倒されてしまったようだ。


「さすがは師匠です。わざと隙だらけの姿を見せ、僕に『物理接触』という甘えを捨てさせ、高次元の空間解析魔法を習得させるとは」


 僕は深く頭を下げた。

 視界の端で、僕のステータス画面に【絶対空間感知】と【神眼の測量士】という、盗賊や暗殺者が喉から手が出るほど欲しがる超絶レアスキルが輝いている。

 

 これがあれば、どんな暗闇の中だろうと、不可視の罠だろうと、ミリ単位で完璧に回避できるだろう。

 師匠の深謀遠慮には、本当に頭が下がる思いだ。


「……もう、アンタなんて嫌い」


 ローブに包まりながらそっぽを向く師匠の姿は、ひどく拗ねているように見えたが、それもまた僕の精神を試す『試練』の一つなのだろう。

 僕は新たに得た神業級のスキルに感謝しながら、ミリ単位で記録された完璧なプロポーションの羊皮紙を、宝物のように大事に懐へとしまうのだった。


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