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第1話:高潔なる魔女の肌色と、弟子の煩悩




「アルドよ。魔法使いにとって最も重要な資質とは何だと思う?」


 大陸屈指の大魔女であり、僕の師匠でもあるエレノア・ヴェルベットは、重厚なオーク材の机に腰掛け、長い脚を組みながらそう問いかけてきた。

 窓から差し込む午後の陽光が、彼女の銀髪を真珠のように輝かせている。

 それは、一枚の絵画のように美しい光景だった。


 ――もし、師匠が『あんな格好』でなければ。


「……それは、知識と探究心でしょうか、師匠」

「半分正解で、半分間違いね」


 師匠はふふっ、と艶やかに笑い、組んだ脚をゆっくりと入れ替えた。

 その動作に合わせて、僅かな布面積しかない衣装――いや、あれを衣装と呼んでいいのだろうか――が、肌の上を心もとなく滑る。


 現在の師匠の格好は、率直に言えば『紐』だった。

 あるいは、太古の文献に出てくる『踊り子』が着ていたような、極限まで布を削ぎ落としたビキニアーマー的な何かだ。

 豊満な胸元は布一枚で辛うじて隠されており、引き締まった腹部は完全に露出している。下半身に至っては、スリットというレベルを超えた大胆な切れ込みが入った腰布が揺れているだけだ。


 僕は必死に視線を師匠の顔――具体的には眉間のあたり――に固定し、心の中で『般若心経(古代東方の精神統一呪文)』を唱え続けていた。

 

(見るな。見るんじゃない、アルド。あれは神聖な儀礼服だ。師匠ほどの高位魔術師が、意味もなくあんな破廉恥な格好をするわけがない……!)


 僕の内心の葛藤を知ってか知らずか、師匠は妖艶な手つきで自らの鎖骨のあたりを撫でた。


「正解は、『自然との一体化』よ。アルド、今の私の魔力波長を感じ取れるかしら?」

「は、はい! 以前よりも格段に鋭く、そして流動的なマナを感じます!」

「よろしい。では、なぜ今の私がこれほどまでにマナを取り込めるのか。その理由はわかる?」


 師匠は立ち上がり、ゆっくりと僕の方へ歩み寄ってくる。

 一歩近づくたびに、甘い香油の匂いと、圧倒的な肌色の質量が僕の視界を侵食していく。

 僕は直立不動のまま、脂汗を垂らして答えた。


「そ、それは……やはり、その独特な衣服によるものでしょうか」

「その通りよ、我が愛弟子」


 師匠は僕の目の前、吐息がかかるほどの距離で立ち止まり、悪戯っぽく微笑んだ。

 視線を少しでも下げれば、そこには深淵なる谷間がある。僕は死ぬ気で天井のシミを見つめた。


「大気中に満ちるマナは、衣服という『遮蔽物』によって阻害されるの。特に高度な術式を編む際、皮膚感覚によるマナの直接摂取ダイレクト・インテークは必須……。つまり、肌を出せば出すほど、魔術師としての出力は向上する。これが最新の『マナ・スキン・セオリー』よ」


「な、なるほど……ッ! やはりそうだったのですか!」


 僕は感嘆の声を上げた。

 なんてことだ。僕は自分の浅ましさを呪った。

 師匠はこの寒い石造りの塔の中で、身を切るような露出に耐えながら、魔道の真理を追求していたのだ。

 それなのに僕は、その崇高な姿を見て「おっ〇いが凄い」などと不敬なことを考えていたなんて。


「申し訳ありません、師匠! 僕は貴女の覚悟も知らず……!」

「うふふ、分かってくれればいいのよ。……それでね、アルド。この理論を実践するには、少し『補助』が必要なの」


 師匠の手が、僕の肩に置かれた。

 熱い。

 直接触れられた肌から、火傷しそうなほどの熱量が伝わってくる。


「マナの摂取効率を上げるためには、他者の魔力を帯びた手で、肌に直接『触媒オイル』を塗り込んでもらう必要があるの。……背中、届かないのよねぇ」

「えっ」

「お願いできるかしら? これは修行の一環よ」


 師匠はそう言うと、僕に背を向けた。

 背中には布すらない。白磁のように滑らかな背中が、無防備に晒されている。

 そして彼女は、挑発するように少しだけ腰をくねらせて振り返った。


「まさか、師匠の頼みを断ったりしないわよね? それとも……私に触れるのが嫌?」


 試されている。

 これは間違いなく、僕の精神力を試す試練だ。

 『色欲』という魔術師にとって最大のノイズを、いかにして遮断し、純粋な魔力操作を行えるか。

 師匠は自らの体を教材にして、僕に『不動の心』を教えようとしているのだ!


(やります、師匠! 僕は貴女の期待に応えてみせる!)


「……承知いたしました。失礼します」


 僕は震える手でオイルの小瓶を受け取った。

 目の前には、扇情的な肢体。

 普通に触れれば、僕の理性は一瞬で崩壊し、師匠に対して取り返しのつかない狼藉を働いてしまうだろう。破門だけでは済まない。社会的な死だ。


 ならば、どうする?

 視覚情報は遮断するしかない。

 だが、目を閉じれば手元が狂う。どうすれば――。


 ――いや、待てよ?

 師匠はさっき言っていた。『マナを感じ取れ』と。

 肉眼に頼るから惑わされるのだ。

 皮膚の表面に薄く漂うマナの膜だけを知覚し、そこへ正確に魔力を乗せた指先を這わせれば、物理的な接触の快楽情報を『魔力情報の処理』へと置換できるのではないか?


(集中しろ……! 煩悩を捨てろ! 目の前にあるのは女性の肌ではない! 高密度のマナ構造体だ!!)


 僕はきつく瞼を閉じた。

 視界が闇に包まれる。

 その代わり、全神経を指先と魔力感知に集中させる。


「……アルド? なんで目を閉じてるの?」

「集中しています。師匠の肌を汚さぬよう、全霊のマナ制御を行いますので!」


 カッ、と僕の脳内で何かが切り替わる音がした。

 世界から色が消え、線と数値だけの世界が広がる。

 見える。師匠の背中を覆う微細なマナの流れが、まるで地形図のように手に取るように分かる!


 僕は閉眼のまま、一寸の狂いもなく師匠の背中に指を走らせた。

 指先からオイルと共に魔力を注入し、筋肉の繊維ではなく、魔力回路の結び目を解きほぐしていく。


「――っ!? あ、あんっ!?」


 師匠が可愛らしい悲鳴を上げた。

 いけない、少し力が強かったか? いや、これは魔力回路が活性化している証拠だ。

 僕はさらに集中力を高め、高速で指を動かした。

 邪念が入る隙間などない。これは精密作業だ。爆弾処理にも似た、極限のミッションなのだ。


「そこっ、そこはダメ……あ、あっ、すご……! アルド、待っ、上手すぎ……っ!」

「まだまだです! 肩甲骨周りのマナが滞っています!」


 僕は無我夢中だった。

 その結果、僕は気づいていなかった。

 

 自分の魔力操作スキルが、この短時間で熟練の宮廷魔術師レベルにまで跳ね上がっていることに。

 そして、顔を真っ赤にして涙目になった師匠が、とろけた表情でクッションを抱きしめながら、

「(なんで……!? なんでこんなにテクニシャンなのに、一度も目を開けてくれないのよぉおおお!!)」

 と、心の中で絶叫していることに。


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