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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第61話「やりたいこと」

 特に荷解きするほどの荷物など持っていない。タンスなども要らず、全てトランクひとつで済ませているヴィルヘルミナは、何も持たず先に稽古場へ向かった。ホールから、一階の邸宅の半分を占める広い稽古場は大きな二枚扉を開けると全く何もない空間が広がっている。部屋の四隅にある柱が強力な結界の役割を果たしているのが分かり、その頑丈さはヴィルヘルミナも唸る出来だった。


「ほお……。素晴らしい造りだ、これなら生半可なことでは崩れまい」


 扉のすぐ近くで本を読みながら待っていたリロイが、ふふっと微笑む。


「この部屋の結界は前魔塔主のジャクリーン様が造られたんですよ。目が見えなくなってからは、段々と魔力も衰えられてしまったのですが」


「あぁ、ウォルターの傍にいた……。あの二人はなんだ、デキているのか?」


 リロイは肩を竦めて首を横に振った。


「あれは違うでしょうね。ジャクリーン様はアプローチされていらっしゃいますが、ウォルター様がどうにも乗り気でない。他に想い人でもいるのかも」


「……ふむ。まあ、親の優劣で子の未来も決まるわけではない」


 昔からよく言い寄られていたのを知っている身からすると、例え生まれ変わっても、そういうのには微塵も興味がないのだろうと感じてくすっときた。心底から拒絶する顔が、どうしても脳裏に浮かぶ。


「それより他の者は誰も来ていないのか?」


「あなたが最初ですよ、ヴィルヘルミナ・デヴァルさん。僕は荷解きをしてからで構わないと言ったつもりですが、もしかして後回しにしてきましたか」


 上手く伝わらなかったのかもとリロイが申し訳なさそうにすると、ヴィルヘルミナは首を横に振った。


「荷解きするほどのものがない。私の荷物、少なかっただろう」


「そういえば、大き目のトランクひとつだけでしたね。では少し、お話でも」


「ああ。退屈しのぎにはちょうどいい。人と話すのは好きになってきた」


 変わった子だなあ、とリロイはふわふわした感覚でヴィルヘルミナを捉える。だが、その分突出した才能は、理解の及ばないレベルだとも思っていた。


「でしたら聞かせてほしいのですが……どうやって、あの鍵束に掛けられた魔法を見抜いたのでしょう。刻んである術式は魔法を弾くときに初めて作用するものです。なので、それまでは魔力反応も感知できないはずですが」


 尋ねられて、ヴィルヘルミナは素直に、そして饒舌に答えた。


「魔力は使えば痕跡が残る。私が感知したのは僅かな魔力の残滓であって、術式の魔力を見抜いたわけではない。昔、私も自分の作った研究資料を奪われないために鍵に似た術式を施したことがあった。それから鍵をぶら下げた輪っかの傷だ。いつもどこかに提げていたのだろう、上部だけが擦れて色が変わっていた。いつもどこかに掛けておき、持ち歩くときは何かしらの特定の魔法で浮かせるなりして離れた場所から取っていたんじゃないかと適当に推測しただけだよ。簡単な話だろう」


 リロイは納得して頷きつつ、やはり、と目を細めた。


「洞察力が鋭いと言うべきでしょうか。普通では考えられませんね、ウォルター様が特別視するのも頷けます。……このまま魔塔に勧誘したいくらいです」


「勘弁してくれ。魔塔には興味ないよ」


 うんざりだとばかりに手をひらひらと振る。研究に縛られる日々は以前のもので十分。あらゆる歴史が焼却されて新たに五百年前から作り直されたのならば、わざわざ介入する理由もない。自分の時代は終わったのだと今は認識している。


「では、あなたは何を目的にこちらへ? 認定戦に参加しない選択肢もあったはずです。事前に言えば枠を誰かに譲ることも」


「ああ。だが、それでは意味がなかった。私は今の仕組みが嫌いだ」


 思い出すだけでも腹の立つタルボット兄弟やレオのことをが脳裏を過った。


「今の社会は実力主義というカタチで人々の心を歪めている。誰かの才能を否定し、誰かの上に立つことが絶対的だとする。そのせいで魔法を学びたい者が生きにくい。その仕組みを壊すために、私は偉くなろうと思う」


「……ならば、なおさら魔塔に入るべきなのでは?」


 リロイの言葉は尤もに聞こえる。それでもヴィルヘルミナはかぶりを振った。


「意味がない。既存の組織に属するのは自らを縛り付けるのと同じだ。立場もないうちに声はあげられない。ゆっくり時間をかけて変えるつもりはない」


 いくら内部から声をあげたところで、周囲の人間が反発するのでは意味がない。実力主義がタルボット兄弟の在籍を認めるのであれば、それを自分が否定したところで大勢の声にかき消されるにすぎない。


 魔塔に属するということは自分の時間を縛られる理由にもなる。上手くやって偉くなったとして、『優秀な人間』という実力主義社会のロールモデルになって看板を背負ってしまえば、目的からは離れてしまう。


「聞けば、魔塔で弟子を持てるのは魔塔主により近い十名の魔法使いだけと聞く。心から下らない制度に終止符を打つために、私は別の組織をたちあげる」


 興味津々そうにリロイが耳を傾け、笑顔で続きを催促する。


 ヴィルヘルミナは、自分の手のひらをじっと見つめた。


「色々と考えてきた人生だが、最近、ようやくやりたいことが見つかった。────学院とは別の新たな魔法使い育成機関を創る。実力に囚われず、魔法を愛する者たちのための居場所として」

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