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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第60話「一人部屋」

 何も目に見える全てに対応する必要はない。頼れる誰かがいれば頼ればいい。何事も適材適所だ。不可能を可能にするのは現実的とは言えず、無理にやろうとするとかえって失敗を招くこともある。だからなんでもひとりで考え込もうとしないで、頼れる誰かと手を取り合えばいい。自分にできることをやればいい。


 リロイにとっての柔軟性とはそういうものだった。


「これから皆さんは、この特別寮『エセル』で暮らす仲間です。学年は違えど一年間を共に学び、切磋琢磨していくことがあなたたちの務めになるでしょう。僕はそのサポートとして、この寮で過ごすことになります。どうか皆様が、僕と同じ魔塔で働ける良き友人となることを祈っていますよ。それでは解散してください」


 ようやくホッとした様子の面々を見て、リロイはニコニコする。今のところは評価として平均的ではあるが、去年の三年と比べてもかなり優秀だ、と。


「んじゃ、一足先にアタシは部屋を見て来るぜ」


 ヴィルヘルミナから貰った鍵を握りしめて二階へ上がろうとして、フランチェスカの襟をアレックスが掴んで引き留めた。


「ちょっと待ちたまえ」


「ぐえっ……! なんだよ、首締まっただろ!?」


「知ったことじゃない。まずはこれの話だ」


 鍵をつまんでぷらぷらさせる。刻まれているのは『C』の文字。一方、フランチェスカが握っていた鍵には『B』とあった。それがアレックスは問題だと思った。なにしろヴィルヘルミナが握りしめているのは『E』の鍵なのだ。


「私たちはジャックさんやカエデさんのように答えには至らなかった。なのにミナが一番狭い部屋だなんて、間違っているとは思わないのかい?」


「つってもよぉ。アタシらは渡された奴を貰っただけだしなぁ」


 聞いていたヴィルヘルミナは興味なさそうに自分の鍵を手に歩きだす。


「私は一番狭い部屋が良い。広いよりも窮屈な方が落ち着く」


 極端に荷物が少なく、トランクひとつにまとまっているので、広い部屋は持て余してしまう。そもそも片付けるのも得意ではない。だから狭い部屋の方が機能性も含めて自分に最も適している、とヴィルヘルミナは合理的に判断する。


「アタシと同じですねぇ。ヴィル、あなたとは仲良くやれそうです」


「擦り寄ってくるな。お前とは仲良くできる気がしない」


 また勝手に愛称で呼んでくる、と嫌な顔をしてもジャックは気にも留めない。


「素晴らしい考察でしたよ。戦うだけじゃない、知性もある。そんな素晴らしい子とお友達になりたいんです。特にほら────レオニードのこと、知りたいんです。あなたは随分と詳しそうでしたからね」


「下らん……。あの男に関して話せることはない」


 本当に詳しくない。何度か命を狙われたというだけで、戦闘狂であったのを除いて知っているのは、とてつもなく鬱陶しい性格だったことだけだ。


「あぁ、そうか。まさに今のお前みたいな奴だよ」


「んふふ。やっぱり知ってる。もっと話がした────」


 二階へ上がる途中で、話を遮るようにぐいぐい押してアレックスが割って入った。


「ねえねえ、それより後で食事でもどうだい。朝食を抜いてしまってね」


「私はフランと一緒に済ませた。ジャック、お前は?」


「ええ? アタシも食べてませんよ、起きた時間がギリギリだったので……」


「じゃあ決まりだな。そこの二人で一緒に食べてきたらいい」


 そう言って振り切るように早歩きでさっさと自分の部屋を探しに逃げた。


 二階に振り分けられた部屋の扉にはそれぞれ鍵と同じ文字を刻んだプレートが嵌められてある。ヴィルヘルミナはさっそく自分の部屋を見つけ、前もって渡されていたネームプレートと取り換えて、ふふん、と少し誇らしげにした。


「ようやく一人部屋だな。これで誰に邪魔もされない」


 大事な魔導書製作には欠かせない静かな時間。開けた部屋にはベッドと机、木製の椅子があり、ふかふかのクッション付きなのは部屋の狭さに対する僅かな抵抗のようにも感じられた。


「うむ。狭いというわりにはさほどでもない。まあ、趣味のものを置くスペースはなさそうか……。本棚は望めないから持ち込むのは難しそうだな……」


 トランクを置いて、とりあえずベッドに座ってみる。最近はずっと騒がしかったもので、あまりに静かすぎるくらいだと、どうにもそわそわした。


「……ちょっと、寂しい」


 いつもは隣でフランチェスカがニコニコ笑って話しかけてくる。シャワーを浴びた後は髪を梳いてくれる。それが最近の楽しみになりつつあった。


 とはいえ部屋が違うのだから仕方ないから慣れるだろうと諦める。トランクを開けて魔導書を取り出して机に置き、ペンを据えてみる。様になった机の様子に、それはそれで満足して寂しさも紛れた。


「確か今日は午後から授業だったか。ノートとペンを用意しないと」


「へ~い、ヘルミーナ。ちょっといいか?」


 遠慮なく扉を開けられるも、フランチェスカだとなんとなく許せた。


「どうした。何かトラブルでもあったのか」


「おう、大したことじゃねえけど今日の授業、出なくていいってリロイ教授が」


「……あぁ、なんだ。初日は忙しいから?」


「らしいぜ。その分、指導してくれるってよ。荷解きが済んだ奴から一階の稽古場に集まってくれってさ。稽古場の説明とか諸々したいんだと」


 それだけ、と言ってフランチェスカは軽く手を振って去っていく。わざわざ離れた学院まで歩かなくてもいいのは楽だなと肩の力が抜けた。


「ふむ。……準備していたが、まあいいか」

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