第55話「険悪な空気」
試合を終えて自分の席に戻ると、隣席のジャックがいない。その代わりに、前の方が観やすいという理由でエリアスが席に着いていた。
「ジャックは?」
「あいつなら、お前の次の試合だよ。あいつべらぼうに強いんだよな」
「仲が良いようだが」
「まさか。半殺しにされて以来、虫みたいな扱いだ」
「半殺しって……。問題にはならなかったのか?」
エリアスは肩を竦めて、呆れながら。
「俺が怒らせちゃったからねぇ。憧れの魔法使いについて意見が分かれて、言い争いになったときに、つい、逆鱗に触れちまったというか」
何を言ったかまでは喋ろうとしなかったので、ヴィルヘルミナは聞き流す。
「憧れの魔法使いか。お前は誰なんだ?」
「もちろん、魔塔主様のウォルター教授さ。現代最強、なんて言われてる」
「ああ、あれは確かに腕が良い」
自分の弟子を褒められた気分で、少し鼻が高かった。
「ジャックの憧れの魔法使いというのは?」
「それが全然知らねえんだよな。誰だよ、って思って……なんつったかな。レオニード・バラライカっていう変な名前の……ご先祖様だってよ。なのに俺、咬みついちまって、悪いこと言っちまったよ。半殺しにされても仕方ない」
ヴィルヘルミナは腕を組んで考え込む。聞き覚えのある名前だった。
「ジャックの名前は?」
「ジャック・マリ・フォン・レルヒェンフェルト・バラライカ」
う~ん、とヴィルヘルミナは眉間を揉む。
「そうか、あいつの血縁か……」
千年前にヴィルヘルミナがアルベルだった頃、何度か命を狙ってやってきたことがある。闇の属性という稀有な魔法を操る一族の人間で、レオニード・バラライカは歴代最強の暗殺者だ。
「知ってんの? あいつのご先祖様?」
「何度か首を……こほん。暗殺者の家系だよ。魔法使いを殺す魔法使いだ」
命を狙われた後、しばらくして姿を見なくなった。それからどう生きたのかは知らない。ともかく命を狙うだけあって強かった記憶がある。対して仲良くもないが、かといって記憶できないほど弱い相手でもなかった。
「あれの子孫なら優秀で当然だが……」
舞台に上がる、狂気じみた、何も感じていないような笑顔が不気味だった。腰には二振りの幅広の剣、ファルシオンが専用の革のケースにしまわれている。着ているのはローブではなく、どちらかといえば騎士のような服。戦闘礼服だ。
魔法使いは決闘を行うときや、公的な場での勝負などには戦闘礼服を用いることがあり、それらは全て『私は真剣です』という意思を示す。手を抜くことがない、と事前にアピールして戦いに臨むのだ。
アレックスのように自らの矜持を賭けた戦いに臨む者がいれば、それとはまったく逆。ただ戦いを楽しもうとするために戦闘礼服を着る者がいる。
「(……なんだか妙だな。あの気配はあまり良くない)」
隠しきれない殺意。目の前の敵を相手に、容赦しないというメッセージ。
「エリアス、この認定戦では対戦相手がそれなりに負傷することは想定されているはずだが、万が一にも亡くなるようなケースは?」
「ああ。滅多とないけど、あるにはあるぜ。その場合は事故として処理される」
嫌な空気が漂っていた。対戦相手が魔法を用いた遠距離を用いるのに対して、ジャックは剣に魔力を込めて鋭い切れ味を持たせながら、切ったものを凍らせたり痺れさせたりと斬撃に属性を乗せた戦い方をした。
動きは俊敏だが、わざと無駄で大げさに躱したりして、遊びながら距離を詰めていく。獲物を追い詰める狩人のそれ。見ていて気分のいいものではない。ウォルターに目を向けてみると、念のため警戒はしている姿が見て取れた。
反応が単純に間に合うほどの見え透いた行動をジャックはしない。精確に対戦相手の首に狙いを定めている。完全に間合いに入り、隙を見つけた瞬間、寸分の狂いなく剣を振り抜いて────ヴィルヘルミナが割って入った。
「速いんですね。流石に驚きましたよ、本当に人間です?」
「今、殺そうとしたな。血は争えないか」
「勘違いですよ。寸止めするつもりでしたから」
手で掴まれた剣がびくともしない。切れ味は抜群。性能を高めた武器は、生半可な身体強化ではとても防げない切れ味になる。それも少ない魔力で、だ。なのに掴んだ手には傷ひとつ付かない。
「……そう言えば、結界が消えてますね。あなたが壊したんですか?」
「今それが重要か。他に言うことがあるだろう、レオニードの子孫のくせに」
涼しい顔で誤魔化そうとするジャックも敬愛する祖先の名を口にされると顔色が変わる。魔力に制限がないなら関係ないと全力で武器に魔力を注ぐ。
「放さないと切れますよ、指。ほら、皆が様子を窺って心配してる。その細い枝みたいな綺麗な指が落ちるのは誰でも嫌でしょう。特に女の子は」
「さて、どうかな。限界まで試してみろ」
対戦相手の生徒は恐ろしくなって舞台から降りてしまった。今さらジャックを挑発する必要もないが、こうなったからには最後までだとヴィルヘルミナは相手をすることに決めて、剣を絶対に手放さなかった。
「くっ……! 結構魔力込めてるんですけどね……!」
「切れないか? 冷や汗が出始めたな、それが限界だ。もう諦めろ」
もう無理だと分かるとジャックが先に手を放す。両手を挙げて首を横に振った。
「降参です、ここまでとは思いませんでした。……それと、本当に殺す気はありませんでしたよ。運が悪ければ死ぬかもな、と考えていただけです」
「それが殺す気だったと言うんだよ」
足下に捨てられたファルシオンをジャックが拾って革のケースにしまう。
「ふふ、怖ぁ~い。でも、まあ、良いことを聞けたので満足です。────血は争えないって言葉の意味、今度じっくり聞かせてくださいね?」




