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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第53話「意表を突く」

 最初はなんとなく気が合いそうだと思って、それから少しだけうるさい奴だと思った。だが、その根底にある魔法への愛情と屈辱が、アレックスを締めあげていたのをヴィルヘルミナはもう分かっている。持ち前の明るさで悟られまいとしてきた、その心に寄り添うことが、やっと少しできたと感じた。


 彼女は立派な友人だと、今は心からそう言えた。


「頑張れ、アレックス!」


 声を掛けるとアレックスも嬉しそうに手を振った。目の前に対峙するのは、同じ一年でも、見事に自分よりずっと高い順位にいるランデル・アクトン。金髪のオールバックにぱりっと決めた堅さに満ちた品位を意識したローブを纏い、いかにも出来の良い魔法使いだと自信たっぷりに立っていた。


「よう、落ちこぼれのアレックス。貧弱な魔力のくせに、よく認定戦に選ばれたもんだ。ウォルター教授も見る目ねぇよなァ?」


「戦った事もないのによく言えるね」


 あからさまな挑発にアレックスはなおさらに冷静を保った。


「キミが私に勝てるかどうかなんて分かりもしないのに……あぁ、そうか。キミってそういえば自尊心の塊みたいな性格をしていたっけ」


 口元を手で隠し、くすっと笑って見下すような視線を送り────。



「負けたら、さぞや傷付くんだろうね。負けてあげようか?」


「……後悔すんなよ、負けたらこの場で土下座でもさせてやるよ!」


 ランデルが使うのは右手の指に嵌めた四つの指輪。それぞれが炎や氷、雷に土といった属性を秘めた指輪であり、魔法陣を形成せずとも属性魔法を効率よく使うための魔導具だ。手を構えて指輪に魔力を込めるだけで、想定した魔法を簡単に操ることができた。最初に光ったのは、炎の指輪だった。


「その自信をへし折ってやるよ、アレックス!」


 龍の息吹の如き火炎が噴く。ウォルターの結界に設定された魔力上限によって威力は控えめだが、直撃すれば大やけどは必至。避ける、と踏んだ。そのため、大雑把に広げた炎を目隠しにして、左右どちらに避けても、速度のある雷魔法を使っての追撃をランデルは即座に判断する。


────アレックスは、その場から動かない。


「(動かない……!? ぎりぎりで躱すつもりか!)」


 最小限の動きで躱して追撃を見る。つもりだと思った。だが、アレックスは何の構えもなく、ただ炎を見て片手を翳す。異様にも映る行動をヴィルヘルミナだけが理解する。その信じられない光景に口が僅かに開いた。


 炎がアレックスの手に触れた瞬間、渦を巻いて天に昇りながら消えた。


「なっ、何しやがった……!?」


「簡単に手の内を晒す馬鹿にでも見えるかい?」


「このクソ女! どうせ汚い手でも使ったんだろう!」


 口汚く罵ろうとも、会場の空気はランデルを味方する。魔力のない人間にできることではないと誰もが思った。────会場にいる十名にも満たない者たちが、アレックスの実力を見極める。その技術の高さに、気楽に構えていたはずの魔法使いたちは前のめりになって、魔力の流れを見た。


「何度でも掛かってきなよ。それともこちらから行こうか?」


「なめるな! お前なんぞ、俺からしたら落ちこぼれの出来損ないなんだよ!」


 手を構えた瞬間を狙ってアレックスが動き出す。氷の指輪が光ったのを見極める。冷たい風が吹くと凍っていった床から尖った分厚い氷柱が突きだして、素早い判断力で僅かに手で触れた。氷が槌で叩かれたようにバラバラに砕けた。またしても、とランデルがギリッと歯を軋ませる。


「さっさとくたばれよ! お前が勝てるわけないんだから!」


 今度は手を仰向けに、土の指輪がきらりと琥珀に輝く。ランデルを守る土の壁は魔力を帯びて鉄のように頑丈で硬い。まともに拳でも打とうものなら、手の骨が砕けておかしくない。────誰もが、その光景を想像して、裏切られた。


『いいか、アレックス。魔力の流れはいつだって魔法使いの技術だ。未熟であればあるほど隙間ができる。となると、そこが弱点になる。魔導武拳は敵の魔力を操ったり打ち消したりしながら、体術で攻める。小さな穴を通す繊細な魔力は貫通力の高い針となる。たとえ鋼のように頑丈な魔力の結界でも、内側から崩れるときは一瞬だ。少ない魔力だからこそできる細やかな技は、お前なら使えるだろう』


 ヴィルヘルミナはいつも何かしら忙しい。授業が終われば、いつも寮に戻って本を書いている。だから、放課後の時間を貰って簡潔に教えを乞う。その中で、アレックスは魔導武拳の核心に触れた。


 今の私にだからこそできることがある、と信じられるほどに。


「(朝から晩まで、授業の時もイメージトレーニングをして、それ以外は全部、いつもの勉強も捨てた。趣味の時間もゼロになった。だがそれでいい。それがいい。私の魔法が、私の生き方が完成される瞬間のために!)」


 土の壁を流れる魔力の弱い部分は数カ所ある。大きな穴とは言えなくとも、その穴に魔力を正確に打ち込んで流れを乱せば、土の壁は脆くなる。踏み止まりながら拳を構え、身体強化で速度と威力を底上げ。少ない魔力だからこそ敵は必ず侮り、アレックスの技術を理解の外に置く。ゆえの確実な初見殺し。


────土壁は、いとも容易く砕け散った。


「てめっ……どうやって────!?」


 魔力の込められた拳が腹部を捉える。咄嗟の強化魔法が間に合わない。殴り飛ばされたランデルは結界の壁に叩きつけられた。吐血を伴うほどの痛みは、意識を数瞬飛ばして体を横たわらせた。


 会場が静まり返る。予想外の結末に唖然とした。なんとか意識をつかみ取ったランデルも驚愕する。自分が負けるとは露ほども思わなかった。ばっと勢いよく起きあがるなり、その場に膝を突き、不満を吐き出す。


「なんだよ、これ……! おかしいだろ、魔法を使わずに体術!? しかも、お前は魔法らしいものを使ってない! こんなものは無効試合だ! お前がやったのはインチキだろうが、何をやったか正直に言え!」


 アレックスはふふんとせせら笑って、中指を立てながら。


「おしゃれな言葉を使いたまえよ、あまりにも無様だぞ」


「ふざけやがって……、おい審判!」


 異議申し立てを行うランデルに、ウォルターが首を横に振った。


「異議を却下します。我々魔塔の審判団は技術を正当なものと認め、この戦いの勝者をアレックス・ド・トゥールとします」


「なっ、なんでだよ!? こいつが貴族だからそうやって────」


 ウォルターはチッと舌打ちする。苛立ちを露わにして。


「何度も言わせるつもりですか? 私は気が長くありませんよ」


 背筋が凍りつく鋭い眼差しに、ランデルは顔を真っ青にする。もう何も言い返したりはせず、抜け殻のようになって退場した。


「ふう。厄介な子もいるものです。……それはそれとして、アレックスさんの勝利に拍手を。あなたの腕は我々魔塔が保証いたします」


 合図と共に歓声と拍手があがった。


 アレックスは胸に手を当て、深くお辞儀する。


「ありがとうございます、ウォルター教授」

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