第52話「評価の基準」
煙草の臭いをぷんぷんさせた男が何を言っているのか、と誰もが呆れながら案内に従って演舞場へ移動する。開会式では学院長からの有難いお話が十分ほど続き、皆が疲れた頃になってようやくトーナメント表が発表された。
壁に張り出された大きな表の前で参加者たちは、自分たちの試合の順番と対戦相手を確認する。ヴィルヘルミナは背が低くて見えず、椅子が用意された。それが少し気恥ずかしくあったが、周囲はさほど気にしなかったので、すぐに慣れた。
「アレックス、お前の対戦相手は?」
「ランデル・アクトン。一年で名前呼ばれてたでしょ、キミのふたつ前の子だよ。……実力主義の典型みたいな奴さ。私の嫌いなタイプ」
そんな名前が呼ばれていたか、と思い出せない。というより、そもそも聞いていなかった。どうせ自分の名前が呼ばれるのを分かっていて、他の誰かの名前など興味さえ持っていないのだ。
だが、アレックスが嫌いなタイプというだけで、その人間の性質が分かる。あまりに今の時代を象徴するような人間はヴィルヘルミナも嫌いだ。
「まあ、私のことはいいさ。ミナこそ対戦相手は────おっと」
「うむ。オリバー・アームストロング。さっきの若造め、運の良い奴だ」
さて、どう甚振ってやろうかと今から考えて悪い笑みが浮かぶ。
「ミナ。悪い顔をしすぎだ、ほどほどにしてあげたまえよ」
「少し灸を据えてやるだけだとも。……それより、お前とは違うブロックか」
「キミはBブロックなんだね。私はAブロックの第一試合だ、行かないと」
ヴィルヘルミナは、決勝以外ではアレックスに会えないのだと思うと少し残念そうに肩を落としながら、ひとときの別れを惜しみつつ選手用の観戦席へ移った。
あまりに友人が少ないせいで、ちょんと座った席の両隣がまったく知らない生徒になってしまって、かなり気まずい。誰かと席を代わってもらおうかと悩む。
「お、久しぶりだな。元気してたか?」
背中を突かれて振り向くと、ほっぺがぎゅっと指に押された。
「……エリアス。初日に寮へ案内してもらった日以来じゃないか」
「元気そうで何よりだぜ。まさか、あの遅刻ペアが認定戦参加とはな」
フッと笑って冗談めかしながら肩を竦めてヴィルヘルミナは言った。
「余裕過ぎてあくびが出るよ。お前は苦労したか?」
「んなわけあるか。元々、俺の成績は十番以内だっての」
「くくっ、寮長をやるだけはあるということだな」
年相応に笑っているので、エリアスは少し驚いた顔をする。
「お前、ちょっと雰囲気変わったな。前より優しい感じになった」
「そうか? だとしたら、色々と私も勉強したんだと思うよ」
話している最中、隣の席から肘で突かれる。ヴィルヘルミナが目を向けると、見開いたような三白眼の少女。吸い込まれそうな美しい紫紺の瞳が魅了する。
「お友達の試合、もうすぐ始まっちゃいますよ」
「ああ……。えっと、お前は?」
「控室では挨拶しませんでしたねぇ。ジャックと呼んでください」
クリーム色のふんわりしたウルフカットの髪をそっと耳に掛けて微笑んだ。
「んだよ、ジャック。お前までヴィルヘルミナの友達になろうって?」
「話しかけないでください、エリアス。雑魚に興味ありませんので」
エリアスがムッとして口を噤むと、くすくすと目を細めて笑う。言葉は強いが仲が悪いわけではないらしい、とヴィルヘルミナも姿勢を正す。
「礼を言う。アレックスの試合は見逃せない」
「そうですよねぇ。控室で見てましたけど、あの子、かなり強そうでしたから」
「……! お前、見て分かったのか?」
しー、と静粛の合図を送って、ジャックが微笑んだ。
「アタシは戦闘術専攻でも学院トップの成績なんですよぉ。魔力の優劣とか、あなたの髪が真っ白で瞳が赤いとか、そういうのに差別持ってないので安心してください。強い人間は評価されるべき、それがアタシの価値観です」
ヴィルヘルミナが思わず自分の髪を手で触った。あまり周囲から触れられなくなったが、相変わらずどこか奇異の視線が注がれている。ジャックという少女は、そういう知識を持ちながら偏見を持たず、独自の価値観で生きていた。似ていながら僅かにすれ違っている気がして、ヴィルヘルミナは残念がった。
「悪くない価値観だが、強い人間でなくとも評価は受けるべきでは?」
ちっちっ、と指を振ってジャックは否定する。
「こう見えても守備範囲広いんですよ。知識もまた人間の強みです。でも、ほら。あの直情的な暴力性のあるトレバー先輩のような人間が評価されるべき強い人間に見えます? あれを評価できないから、あなたも喧嘩腰だったのでは?」
返す言葉が出て来ず、口を噤む。言い負かされるのは好きではない。かつて相対した魔法使いたちが言い返すことができず悔しそうにしていたのも、こんな気分だったのだろうかとヴィルヘルミナは胸がもやもやした。
「ふふ、過ぎた冗談でしたね。それより選手入場みたいですよぉ」
言われて目を向ける。舞台にあがったアレックスの瞳は闘志に満ちていた。ぎらぎらして、自分の対戦相手を打倒さんがために強く見つめる。恐怖など微塵もなく、手に嵌めた黒い革のグローブをぎゅっと軽く引っ張った。
学院の制服ではなく、白いフリルシャツに黒いズボンが男装的で、革靴が床をコンと重たく叩く。アレックス・ド・トゥールの戦闘礼服である。
「あ、ミナ~! 頑張るよ~!」
観客席にヴィルヘルミナを見つけて嬉しそうに両手を振った。
「可愛らしい同級生さんですねぇ」
ジャックが可笑しそうにする横で、ヴィルヘルミナが嬉しそうに微笑む。
「ああ、自慢の友達だよ」




