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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第49話「認められた実力」

 痛みが消えていく。ジョーの体に既に傷はなく、勝敗が決したと同時にヴィルヘルミナは治療を済ませていた。もし戦いが長引けば、何度でも回復されてしまう。一撃で倒さねばならない。それがヴィルヘルミナ・デヴァルという人間の底知れなさを感覚的に理解させる。並大抵の人間ではそうはならないし、才能があるからといって、最初から偉人の如き活躍ができる者などいない。


「一人目はどんな奴だったんだ、ヴィルヘルミナ」


「……私が負けそうになった」


「ン。ってこたぁ、俺はまだまだってことか?」


「少なくとも勝ちは確信していた。だが、この腹の痛みは忘れないよ」


 シャツは雷撃に焼けて灰になり、露わになった柔らかな肌を擦る。傷痕がひとつも残っていない。こりゃ勝てるわけがねえ、とジョーはどてっと仰向けに倒れて、大の字になる。ゆっくり目を瞑って、深呼吸をした。


「あぁ、スッキリした。先に帰りな、俺は戸締りがあるからよ」


「……まさか寝るのか、そのまま?」


「やるだけやったんだから、そりゃそうさ。……ぐぅ」


 寝てしまった。あろうことか決闘が終わって、教師が生徒をほったらかしで。


「嘘だろ。レストランは? 私のディナーはどうなる?」


「ぐがあ……ぐおお……」


 起きる気配はない。何をしても起きそうにない。


 勝負も終わって、フランチェスカが苦笑しながら駆け寄ってきた。


「そうなっちまったらもう起きねぇよ、師匠(せんせい)。いつもそうなんだよな、ちょっと寝てから帰るわとか言ってさ。仕方ないから帰ろうぜ」


「私のディナーが……。先に伝えておくべきだったか……」


 以前はさほど興味のなかったことで、最もヴィルヘルミナが楽しんでいるのが食事だ。腹を満たせればよかった好意も、今はゆっくり味わう時間がある。魔法の研究に急かされるようなこともない。


 だから、レストランに誘われたときは顔にはあまり出さずにいたが、もし尻尾が生えていたのなら喜びを隠しきれずにぶんぶん振り回していただろう。


「まあまあ、落ち込むなって。アタシがなんか作ってやるよ」


「魚がいいな。前に塩で焼いただけのものを食べたが、あれは旨かった」


「塩焼きか。シンプルだけど旨味をしっかり感じられて良いよなァ」


 うんうん、と頷いてフランチェスカも強く同意する。


「にしても……。お前、ほんっとに強いな。師匠が負けるなんて」


「うむ。勝てたにも色々理由はあるが、まあ、一歩間違えば負けていたよ」


 ジョーが選んだ最初の行動が攻略の切っ掛け。雷属性の魔法を使った瞬足によるフェイントは、並大抵のことでは反応できない。だからヴィルヘルミナはあえて『反応しない』という選択を取った。それが、おそらく正解。いや、それ以外に正解がなかった。反応するのは極めて難しく、タイミングが僅かにでもずれたり、勘付かれたりするだけで、対抗策を練られる可能性が高かったから。


「私が見てきた魔法使いの中では間違いなく最速だ。威力はともかく、近接戦を仕掛けるのには十分だろう。魔法使いの殆どは軟弱な体を身体強化で補っているに過ぎないからな。それをコイツは逆を行った。鍛えられた身体に強化魔法を掛ければ、それだけ破壊力は増す。相手のガードを崩す。その貫通力を速度というカタチで活かす。遠距離戦を好む魔法使いとは違う。だから面白かったよ」


 重たい一撃を肉体で受け止めるのは、簡単でもあり、難しくもある。もし想定していたよりも威力が高ければ意識を持っていかれていた。まさに諸刃の剣。紙一重でジョーの強さを上回ったヴィルヘルミナの勝利だった。


「次に戦うことがないことを祈る。……正直、足にキてた」


 喰らった直後は立っているのがやっとの状態。もし油断していたら内臓や骨が確実に潰れていた。当人が口に出さないだけで、魔塔ではさぞや腕のいい戦闘技術者であることは察せる。時代が変われども、まだ真の意味での強者が善人であったのを喜ぶ。


「この時代も、これほどの傑物がいればしばらくは安泰だな」


「いいなァ。アタシもはやく強くなりてぇ」


「……ああ、そうだな。では帰ろう、運動をしたら腹が減ってしまった」


 ぐう、と腹が鳴ったのを聞いてフランチェスカがくすくす笑う。


「おう。帰ろう、んでメシにしよう。何がいい、アタシが作ってやんよ」


「ラヴィオリがいい」


「なんだそりゃ?……うーん、カエデが起きてたら作り方聞いてみっか」


「アイツ、毎日明け方まで起きてるぞ。いつ寝てるのかわからん」


「マジかよ。夜な夜な自分の人形に着せる服作ってるらしいけど、それかな」


 色んな趣味の人間がいるんだなぁ、とヴィルヘルミナは感心する。


「やっぱり部屋に飾るのか」


「さあ。あいつだけ同室いないから分かんねえんだよ。理由は知らねぇから聞くなよ。人当たりはいいけど、結構な秘匿主義だからさ」


 そう言われると余計に気になる、とは思いつつも胸に秘めておく。


 いつかは知れることだろう。なんとなく、そんな予感がした。


「今日は疲れた。フラン、背負ってくれ」


「はあ~? なんでアタシが?」


「腹に穴の開いた服を着た娘が夜に出歩いてたら補導確定だろう」


「……んまあ、そりゃそうか。仕方ねえなあ。しっかり隠しとけよ」

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