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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第48話「雷の決着」

 互いに距離を開ける。ジョーが拳を強く握りしめて、昂りを隠せずに笑みが浮かぶ。構えを取り直して、もう一度、まっすぐ対するヴィルヘルミナを見つめた。ただ立っているだけで構えも何もないのに、強烈に肌を焼かれるような威圧感。


「(隙がまるでねぇ……! 俺より長生きしてんじゃねぇのかと思うような魔力の練度。それに加えて、あいつの目の中には俺を殺す方法がいくつもある!)」


 あらゆる魔法使いを見てきて、ジョーは戦闘経験も豊富だ。実際に命を落としかけて、それを乗り越えてきた猛者だ。だからこそ最初から油断せずに、小手調べとはいえスピードのある技で攻めた。


 踏み込んでから拳に魔力を流し込んで属性を乗せるまでの動作をほぼ同時に行い、ヴィルヘルミナに防御を迫るつもりだった。だが、実際に起きたことは真逆。迎え撃たれた。テクニックに優れているという言葉で片付けるには、あまりにも領域が違い過ぎる。魔法使いの至高。自身が目指す先にいる相手。


「なるほど、そりゃ殺す気でいかなきゃ失礼だったな」


「良い目だ。もっと殺意を滲ませろ、そうすれば私に届くはずだ」


「……どうかねぇ。だが試す価値は────ありそうだな!」


 音のない一歩。稲光のように突撃するジョーを警戒して、ヴィルヘルミナは手に密度の高い魔力を纏って防ごうとする。だが、直前に見えたジョーの表情は『それは読めてた』と言わんばかりの豪快な笑み。失策、と気付いたときには僅かに遅く、その姿は目の前で弾け飛んだ。


「(自分の体を雷で前に出たように見せたか。実体は────)」


 その間は一秒にも満たない。素早くその場で身を捻って振り返り、重たい拳を重ねた両手で止めてみせる。ゴロゴロと耳を劈く雷鳴のような音と共に衝撃が走り、踏ん張っても床を削りながら滑っていく。


「おいおい、冗談きちぃな。今のはわりと殺す気だったぜ?」


「だが届いただろう。おかげで手の平が焼け焦げた」


 互いに強敵への喜びを感じずにはいられない。ヴィルヘルミナは焦げた手のひらをぐっ、ぱっ、と開いたり閉じたりして見せてから、瞬時に傷を治癒させた。


「こちらからも攻めさせてもらおう。久しぶりに楽しくなってきた」


 ヴィルヘルミナが床に両手を付くと魔法陣が広がった。本来、あらゆる魔法を詠唱も式も陣もなく操れるにも関わらずそうするのは、魔力効率と威力をあげるためだ。ただ、そうすると漏れなく動作には時間が加わるのが普通。ジョーはそれを隙と考えて、即座に飛び込もうとするが────。


「悪いが、私はそう遅くはない」


 魔法陣から突き出した土の壁がヴィルヘルミナの前に立ち、ジョーの行く手を遮った。視界を遮った程度でどうにかなるかよ、と拳の一撃が壁を容易く破壊するが、そこにヴィルヘルミナは既にいない。


「────《偉大なる小さな太陽(プチコスモ・ヘリオス)》」


 小さな手の平ほどの炎の球が背後から迫る。威力は高いが速度はそれほどでもなく、反射的な行動は十分に間に合う。ジョーは得意の雷ではなく氷の属性を拳に纏わせ、炎とぶつけあった。


 魔力の氷は絶え間なく広がり、爆炎と衝突して蒸気で結界内を満たす。視界が遮られ、ぼんやりと見通した先にいる影を見つけたヴィルヘルミナが手を向けた。


「さて、次は何を魅せてくれる?」


 手の先に小さく現れた紫に光る魔法陣から槍のように雷撃が放たれる。水蒸気を退けて影を捉えたはずの雷撃は、虚しく空を裂き、結界の壁に消えた。


「いない……。どこに────」


 一瞬の油断。いや、油断はなかった、とヴィルヘルミナは考える。それでも防げない。反応が間に合わない。間違いなく正面にいると思った相手に雷撃は当たらず、しかし確かに、ジョーは真正面から硬い拳で殴り抜けた。


「《雷轟突撃(ママラガン・アサルト)》ッ!」


 腹部に当たった拳から放たれる高密度の雷撃が腹部に風穴を開けたかと思うほどの痛みと衝撃を与えた。瞬間、理解する。


「(そうかコイツ────、最速の魔法使いか!)」


 雷属性の魔法は他の魔法と比べても魔力の扱いが繊細だ。僅かな乱れで炸裂しかねない。だが、使いこなせれば、身体強化との組み合わせで自身が雷とも言えるほどの速度を弾き出す。今のジョーはまさしく雷神。そう呼ぶに相応しい。


 小さな体とはいえヴィルヘルミナの魔力操作は他の追随を許さない神業の領域。ゆえに、小賢しい手段は通用しない。だからこそシンプルに威力だけで勝負するジョーの拳は速度を上乗せされ、熟練の魔法使いであれど、その防御を貫いた。


「ハッ。流石にコイツは効いただろ。降参しても────!?」


 気絶してもおかしくない一撃を喰らいながら、ヴィルヘルミナはまだ意識を保っている。それどころか、口から多量の血をごぼっと吐いてなお、戦意はさらに燃えあがった。自分の腹を殴った拳の感触はむしろ快感に変わり、逃がすまいと腕を両手でしっかりと掴んで、ニヤッと笑った。


「捕まえた」


「……流石にクゥールが過ぎるぜ、お前」


 いくら速いと言えど。いくら膂力があると言えど。それを上回る力で、しっかりと繋ぎ止められては身動きは取れず、得意の速度での勝負は仕掛けられない。掴まれた腕が悲鳴を上げ、今にも折れそうだった。


「受け取れ、私からの賛辞だ。────《のたうつ雷電(パラライズ・スタンプ)》!」


 腕から全身を駆け巡る電流のような衝撃が体内の至るところで炸裂する。内側から破壊され、皮膚を裂いて血があちこちから噴き出す。見目にはいくつもの小さな傷。だが、体内は既にズタズタだ。切れ味の悪いナイフで切り付けられたような鋭い痛みに悲鳴すら出て来ず、喀血して両膝を突く。


「……あぁ、どれくらいぶりだろうな。こうも明確に負けちまうのは」


 意識が飛びかけながらも、ジョーは瞳にヴィルヘルミナの姿を焼き付ける。口元の血を手首でぐいっと拭い、見下ろす眼差しの熱たるや。魔法使いとしてどれほどの研鑽を積めば、その眼ができるんだと胸に突き刺さった。


「知らん。だが見事だった。私に拳を届かせたのは、お前で二人目だ」

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