第46話「親友とのひととき」
想像するだけで興味がそそられる。フランチェスカは、これまで幾度となくジョーとの特訓を経てきたが、その師匠の全力で戦う姿は見たことがない。見る機会など、まずなかった。ヴィルヘルミナがそれを引き出すというのだから、ワクワクする。バルロアとの決闘で勝利した天才の言葉を信じた。
「見てえ。超見てえ。え、期待していいの?」
「おそらく、こちらから頼まずとも本気でやってくれる」
戦いたさでうずうずしているのはジョーの方だ。ヴィルヘルミナがいちいち言葉にしなくても、力いっぱい加減知らずの大立ち回りをするのは目に見える。
同時にヴィルヘルミナも気になっていた。ジョーの実力が。
「(あの男……。軽く触れた程度だったが、明らかに秘術使いとなれる器だ。拳に属性を乗せる程度の技術で留まっているのは勿体ない奴だが)」
今の実力主義で全てが決まる現実は好ましくないものだ。しかし、だからといって力だけで解決すれば、それは今の人々と何も変わらない。新たな魔法使いを育てる必要がある。信仰にも似た現実の壁を砕き、新しい道を示すためには。
「では支度をしよう。パジャマのままでは流石に目立つだろう」
「つか、なんで行く予定だったのにパジャマなんだよ」
「風呂に入るときはパジャマに着替えるよう、お前が教えてくれた」
「そりゃ用事がねえときだっつの。ったく、来いよ。髪のセットしてやるから」
「……! まさか、お前、私の髪を弄れるのか?」
にひひ、とフランチェスカが無邪気に笑った。
「カエデに頼んで練習したんだよ。あいつ、そういうの得意だからな!」
「いつの間に……。なら頼もう、あの髪型は気に入ってるが自分ではできなくて」
いつもならば専属侍女に頼んでいたことだが、魔法都市にいる間は、その頼るべき侍女がいない。アメリエの奴め、手紙を寄越せと言ったのに全然届かないじゃないか、とヴィルヘルミナは本気で不満だった。
「んだよ、そんなムスッとした顔して?」
「なんでもない。ただ、友達から手紙が届かなくてな」
「忙しいんじゃねえの。大体、お前は手紙出したのかよ」
「……いや、出してないが。忙しかったから」
呆れた、とフランチェスカが大げさに肩を竦めた。
「お前なあ。何かしてもらおうってんなら、まず自分がしなきゃだろ。相手の善意だけを頼みの綱にするなって。お前賢いんだからさぁ」
「そういうものか。うむ、では帰ってきたら手紙を書こう」
自分から手紙を送ったことは一度もない。いつだって誰かから届くのが当たり前で、それに返事をするのは自分ではなく弟子のエセルだった。それも、あらゆる誘いや提案の全てを断る返事だけ。誰かと言葉を交わすだけのために、手紙を書いたことは今になってまだ未経験だ。
「フラン、誰かに手紙を書くときはどうするんだ?」
「なにが」
「書けばいいことだよ。私にはよく分からない」
「あ~……。アタシも書いたことないから分かんねえけど、まずは挨拶だろ」
「挨拶か。それで、続きは?」
「んなことまで分かるかよ。お前の伝えたいこと書けばいいじゃんか」
伝えたいこと、と言われて、少し考えてみる。しばらく会えていないなとか、魔法学院には通う目処は立ってないのかとか、お父様は元気かと、尋ねたいことは山ほどあって、何から書けばいいかを今度は悩み始めた。
「うむ。うむむ……駄目だ、思いつかん」
「急いで考えなくてもいいだろ。とりあえず出発すっか」
髪型が完成して、鏡を見て満足げなヴィルヘルミナを見て、フランチェスカは上手くいって良かったとホッとする。それから軽く背中をぽんと叩いて。
「ほれ、できあがり。体動かした後の方が頭スッキリするかもしれねえぜ」
「悪くない。お前、意外と手先が器用なんだな」
「こういうのは嫌いじゃねえんだ。アレックスにも覚えてもらうか?」
「お前がいるからいい。認定戦も、お前に勝者になってもらわねばな」
簡単な事ではないのに、さらっと言われて、フランチェスカは笑った。
「アタシはお前の侍女じゃねえぞ? まったく、言ってくれやがる。アタシもお前の期待に応えられるように頑張らねえとなぁ」
中々に大きな壁の前に立たされた。だが、嫌な気分ではない。以前のように俯くのはやめた。フランチェスカは今、越えるために前を向けた。ヴィルヘルミナのような出来の良い後輩に負けてはいられない、と。
それから二人は私服に着替えて寮を後にする。カエデにはあまり遅くならないよう言われて、適当に相槌を返す。門限など守る気はなかった。
「そうだ、帰りはなんか食べてく? 美味いレストランあるらしいぜ。アタシらには門限があるくせに、大人組は堂々と出歩くんだからずりぃよな」
「安全を考えてのことだろう。邪法使いが入り込んでるという噂もある」
魔法都市が比較的安全とはいえど、それなりに物騒な話は転がっている。子供の数が多く、安全を確保するための必要な措置だ。それでも、やはり夜になると出歩いている大人の魔法使いたちがいて、多少は目を瞑ってもらえた。
「私はどちらでも構わん。こちらに牙を剥けば、かみ殺すまでだ」
雑踏の中、路地裏の暗がりへ怪しく消える人影を瞳に映しながら────。
「お前も気を付けておけ。邪悪な者ほど隣人のように優しい顔をするからな」
「……? ああ、言ってる意味は分かんねえけど、そうしとくよ」




