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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第45話「ジョーとの約束」

◇◇◇





 時は流れ、夏を迎えようとしていた頃。学院内では年に二回ある試験が行われる運びとなった。誰にとっても嫌な時期だが、そうも言っていられない。なにしろ、試験で全学年から選ばれた上位五名は今いる寮からの引っ越しが待っているのだ。


「────認定戦とはなんだ、フラン?」


「あン? そういや、お前は一年だから知らねえのか」


 机に向かって教科書とノートを広げ、面倒そうに勉強していたフランチェスカが鉛筆をぽいっと放り出して、椅子の背もたれに肘を掛けた。


「ル・フェイ通りにある寮で、いっちばん目立つデカい寮があったろ。あそこに引っ越す権利を貰うための試験だよ。五人しか入れねえんだ」


「なぜ? たかが大きいだけの寮に入るメリットがあるのか?」


 ちっちっ、と得意げに指を振りながらフランチェスカは語った。


「分かってねえぜ、ヘルミーナ。あの寮は庭と建物ん中に稽古場があって、そこで専任された魔塔の魔法使いからの指導が受けられるんだよ。学生のときってのは、中々そういう機会には恵まれない。でも大人になるといきなり高い成績を求められるのがアタシたち魔法使いを目指す人間にとっての壁だ。けど、あの寮に入れたってだけでもれなく周囲からの期待と羨望。それから学歴がついてくる。魔塔に入ったり、学院の教授になるにゃ、またとないチャンスってわけよ」


 興味なさげに、ヴィルヘルミナは自分のベッドで仰向けになった。


「なんだ、その程度のものか。実力主義とは聞いていたが、学歴なぞに意味なんてあるのか? 実際に働くとなると上手くいかないことだらけだろう」


「……ン、そりゃ否定できねぇや。だけど魔塔に入る審査にゃ使えるさ」


 机に転がった鉛筆を拾って、片手に弄びながら話は続く。


「経歴ってなぁ、アタシらの努力がカタチとして目に見えるもんだろ。普通に卒業するだけなら大体の奴が出来るけど、魔塔の中でも、どの研究に振り分けられるかはそういうとこも見られる。それも実力のひとつだ、ってな」


 言われてみると、そういう考えもあるのかと腑に落ちるが、やはりヴィルヘルミナの興味を惹くほどのものではない。自身の社会性のなさに関しては周囲から大いに学ばせてもらっているが、こと魔法になると話は変わってくるのだ。


「それで、お前はどうなんだ。此処にいるということは……」


「やめろやめろ。アタシの傷を抉るんじゃねえ」


「すまん。だが今回はいけるさ、魔力に問題もなくなったんだから」


 ごろんと寝返りを打ってフランチェスカへ向き直り、まっすぐ目を見て話す。


「お前の魔法は必ず唯一無二のモノになる。私が保証するよ」


「ははっ、後輩にンなこと言われてもなぁ!」


 茶化したが、しっかり嬉しいのか少し照れくさそうだった。


「ところで認定戦とは何をするんだ。決闘を行うのか?」


「そんなとこだな。学年は関係ねえ。魔力制限が掛かった決闘だから、全員が平等に才能を示す場って感じだ。んで、アタシは去年、レオに負けてる」


 笑ってはいるが、悔しさが声に薄く滲んでいる。瞳の中に揺れる自身の弱さへの怒りを感じ取ったヴィルヘルミナは、ただひと言だけ────。


「お前、ジョーと訓練してるんだろう」


「んっ? なんだよ、聞いたのか?」


「ああ。少しだけ手合わせもした。加減はあったが……」


「加減って。それで、どうだったんだ、強かったか」


「楽しめたよ。次は本気でやろうと約束した程度には」


 バルロアとの決闘の後、ジョーとの約束も忘れずに第一校舎の演舞場を借りて戦ったが、後に予定が入ってしまったというジョーの謝罪と共に、軽い組手で済ませることになった。なので、本気でやり合うのは次の機会に持ち越されていた。


「それで、実はジョーとバルロアの口添えで校舎の稽古場が解放してもらえるそうでな」


 ジョーは魔塔から派遣されているとはいえ学院の教授というのもあって、おいそれと独断で学院の稽古場を解放できない。そこへちょうど用があって学院に来ていたバルロアが『それなら儂が話をつけてやろう』と職員室に乗り込んで学院長に直談判したことで、ジョーとの対決が叶ったという。


 どうも腑に落ちないフランチェスカが首を傾げた。


「……んん? お前、グランサム家の当主とは仲悪いんじゃなかったっけ?」


「ああ。人間性は気に入らない。が、魔法へのひたむきさは評価してる。それでときどき研究について意見を求められるようになったんだよ」


 バルロアとの決闘からしばらくして、何度か会う仲になった。というのも、敗北がよほど堪えたのか、それとも最中のヴィルヘルミナの魔法に惚れ込んだのか。プライドの塊ゆえにはっきりと口にはしなかったが、度々、意見を求められるようになり、ヴィルヘルミナは定期的に答えていた。


「教鞭を執った覚えはないんだがね。随分とマシな性格になったようだ。息子の方には完全に期待もやめたのか、もう見向きもしていないらしい」


「レオの奴、そうなると哀れなモンだな。自分の親にも見放されちまったのか」


 自業自得とはいえ、最後の心の砦とも言える家族との縁すらも切れかかっているのは、フランチェスカも流石に同情する。だがヴィルヘルミナは決して憐れんだりはせずに、彼の足下に築き上げられてきた他人の痛みの報いだと言った。


「バルロアも親だからといって何度も助けてきたはずだ。それを盾にして心を蔑ろにしたのもレオ自身。結局は、他人の痛みを身を以て知っただけのことさ」


「ま、そんな気もする。んで、これからジョー教授と戦うって?」


 ヴィルヘルミナは起きあがり、うん、とひとつ頷いて。


「お前の師匠が本気で戦う姿を見てみたいとは思わないか」

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