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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第44話「辿り着いた先」

 いまさらになって気付く。もうしばらく聞いていなかったから忘れかけていた、良く似た言葉遣い。よく似た性格。師匠相手でも容赦ないのは相変わらずで、懐かしくなると同時に申し訳なくなった。


「……お前は、私のことをどこまで覚えている?」


 きっと、この感覚は間違っていないと、何かが告げていた。だからヴィルヘルミナは尋ねた。千年も孤独だったであろう、目の前の男に。


「全部覚えてますよ。知ってて聞いているでしょう、私の秘術は魂の転移ですから。随分とまあ、何度も生まれ変わっては、あなたを待ち続けたんですよ」


 世界でただひとり、ウォルター・フィッツウィリアムだけが使える、輪廻魔法。人間の身に宿る魂を情報化。保存。自我と記憶、魔力を保持したまま新たな器への転生を可能にする魔法。期間は指定できないが意識は一時的に消失するため、転生するまでの長い時間を感じることはない。瞬きをするのと大差ない。


 そうして、ウォルターは、幾度かの命を繰り返して辿り着いた。千年先に待つ再会のために。自分という人間の心が削られていくことに耐えながら。


「まさか、私の方が少し先に転生するとは思ってもみませんでしたが……」


「ということは私が転生したのも、まさか、お前が?」


「ええ、申し訳ない。ですがどうしても、あのときは死んでほしくなかった」


 今になって思えば、死なせてやった方が良かったのかもしれないと、今までに何度も考え直してきた。何人もの命を奪い続け、なおも魔法の研究を続け、それ以外に自分を支える柱がなかったことに苦悩していたから。


 だが、再会してみて、自分の行いは正しかったとウォルターは強い確信を得た。自分という荒んだ大人に流されず、大切な友人の言葉に、変わっていく姿を見て、やっと分かった。アルベルの人生は終わり、ヴィルヘルミナとして生きられる。彼女は新しい人間として生まれ変わり、人生を謳歌するときが来たのだと。


「ふむ。あれは世界のバグか何かだと思っていたが、お前の仕業だったか……。私の読みが外れることもあるものだな」


「経験していないなら語れないとはよく言っていましたでしょう」


 確かに、とヴィルヘルミナは納得して深く頷く。経験していないのに読みなど当たるわけがない。頭の中にある可能性からして、まず存在しないのだから。


「しかし、お前が男になるとはな。エセルの名は捨てたのか」


「中々どうして、ウォルターの名は気に入っています。あなたはどうです?」


 昔の名前を聞くたびに嫌な気分になる。忘れようもない日々は今になると後悔だらけで、魔法に没頭し続けた自分の人生はまさに灰色だった。それに比べて、ヴィルヘルミナ・デヴァルの人生はバラ色といかないまでも、愉快で退屈しない。


「良い名前だよ。色んな呼び方をされて面白い」


「でしたら、これまで通りに呼べばよさそうですね」


「そうしてくれると助かるよ。アルベルは嫌いだ」


 恥ずかしそうに、照れ笑いを浮かべてヴィルヘルミナは言った。


「今の自分が好きなんだ。少しずつ変われている自分が」


 あらゆる価値観を塗り替えてくれる人々に囲まれて、アルベル・ローズラインという過去の人間は緩やかに消えていった。ヴィルヘルミナ・デヴァルの背中を押して、もう古い自分は必要ない、と優しく語って。


「……それなら良かった。私も報われた気がします」


「うむ。ではアレックスを迎えに行って、帰るとしよう。長居はしたくない」


 決闘も終わって、グランサム家にも用はなくなった。


 ふと立ち去ろうとして、稽古場の外で放置されたままのレオを見つける。


「連れて行かなかったのか、アレックスの奴」


「気が利かないですね。誰も迎えに来ないあたり、人望のなさを感じますが」


「……ふむ。私も、流石にこうはなりたくないな」


 誰にも気にしてもらえず、誰にも愛されていない。結局、バルロアが気に掛けていたのもレオではなく、グランサム家の利益だ。素行の悪さから跡継ぎにもさほど考えていなかったに違いないとは、なんとなく察せた。


「伝えておきますか?」


「そうしよう、帰るついでだ。……あぁ、ところで」


 再会の喜びも心の変化も、落ち着けば日常の中に溶けていく。それよりもヴィルヘルミナの中には、ひとつの疑問が蘇った。


「魂を抜いたあとの私の体はどうなった。お前たちが処理したのか?」


「……ああ、そのことですか」


 ウォルターの表情に陰が差す。


「遺体には、あらゆる魔法の記憶が詰まっています。処理できるはずがありません、魔法使いであれば、誰もが遺したでしょう。私も、あなたの体に眠った情報で魔導書を創るつもりでした。あなたの代わりに」


 ヴィルヘルミナは眉間にしわを寄せて、ウォルターを横目に見た。


「勝手なことを……。つもりだった、というのは出来なかったという話か?」


「はい。大変、申し訳ない。────盗まれたのです、あなたの遺体が」


 想定しうる限り、最も厄介な話。誰かが魔法の記憶を手に入れようとして、遺体を盗み出した以上、辿ろうとしているのは継承ではなく略奪だ。その肉体の行方をウォルターは今も追っていた。


「あなたの遺体には、私とコーネル以外では解けない封印を施しています。現状、世の中が平凡に進み続けているのも、解呪が成されていないのだと思います。なので、早く見つけなくてはと調べてはいるのですが……」


 まるで行方が掴めない。千年前、遺体を隠したとされたエセルとコーネルは、無実の罪により拷問の末に死んだ。その後、幾度の転生を経ても、アルベルの遺体は見つからなかった。ただ、ひとつだけ確かなのは、まだ悪用されていないということ。その希望に縋って、ウォルターはひたすらに探し続けている。


「さっさと見つけて灰にでもしてしまえ。お前たちは私が弟子に選ぶほど優秀ではあるが、かといってバヌクたちのようにはなれん。必ず解呪する者がいずれ現れる。そうなれば、あの遺体にも刻まれた膨大な知識と魔力は厄介だ」


 命令を受けて、ウォルターは静かに目を瞑る。大変だな、と溜息が出た。


「頑張りますよ、出来るだけね」

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