第42話「小さな太陽」
あらゆる魔法には流れがある。身体強化などを起点とした直接的な魔力の放出、あるいは魔法陣を通じた遠隔的な魔力の供給。いずれにしても、魔力そのものが炎や水を発生させるための動力源となる。ゆえに、その流れを断ち切るのが魔導武拳の必殺の戦い方。魔法を殺す、最初の拳。
自身の魔力によって触れた魔力の構築を乱す。魔力の上塗りすることで不安定化させる。術者の魔力で発生する魔法は正しい供給が経たれれば消滅していくしかない。魔法陣との接続が切れた炎はヴィルヘルミナを殺すには、あまりにも弱い灯となってしまった。
「どうした、バルロア。仕組みも見抜けないとは情けない」
「貴様……!」
最初に気取った違和感。レオがそう簡単にやられるはずがないという前提の先にある、ヴィルヘルミナの異常性。確実に勝てる舞台を用意してなお、容易くも突破するだけの精密な魔力操作。腹立たしくも、認めざるを得ない。
「バケモノが……! だが、そう何度も同じことが続くと思うなよ!」
差し向けた杖の先に構築される薄青の魔法陣が、尖った巨大な氷の塊を飛ばす。結界を壊す勢いに加えて、その標的にはヴィルヘルミナではなく、後ろにいるアレックスを捉えた。そうすれば躱されることはない。炎の柱よりも威力を高めた魔法ならば今度は防ぎきれまいとしたが、やはり同様の手段で氷は粉々に砕かれた。
「何度やっても同じだ。魔導武拳は強者の理解から一歩先を行く。初見では見抜いたとて対応も出来ない」
「くっ、嘗め腐りおって……! ならば結界ごと吹き飛ばすまで!」
掲げるように持った杖が頭上に巨大な炎の球体を創り出す。見るからに破格の威力。全力を詰め込んだと思しき火球は本人にさえ影響を及ぼすだろう、とウォルターも流石に割って入るべきだと踏み出そうとして────。
「いい、来なくても。お前たちには傷ひとつ付けさせないよ」
振り返ってヴィルヘルミナが微笑み、思わずウォルターの足が止まった。
「バルロア・グランサム。お前にひとつレクチャーしてやろう。魔法とは一度に込められる魔力の量のみがものを言うのではない。このように────」
緩く構えた手の中に小さな火球がぽつんと現れる。バルロアも思わず笑みが零れてしまいそうなほど情けなく弱々しい見た目だ。魔力制限の中では、出来てもさほど大きくならないが、それでも卵程度の大きさには笑わずにいられない。
だが、瞬間に浮かべた笑みも消え、冷や汗が滲む。
「一度構築した魔法に、魔力を加え直して……?」
リズムを刻むように放出される魔力が、小さな火球に満ちる。大きさは変わらないというのに、バルロアの瞳に映されたそれは、どんどんと密度を増していく。待ち構えて打ち砕くつもりだったが、それが愚かだと思い知ったのは、唖然と見つめてしまった後だった。
「────《偉大なる小さな太陽》」
それは、確かに小さな太陽だった。触れれば蒸発しそうなほどの魔力の熱を帯びている。ヴィルヘルミナは涼しそうに操り、指で弾いた。
反応したバルロアも極大の火球をぶつけようと放った。ゾウとアリのスケール差で飛んだ二個の火球が触れ合った瞬間────バルロアの炎は見るも無残に爆散して小さな太陽に吹き飛ばされる。
「儂の炎が……いや、まずい!」
小さな太陽は止まらない。外見だけが立派な炎を下して、まだ突き進む。直撃する瞬間の威力など考えるべくもない。だが魔力を殆ど使い果たしたバルロアが対抗する魔法を使うことはできず、懐に隠し持っていた魔石を使って分厚い水の壁を張った。炎属性の魔法は水属性の魔法によって威力を落とせる。他の魔法を使うよりも、まともな防御手段になる、とっさの判断だった。
確かにバルロアは生きていた。太陽の爆発は水の壁すらも瞬く間に蒸発させたが、その威力を弱めて、致命傷には至らない。結界の破壊も、ぎりぎりだ。罅割れて、今にも全てを吹き飛ばすのではないかとウォルターさえヒヤヒヤした。
「ふむ……。持って行けたのは両腕か。右半身くらいは灼いたと思ったが、運が良かったな。自分の魔法の才能を誇れ、悪くはなかった」
ヴィルヘルミナの前に膝を突くバルロアが、怒りと悔しさに塗れた表情で睨む。腕の痛みに耐え、肩で息をしながら意識をしっかり保ち────。
「有り得ん。制限がある中で断続的に魔法を重ねるだけならともかく、上限いっぱいの魔力を常に正確な量と異常な速度で注ぎ続けたな……! たかが十五、六の小娘が体得できるような技術ではない!」
「だから何かしたと? お前のように卑怯な手を使ったとでも?」
バルロアの前に立ち、強い批判を受けても静かな心は動かない。手を仰向けに、人差し指をくいっと跳ねさせた瞬間、炎の柱がバルロアを囲んだ。
「馬鹿な。そうか、結界が崩壊しかけて魔力の制限が緩く……!」
尋常ならざる魔法の領域。同じ人間とは思えない、目の前にいる子供の姿をした悪魔を見て、バルロアは息を呑んだ。美しいとさえ感じるほどに。
「両腕の使えないお前など、取るに足らん。生きたければ降伏しろ。拒絶すれば殺す。骨すら残らぬように灰まで燃やしてやろう」
魔法使いにとって、たとえ敵がどうであれ譲れない誇りがある。バルロアは決して引き下がらない。死ぬとしても魔法使いとして決闘での自身の姿勢を貫いて死ぬのであれば、致し方なしと覚悟がある。
「……殺せ。此処でお前に頭を下げるよりかは儂の誇りも守られる」
バルロアは無抵抗を選んだ。たとえ卑怯な手を使ったとしても、当主としてグランサムの名を必要以上に穢す行為は自身が許せなかった。
遠慮なく炎の柱を動かそうとしたヴィルヘルミナの腕をウォルターが掴む。
「そこまで。もういいでしょう、決着はつきました」




