第40話「因果応報」
◇◇◇
「準備はよろしいですか?」
巨大な邸宅の前で、ウォルターはさも面倒だとばかりに煙草を咥えた。
「相手はグランサム家の当主であるバルロア・グランサムです。性格はともかく魔法の腕は一流です。使い道があるという理由で先代の魔塔主が置いていたような男なので、努々油断はなさらぬよう」
万が一にもヴィルヘルミナが負けるとは思えなかったが、ウォルターの知る限り、バルロアは決して真面目な男ではない。息子からして素行が悪いにも関わらず放置しているのだから、親も似たようなもの。あるいは、より酷いとも言える。卑怯な手段を取らないとも限らない。
忠告を受け取りつつも、ヴィルヘルミナは高い門を見上げながら、退屈そうに首を擦った。今にもあくびがでそうなくらい眠かった。
「油断はしていない。かといって真剣に取り組む気もない」
「相変わらず気楽な方ですねぇ……。ところで、」
当たり前のようにヴィルヘルミナの隣に立つアレックスを見て尋ねた。
「御友人を連れてきても良いとは言っていませんが」
「見学くらいどうにでもなるだろう」
基本的なことも守ってくれないのかとウォルターが呆れて手で顔を覆った。
「決闘の原則的なルールとして認められた立会人以外の第三者は許可されていません。今回の場合で言えば、あなたとグランサム双方の合意のうえで、私が立会人となっているのです。アレックスさんの立会は認められては────」
「いいじゃないですか、ウォルター教授。それくらい融通が利かせてくれてもいいじゃないですか。可愛い生徒のためだと思って、どうでしょう?」
図々しいな、とアレックスの笑顔に僅かな苛立ちを覚えて咥えていた煙草を思わず噛んだ。後で色々言われるのは自分だと理解してもらえていない、と。
「あのですね。基本に則るということはとても大事で……」
説得しようとすると、重たい格子門がゆっくり開いた。迎えるように、車いすに座ったレオを連れて来ながら、いかにも重鎮な風格を漂わせる厳つい顔の男が三人に顔をみせにやってきた。
「別に構わんよ、ウォルター。入れてあげなさい。所詮は原則に過ぎん、特例はなんにでもあるものだ。立会人が一人増えるくらいは問題がない」
「……はあ、そうですか。では今回は私とアレックスさんが立会人ということにしておきましょう。ご厚意に甘えさせてもらいます」
心の底からバルロアのことが嫌いなウォルターは、丁寧な笑顔を浮かべながらも内心で『くたばれ』と中指を立てた。無法者が被害者のように振る舞って、廃人となった我が子を見せびらかすのは悪質極まりない、と反吐が出た。
「ふむ……。そちらがレオをこうまで追い込んだ小娘か。話に聞いていたが、ここまで子供っぽいとはな。とても息子が負けるとは思えんが」
「人は見た目だけではありませんよ、バルロア」
明らかに見下されたヴィルヘルミナが言葉を返そうとする前に、ウォルターが真剣な目をして先に返す。生徒だから庇ったわけではなく、ただ本心が走った。
「若ければ未熟という古風な価値観は、そろそろ更新されるべきでしょう。外見だけで判断すべきでないとは、魔塔主である私自体が証明ではないですか?」
「ではまず、人と話をするときに煙草を咥えたままなのはやめたまえ、若造。その品のなさが魔塔主たる器でないことの証明になるだろうよ」
んぐ、と言葉に詰まった。それはそうだぞ、とヴィルヘルミナがウォルターを肘で小突くと仕方なさそうに苦笑いして煙草を摘まんで足下に捨てた。
「これで文句ないでしょう」
「煙草を捨てるのもどうかと思うが……まあ、大目に見よう。ついてきたまえ、決闘に使う広い稽古場がある。学院の演舞場ほどではないが」
バルロアが前を歩き、三人はそれを少し距離を開けて追う。せっかくだから話でもする方がいい、とバルロアは僅かに振り返った。
「このバカ息子も、頭の出来は悪いが魔法の才能があった。次期当主としてはこれから教育するつもりだったのだが、まさかこうまで壊してくれるとは」
睨まれたヴィルヘルミナが呆れた顔で淡々と鋭い言葉を投げた。
「それに関しては因果応報だ。己がやってきた報いを受けたに過ぎない」
「口を慎めよ、小娘。やりすぎだと言っている。レオの行いが誰かを廃人にまで追い込んだことはない。それを独断で裁くことが正しいとでも」
我が子を愛してもいないくせに、とヴィルヘルミナが溜息を吐く。
「たとえ小さな悪であろうとも積み重ねた以上は、元の行為よりも大きく跳ね返って来ておかしくはない。やりすぎたというのなら積み上げた悪意、それ自体だ。私は自分の行いを恥じることはないよ。だから決闘に来た」
稽古場に着き、レオの乗った車いすを置いて稽古場の中心にバルロアは立った。これから決闘をしようという恥知らずな小娘の首ねっこを押さえつけて、現実を教えてやるために。都合よくデヴァル家を潰す口実に。
「いいだろう、小娘。────否、ヴィルヘルミナ・デヴァル。儂も少々大人げなく、現実を見せてやるとしよう。さあ、舞台にあがりなさい」




