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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第38話「らしくないことでも」

 手合わせをすると言っても、ジョーが手加減などするはずがないのは雰囲気で分かる。理由もなく目立つのは嫌──というより、既に目立ちすぎたので大人しくしていたいヴィルヘルミナにとって、ジョーの誘いはデメリットだけだ。


「ンなこと言わずに。お前のレべルが分かんなきゃ、教える方としては意味もないことをさせたくねぇのさ。────使えよ、結界魔法」


 他の生徒には聞かせないよう、小さめの声で要求する。尤もな理由でヴィルヘルミナをリングにあげようとするが、まるで響かなかった。


「悪いが遠慮したい。それなら今日は見学でいい」


「なあっ……!? この、理由つけて逃げ回りやがって……!」


「逃げ回るとは失敬な。そちらの私情に振り回されたくない」


 大人の時代は終わり、今はようやく自分が子供としての自覚を持ち始めたばかりだ。これまで気付けなかった、目を向けてこなかった魔法以外のことにも時間を割いていきたい。フランチェスカやアレックスと下らない話をして、寮に戻れば談話室でカエデが温かいココアを淹れてくれるのを楽しみにする。


 その静かな時間が欲しいのに、気分の悪くなるだけの決闘が待っている。今はジョーと手合わせをするほど気持ちが向いていなかった。


「ちっ、じゃあ次の機会を楽しみにしとくか。基礎練習が必要ないなら見学で構わねぇさ。単位はやるから気にしなくていい」


「それはありがたい。そのうち、個人的な時間が作れれば手合わせもしよう」


 ヴィルヘルミナなりの譲歩。気は進まないが相手には誠実でありたかった。


「なら明後日はどうだ、ちょうど日曜日で俺も手が空いてる」


「場所は?」


「中央の第一校舎に併設してる屋内演舞場兼試験会場。邪魔も入らねぇ」


「……ふむ。それなら構わないよ」


 誰に見られることもないならひと安心。学院で今よりも浮いた存在になるのはゴメンだと思い、ジョーの提案に安堵する。少しは暴れても良さそうだ、と。


「決まりだな。じゃあ、それはそれとして、お前このまま見学するか?」


「ん。ああ、そのつもりだったが、何か問題でも?」


「アレックスのことだよ。ダチなんだろ、様子見てきたらどうだ」


「うむ……。私がいってどうにかなるものなのだろうか」


 自分ではアレックスを諭すことができなかった。ジョーという男の経験によって磨かれてきた熱意が、人の心を動かした。ヴィルヘルミナは教室に戻って、なんと言葉を掛けたものかが分からない。これまでのように必要性を感じないのではなく、何が必要になるかを理解できなかった。


「お前のように必要な言葉を与えるのは無理だ」


「ダチの傍にいてやるのに言葉が必要か?」


 そう言われるとヴィルヘルミナも過分な思考が止まった。言葉を掛ける必要がないというのが予想外の答えだったからだ。


 魔法には常に解答が要求される。決まった道を行くために決まった言葉を刻み、決まった式を創っていく。人間の感情に寄り添った考え方が欠如したヴィルヘルミナには、その魔法の基本そのものが精神構造となっていた。だから、考えられるはずがなかった。最初から何もかもが言葉ありきなのだから。


「ホレ、さっさと行け。寄り添い方が分からねぇなら、今すぐ行って学習してこい。それも授業だ。お前に課題としてくれてやるよ」


 背中をぽんと押されて、ヴィルヘルミナは何も言わずに教室へ駆けた。一度だけ振り返ると、ジョーがニカッと笑ながら手をひらひらと振って『がんばれよ』と口を動かしているのが見えた。


「(……誰かの言葉が刺さるのは、何度目かな)」


 思わず鍵を握りしめた。胸の中に溶けていく言葉に感情が創られていく。空っぽに見える欠けた心が、熱を帯びる。かつての自分とは違う、新しい自分が、ヴィルヘルミナの中に芽生え、緩やかに成長を始めた。


 教室の扉を開けると、自分の席に座っているアレックスを見つける。ぼんやりと頬杖を突き、窓の外にある青い空を見上げていたが、ヴィルヘルミナが入ってきたのに気付いて振り返った。


「やあ。まだ授業中なのに平気なのかい?」


「……私は、別に。お前が気になって」


 気まずそうに自分の席に座り、アレックスの横で黙り込んでしまう。


「君らしくないね。いつもならもっと複雑に言葉を並べるだろう」


「私には、お前を励ます言葉が見つからない」


「はははっ! だったらなおさら、らしくないじゃないか!」


 腹を抱えてけらけら笑い、納得したらアレックスはふうとひと息吐いて、それからぽつりと語り始める。ずっと遠くを見つめながら。


「私も昔は、兄や妹と仲良く話していたんだ。だけど、次第にそれもなくなった。私の魔力がいつまでたっても増えないから」


 ド・トゥールは魔法使いの家門としての歴史は長くない。それゆえに、能力に固執した。優れた人間であらねばならなかった。だから、成長の見込めないアレックスを見限って、腫れ物扱いしたのだ。ド・トゥール家の汚点として。


「辛かったなあ。私だけが取り残されて、皆に馬鹿にされる。魔法が好きだなんていったけど、実のところ逃げ出したかっただけなんだ。貴族なんてクソくらえって。見返してやりたかった。知識だけでも魔法使いになれると認めさせたかった」


 でも、と悲しそうに笑みを浮かべながら俯いた。


「私には何も与えられなかった。発想力も、記憶力も、人並みの魔力さえも。だから自分を鼓舞するために明るく振る舞った。誰に何を言われても私を崩さないために努力してきたが、それも限度がある。……さっきはキツくあたってしまった。君のせいじゃないのに、申し訳ないことを」


 黙って話に耳を傾けていたヴィルヘルミナが、ひとつ許せないことがある。ド・トゥール家という、魔法に縋ることに夢中で、我が子の才能ひとつ開花させられずに見捨てた者がいる。背負うべき責任を放棄した者がいる。にも拘わらず何も悪くないアレックスが謝罪の言葉を口にしてしまうのが嫌だった。


「────お前、魔導武拳を覚える気はないか?」

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