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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第37話「下を向いてる暇はない」

 冷たい、切り裂くような言葉だった。


 魔法の才能は誰にでもある、というのはヴィルヘルミナの持論だ。どれほど魔力がなかろうと、どれほど魔力が制御できないほど溢れていても、知識や知恵、経験があれば必ず魔法使いになれると信じた。


 だがアレックスは完全にそれを否定する。魔力がなく、人並みのことができず、限られた成長の時間の中で回りよりも得られるものが少ない。それのどこが、才能があると言えるのか。優れた能力がどこにあるのか、と。


「そりゃ違うんじゃねえのかなァ、アレックス・ド・トゥール?」


 返す言葉に悩んだヴィルヘルミナを手助けにジョーが割って入った。


「才能の壁が越えられねぇならぶち壊しちまえよ。才能があるだのないだの、下らねえことで下ばっか見てんじゃねぇ。最後まで戦ってもないくせに、てめえで壁を叩くのをやめといて、切れ味の良すぎる言葉を他人に向けてんなよ」


 アレックスの前に屈んで、ジョーはまっすぐ目を見つめる。重なった視線、鋭い目つき同士が、力強くぶつかって睨み合った。


「私の苦労を知りもしない人が、なぜそう言えるんです。私より少しだけ長生きしていれば、あなたの方が正しいんですか?」


「正しい。戦ってきた俺と、逃げてるお前では俺の方が正しい」


 アレックスも、傍にいたヴィルヘルミナでさえ驚いた。ジョー・ブルースは絶対に己を曲げない。強い信念という太い柱で立っている。攻撃的な物言いは重たく、だがアレックスの全てを否定しているわけではなかった。


「お前の人生はたかが十六年。かたや、俺は三十三年。どれだけ自分より優れた人間を見てきたと思ってやがる?」


「それは……でも、あなたには十分に魔力があるじゃないですか」


 恵まれた才能。ただ平凡に生まれるだけでも、アレックスにはそう見えた。


 だが、ジョーは決して慰めの言葉を掛けようとはしなかった。


「────なら退学しな。やる気のない奴のための枠はねぇんだ。入りたくて仕方がなかった奴に譲ってやれ。『私は合格できるだけの才能がありましたが、あなたが哀れだから恵んであげましょう』って言えるんならだけどな」


 できることなら全員が魔法を学べるようにすべきだ。だが、それではキャパシティを超過して、育てられるものも育たなくなる。集中して人材育成に努めるためには、学院という制度が必要だった。


 優れた人材の中から、さらにより優れた人材を。どこで才能がある、才能がないと言い始めたかを誰も知らない。ただ言えるのは、その才能ひとつで人生が左右されてしまう者が大勢いることだ。ジョーはそれが嫌いでたまらない。


「魔法が好きなんだろ。だったら現実に打ちのめされてる場合じゃねぇ。現実をひっくり返そうともがくのが、学院に来た理由じゃねぇのか」


 アレックスの渇望したもの。魔法が好きという理由を忘れそうになるほど、毎日少しずつ打ちのめされていた。誰かが出来て、自分には出来ない。誰かに出来なくて自分もできない。その繰り返し。明るいふりをして、胸の内に隠してきた本音が爆発してどうしようもないほど惨めだった気分が洗い流されていく。


 ただ黙って聞いていたヴィルヘルミナも強く感心する。人の心に寄り添う男の姿に、こうあるべきを見た気がした。そして、その真っすぐさを、なぜだかすぐ近くで見たような覚えがあると記憶におぼろげに浮かぶ。


「さ、他の奴らも黙って聞いてねぇで体を動かせ。アレックス・ド・トゥール。お前は教室に戻りな。俺の授業を受ける前に頭を冷やしてこい」


「……はい。ありがとうございました」


 気持ちを切り替えよう、とアレックスが頬をばしっと叩いて、胸の中にあるもやもやをきっちり整理するのには時間が必要だと教室へ戻っていく。足取りは強く軽やかだ。もう悩みは殆ど吹っ切れていた。


「お前のような者が、なぜネイロンのようなものを野放しに?」


「基本的には受験控えた四年の担当だったから授業には殆ど顔を出してなくてよ。だから、アイツとは職員室で顔は合わせたが、それ以外はな」


 関りが薄かったことにジョーは苦い顔をする。


「魔塔から来て慣れねえ仕事ばっかしてたもんでな。自分の生徒で手一杯なときに全体の状況なんか把握してられなかった。こいつばかりは俺のミスだ、疑いようもねぇよ。……悪かったな。お前に押し付けたみたいになっちまった」


「私は別に。お前の代わりにやったわけではないし」


 大きな手が嬉しそうにヴィルヘルミナの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「やめろ、せっかくフランチェスカが梳いてくれたのに」


 バシッと手を払う。ぎろっと睨んで不満をぶつけた。


「おっ、なんだ。アイツの同室か? なるほど、俺と気が合うわけだ!」


 感じていた既視感の正体にヴィルヘルミナが気付いて目を丸くする。


「フランチェスカにメリケンサックを渡したの、お前か?」


 ジョーは自信たっぷりに胸を拳でどんっ、と叩く。


「渾身の贈り物だったと思うぜ。雷の属性を扱いやすいように細工してある。ネイロンのクソったれは、贈り物としてはどうかと思うとか言いやがったが」


 腹立たしそうなジョーに申し訳なく思いつつも、贈り物にはどうなのだとネイロンには同意見だった。本人が大切そうに使っているのなら十分だが。


「さて、それよりお前のパートナーがいなくなっちまったな。そういうときは俺と組むことになってんだが、どうだ。────手合わせ、してみねぇか?」


 ぎゅっとつま先を踏みつけて、ヴィルヘルミナはつんとした態度で返す。


「寝言は寝て言え」

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