第36話「ままならない人生」
パワフルに声を張り上げて自分を誇った男の自己紹介は、演舞場を静まり返らせた。変わった教授だなあというのが大半の考えだったが、その瞬間に数人は微かに漏れ出た高い魔力に動揺する。
ヴィルヘルミナも、挨拶より魔力に反応を示す。
「……お前、強いな」
「さあて、どうだか。手合わせでもしてみるか?」
「いや、結構。手こずりそうだ」
魔力の量は大したものじゃない。だが質が良い。質は魔法を使う際のエネルギー効率の高さに直結する。ジョーは並の魔力ながら、ヴィルヘルミナをして『無傷で済むほどの軽い相手ではない』と直感するほどだ。
ネイロンとは明らかに格が違う。なぜ、彼のような魔法使いがいながらネイロンやレオのように無法な人間がのさばったのかがまるで分からなかった。
「なら、授業に混ざりな。今はちょうど魔法の基礎。最も重要な魔力操作について学ばせてる。身体強化魔法を使うことが何より最初だ」
「まったく同意見だ。魔力を体内に巡らせることに慣れなくてはな」
腕を組んでうんうん頷くヴィルヘルミナに、ジョーが大声で笑った。
「ガキのくせに分かった態度なのが気に入ったぜ! さ、誰かと組みな。互いに身体強化魔法を使って組んだ相手を肩車したままスクワット、三十回で交代だ!」
パートナーの決まっていないヴィルヘルミナとはアレックスが組むことになった。魔力が少なすぎるので身体強化魔法を完璧に扱え乃は難しい、と判断された。そのため比較的体重の軽いヴィルヘルミナはちょうどよかった。
「よろしく頼むよ、ミナ」
「こちらこそ。私はやらなくても平気だから、お前からにしよう」
「ふふ、気遣いが頼もしいね。では失礼して」
自分がアレックスにあてがわれた理由をヴィルヘルミナは分かっている。ジョーは見た目とは裏腹に魔法使いとしては格がある。千年前であってもそう数は多くない部類の優秀さを以て、誰が適任であるかの判断力に長けた。
そして、実際にアレックスの身体強化魔法は、言葉にすればするほど〝脆い〟と言わざるを得なかった。魔力も少なければ、質があるわけでもない。操作に長けているかと言えば平均以下だ。
「……アレックス。もう降ろせ、キツそうだぞ」
二十回を超えたところで体が震えている。華奢とはいえ四十キロはあるのだから、多少の強化程度では上手くいくはずもない。だが、それくらいのことができなければ立派な魔法使いなど夢のまた夢だ。
「大丈夫……っ! やりきる……!」
「いや、だめだ。無理をすることが正解じゃない」
意地で続けようとするアレックスを宥める。もう全身汗だくで顔色も悪い。もともと魔力の量も少ないのに無理をしたせいだと分かるくらいに息も絶え絶えで、よく続けようと思ったなと呆れてしまう。
「魔力の少ない人間は肉体への負荷が大きいんだ。こんな簡単に見える運動でも、下手をすれば魔法使いどころか、普通の生活にも支障が出るぞ」
「でも……。君とか、フランチェスカ先輩のようになるにはこれくらい……」
それが間違いだとヴィルヘルミナはかぶりを振った。
「若いうちは、まだ魔力の量も質も磨かれるものだ。なぜかと言えば、それは肉体的に未熟だから。ゆえに必要以上の負荷を掛ければ、先に肉体が壊れるだけだ。リターンの少なさに対してリスクが高すぎることは努力とは呼べない」
気分の悪そうなアレックスの背を、ぽんと優しく叩く。
「自分のできるペースでやれ。十分に時間はあるはずだろう」
「……うん。ごめん、私が無理を言い過ぎたね」
ふう、と落ち着いたアレックスが、その場に座り込んで空を仰ぐ。
「世の中はみ~んな大概のことは上手くいってるのに、なんでこんな人生なんだろって考えちゃうんだ。ほら、周りのみんなだって出来てるだろ?」
学院に入るにはきちんと試験も受けてやってきたエリートばかり。平凡な能力の人間は爪弾きにされるところを、アレックスは得意の知識と、最小限の魔力基準を満たしていたから入学を許された。知識という部門に絞れば、試験の内容としてはヴィルヘルミナに次ぐ成績だった。
だが、それだけではどうにもならない現実はある。授業を受けて、痛いほど身に沁みる。周囲が当たり前にできていることが自分にはできない、と。
「妹はすごい魔法使いだよ。私なんかとは出来が違う」
「ふうん。妹とは仲が良いのか?」
「いや。私は嫌ってないけど、向こうは私のことが嫌いみたいだ」
落ちこぼれ。軟弱者。ド・トゥールの恥。妹には関わるなと言われてしまうまで毛嫌いされた。魔法使いの道が狭すぎる人間に与えられた、厳しい言葉。それでも心を折れずになんとかやってきて、今もまだ耐えている状態だった。
「妹は首席で卒業して、今年から魔塔で研究に加わるんだとか」
「見返したいとか」
「どうかな。それほど対抗心は燃やしてないけど……」
「だが、見返さねばならないだろう?」
恨むような静かな視線が、ヴィルヘルミナに向けられた。
「君と一緒にされちゃ困る。軽々しく才能があるなんて、私には言わないでくれ」




