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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第30話「罪には罰を」

 名前を聞いたとき、ひやりとすると同時に、怒りが沸々と湧いてきた。フランチェスカは正義感が強く心の温かな少女だ。ヴィルヘルミナが最初に心を開いたと言ってもいい。それだけに危うくもある。余計なことに首を突っ込んで、軽い怪我で済めばいいが、世の中の大半がそうではない。特に、魔法使いの世界では。


「どこへ行った、教えろ。でなければお前から殺す」


 胸倉を掴んで迫られたクルトは顔を青くして驚いた。


「ええっ!? あ、えっと、第二校舎裏の使われてない演舞場に……」


「使われてない演舞場?」


 少女とは思えない腕力で胸倉を掴んで持ち上げられて、クルトは必死に自分の知っていることをぺらぺらと喋りだす。


「そ、そ、そう。 第二校舎も昔は外に演舞場があったんだけど、ずっと前に生徒が実演試験で魔力をうまく操れなくて、周辺に結構な被害が出たんだって。それで建物を簡易結界として屋内に演舞場を設置して、万が一暴走しても被害を最小限に抑えられるようにしたらしいよ。そのおかげで今は誰も使ってないんだ」


 話が的を射ないので、ヴィルヘルミナがイラッとして目尻がぴくっと動く。


「校舎から見える場所にあるんだろう。授業中でも目立つはずでは?」


「だけど、二年からは訓練と実演の方が多くて殆ど屋内演舞場にいるから……」


 ぱっと手を放す。地面に落ちたクルトが痛そうに腰をさすったが、ヴィルヘルミナは謝罪の言葉を述べることもなく、第二校舎へ走った。


 いかに才能があるといえども、魔力の制御を覚えたばかりの魔法使いの見習いだ。同級を何人も相手にできるほど強いはずもなく、負けるとは思わなかったが、苦戦を強いられることにはなるだろうと急ぐ。


「(怪我くらいなら治せるとしても、それがトラウマとなっては二度と魔法使いの道に戻れない。無理をしていなければいいが)」


 第二校舎に着いたら裏へ回り、使われていない演舞場を見つける。建物の陰から様子を窺うと確かに数人がいて、フランチェスカの姿もあった。


 だが、倒れている。フランチェスカが倒れて動かなかった。目の前にいる男も無傷ではない。全身にいくらか焼け焦げた跡はあったが、興奮しているのか痛みをほとんど感じていないように見えた。


「ちっ、このクソ女が。顔が良いからって生意気な態度取りやがって」


 足下にペッと血を吐いた青年が、フランチェスカを睨みつけて言った。取り巻きの生徒も少し戸惑いはあったものの、青年が勝てたことにホッとしていた。


「レオさん、どうします? このまま帰らないんすよね?」


「あたりめえだ、馬鹿か。……おい、記録用のスフィア出せ、持ってんだろ」


 スフィアと呼ばれる手に掴める程度の大きさをした球状の魔石には、様々な記録効果を持つ。映像や音声などが、その筆頭だ。専用の魔導具に嵌めれば白い壁に記録を映す機能を持ち、一般に流通している便利な道具である。


 だが、一方で良くない使われ方もあった。


「服をひん剥いて土下座させろ。良い機会だ、二度と逆らえねえようにしてやる。俺たちの都合良い奴隷みたいなもんだ、悪くない案だろ?」


「うっす! 名案っすね、レオさん!」


 なんと下品な連中だろうか。ヴィルヘルミナは怒りを通り越して、どす黒い殺意が胸の内に湧いた。気付いた時には、もう彼らの前に立っていた。


「……あ? 誰だ、お前?」


 レオが無警戒に睨みつけて、口角を緩くあげた。


「ああ、わかった。一年坊だな。見たことのない顔だ」


「フランチェスカに何をしている」


「見てわかんねえか。罰を与えるんだよ、俺たちに逆らった罰だ」


「……何が理由で?」


 淡々と返され、レオは少し訝しんだ。だが体格の小さなヴィルヘルミナを見て、この程度ならいくらでも力で押さえつけられると思ってニヤッと笑う。


「この馬鹿女が、俺の邪魔をしたからだ。ちっとばかし盗んだ酒を持ち込んで飲んでたくらいで口を挟んできた馬鹿な眼鏡野郎を殴ってストレス発散してたら、どっかから見てたのか、生意気に『そいつの代わりに相手になってやる』っつうから教育をしてやってたんだ。お前もこうなりたくないなら失せな」


 ああ、なるほど。と理解して、端的に整理した言葉を口にする。


「つまり規則も守れないゴミ共のために時間を使わせた挙句、フランチェスカを痛めつけて、あまつさえこれを教育だと。────救いようがないな」


 表情も変えず、ただ現実を醜い形で突きつけて、仰向けにした手は人差し指だけを伸ばし、くいっと小さく動かした次の瞬間に、恐怖が場を支配した。


「────《冥陰(めいいん)骸躯体(がいくたい)》」


 影の中から浮上する山羊の頭骨。胴体はなく、首から下を覆うように揺れ動く襤褸のような黒い布は、細長い腕と歪に大きな手の骨だけを露出させた。見た者がそれを表現するときは、必ず『悪魔がいた』と言った。


「生かしてはおいてやる。だが二度と魔法使いを名乗れると思うな」


 レオは狡賢い人間だ。それゆえの卑劣な手段を厭わない判断力に長けた。若々しい体は瞬発力を如何なく発揮して、フランチェスカを人質に取ろうとする。


「ハッ、何か分かんねえが、助かるにはこうするのがイチバン────」


 立ち止まった。体だけではない、思考さえも動きを忘れた。ヴィルヘルミナの背後にいたはずの悪魔はレオの前に無言で道を塞ぎ、両手に持った山鉈のような刃物が胸をずぶりと貫いていた。


 素早く引き抜かれた瞬間の出血する光景。後ろに倒れ込んだ体を駆け抜けた痛みは鋭く、レオは絶叫をあげた。悪魔はゆらりと彼の真上を浮遊し、逆手に持って刃をその体に突き立てる────それは、決して現実ではない。


 ヴィルヘルミナの前には、視界を虚空に晒して立ち尽くすだけの青年が三人。無抵抗に、それこそ今ならば胸を簡単に貫けてしまうような状態だった。


「これは強烈な幻覚だ。その悪魔は私が魔法を解くまでの間、お前たちに死への苦しみを与え続けるだろう。お前は何を見ているかな、青年」


 レオの胸にそっと手を当てて、ヴィルヘルミナは静かに言葉を紡ぐ。


「胸を何度も刃物で貫かれ続け、痛みを感じるのに死ねもしないか。生きたまま皮を剥がれる苦しみを味わっているか。それとも……いや、なんにしても苦しいだけだ。死ぬまでの痛みと恐怖を繰り返す幻惑の世界で、己の罪と向き合うがいい」


 気を失ったフランチェスカを両腕に抱え、ヴィルヘルミナは振り返りもせずに、青年たちが苦しみの中で、僅かな希望すら感じないほどの痛みに意識だけが叫び声をあげるのを背にして、黙って立ち去った。

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