第27話「立派な魔法使いに」
会いたくない大人。嫌いな大人。理屈で捻じ伏せて来る嫌味な大人。ヴィルヘルミナは、心底からウォルターが嫌いだ。生徒たちとは逆の理由で言葉が出てこなかった。魔塔から派遣されたのではなく、奴が選んでここに来たと分かった。
「……皆様は才能に溢れた魔法使いの卵です。この中から、いつか魔塔へ訪れる方々もいらっしゃるでしょう。こちら側に来るのは簡単なことではありません。ですが、必ず皆様なら、その扉を開いてくださると感じます」
視線が流れていき、最後に辿り着いたのは────。
「どうか、その将来が訪れることを楽しみにしています」
目が合った。ヴィルヘルミナはウォルターに対して殺気を隠さない。飄々とした男は決してそれを流すでもなく、受け止めるでもなく、くすっと笑って返す。
「さてさて。私も自己紹介を終えたわけですが、ホームルームが終わるまでは、まだ少しありますね。せっかくですから何か質問などあれば────」
サッ、と手を挙げたヴィルヘルミナが指名されるまでもなく言った。
「他の教授が良いです」
「いえ、そういうのではなく。人の心を道端に捨てて来ました?」
「他の教授を派遣できませんか」
「クレームは学院にどうぞ。私と漫才がしたいのなら付き合いますよ」
教室がどっと笑いに満ちる。ヴィルヘルミナは不満げだったが、ウォルターはニコニコとしていて、楽しそうだが本心がまったく見えなかった。
「ヴィルヘルミナ・デヴァルさん。才能があるのは分かりますが、学生の本分は学びです。それは魔法の基礎や社会的な常識だけでなく、あなたの日常に必要な人間性の構築も含まれています。私が嫌いでも発言には気を付けましょうね」
千年前であれば、力で分からせていただろうか。それとも相手にせず、そもそも接触すらしなかったかもしれない。子供の身というだけで、こうまで鎖に縛られているような不快感に絡めとられるものなのか。ヴィルヘルミナは苦虫を噛み潰したような気分に、手の平に爪が食い込むほど強く握りしめた。
「……失礼しました」
我慢する、というのは幼い頃に覚えた。周囲の多種多様な言動にも耐えてきた。嫌がらせを受けたときも、気にさえしなかった。どうせいつかは別れる相手なのだから構うだけ無駄な時間を割くことになる、と。
しかし、ウォルターはどうだろうか。距離があったにも関わらず、問題の穴を埋めて道を作り、わざわざヴィルヘルミナに接触することを選んだ。挙句に感情ではなく理屈で捻じ伏せ、ネイロンとは格の違う厄介さを見せつけた。
関わりたくなくとも、関わってくる。アレックスとは違って、そこに好意はない。優しい大人じゃないという言葉を理解させるように胸を突き刺さされた。
そのあとは、生徒たちから様々な質問が飛んだ。好きなもの。趣味。恋人はいるのかいないのか。平凡でどこにでもあるもので、魔法に関連する話はほとんどなかった。それでも丁寧にウォルターは全て答えて、茶化したりもしつつ、あっという間に生徒たちの心を掴む良い教授としての印象を植え付けた。
「────はい、それでは時間もあまり残っていませんので、一限目までの十五分をゆっくり休んで、準備も怠らないようにしてくださいね。それでは」
ウォルターが出て行くと、教室内は瞬く間にざわついた。新しい教授への興味で朝まで語り尽くせそうな勢いがあった。
だがアレックスは、隣の女子生徒に「かっこよかったね」と声を掛けられると、いつもとは違う冷たい表情をして、心底つまらなそうに────。
「どこが?」
ヴィルヘルミナも驚くような、退屈に満ちた声だった。しん、と静まり返った後、アレックスは馬鹿馬鹿しそうに鼻で笑う。
「私、悪い意味で取り繕った人間ってあまり好きじゃないんだよね。あのどうみても胡散臭い感じを見てかっこいいだなんて信じられない。きっと私たちのことを見下してるよ」
喧嘩を売られたと感じた生徒たちはアレックスを無意識的に仲間から外す。離れていく。話の合わない変わり者とレッテルを貼った。だが、独りで取り残された気分だったヴィルヘルミナだけが、アレックスの言葉を呑み込んでいた。
「意外だな。ああいうなんでも褒めそうな男に靡くものかと」
「私はこう見えて人を見る目はあると思うよ?」
ニヤッと笑って自信たっぷりに返されると、ヴィルヘルミナも少し見直す。ただ煩いだけだと思っていた同級生は、ずっとずっと賢く生きていた。
「ただのコンプレックスの塊だと思ってた」
以前、ネイロンの決闘の前に話したときは実力主義に対する迎合を感じた。だからウォルターの言葉には簡単に心が動かされても不思議ではないという印象だった。
「あはは! それは間違いない、私は魔力が殆どないからね。……だけど君が言っただろ。どちらに立つかをよく考えるように、って」
きっかけはネイロンが決闘で敗れたこと。ヴィルヘルミナの自信は決してカタチだけのものではなく、簡単に勝利してみせた。自分にはないものをたくさん持っていた。それでいて見下さず、希望を与えようともする。
勝手に友人と決めた相手は、心から尊敬できる人間だった。
「私はこれまで実績という型に嵌めて考えることを放棄していた。実績があるから正しい。実績があるから逆らってはいけない……。下らない。そんなものが嫌で、自分の家を飛び出して学院に来たはずなのに」
机に向かって荷物の整理をするヴィルヘルミナの頬を指でちょんと突く。
「君のおかげだよ、ミナ。初心者のくせに、上級者ぶって考えていたのが間違いだった。私もたくさんのことを学んで、立派な魔法使いになろうと思う」
「それは素晴らしいことだ。よく励むといい、私には関係ない」
一限目の教科書とノートを用意して、鉛筆を手でくるくる弄ぶ。明らかに無視に近かったが、それもまたいつもの関係だとアレックスは遠慮しなかった。
「関係ないことはないんだ、ミナ。君が言っていた魔導武拳とやらは聞いたこともない。学院でも、おそらく教えられる人間はいない」
鉛筆で遊ぶのをやめて、机に転がす。
「……はあ。私に教えろと言っているのか、教師でもないのに」
「だけど魔導武拳を君は使える。魔力がなくても戦う方法を知ってる」
「それはそうだが。私とて完璧に扱えるわけじゃないぞ」
言うは容易い。しかし技術はそうではない。あらゆる魔法を極めたヴィルヘルミナでさえ、魔力をほぼ使わない魔導武拳は完成されていなかった。開祖とされる武闘家であり幾度となく英雄に挑んだ男の編み出した、少ない力で大きな力を破壊する技術。最初から力のある者では扱いが難しいものだ。
「継承されていない技術を、私独自の解釈で理解して伝えるのはほぼ不可能だぞ。それでも構わないというのなら少しは教えてやれるが……」
「いいさ。それで私が今よりさらに高い場所へ行けるなら」




