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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第24話「そのうち見つかるもの」

 寮に帰るとカエデが談話室で二人が戻ってくるのを待っていた。ずぶ濡れになっているのを見て慌ててタオルを用意し、部屋で待機するように言うと、温かいココアを持って行くから待っていて欲しいと食堂へ向かった。


 言われた通りフランチェスカはヴィルヘルミナを部屋に連れていき、まるで動かない人形のように呆然としているので代わりに濡れた頭を拭く。


「何があったか知らねえけど、ちったあ元気出せよな。アタシの隣で辛気臭いツラされてっと、こっちまで悲しくなっちまいそうだ」


 心配しているんだぞ、とフランチェスカが悲しそうな顔をする。ヴィルヘルミナはそんな表情も言葉も届いておらず、ただ考え事をした。自分に今必要なものは何か。善行を積もうとしたことは無意味だったのか。自分の存在意義とは何か。────悩んで、悩んで、停滞した。


「……私は思い違いをしていたのか?」


「ん。どうしたよ、急に」


「私の思い描いたものは、手にする必要がないのではないかと言われた」


「あ~、何言ってるか分かんねえけど……」


 タオル越しに、両手で頬をぎゅっと押す。


「難しく考えすぎなんだろ。もっと気楽にいこうぜ、気楽に。何悩んでるか知らねえけど、必要かどうかなんて手にしてから決めりゃいいじゃん」


「手にしてから、決める?」


 盲点だったかもしれない、とヴィルヘルミナが少し驚いて目を丸くする。


「そりゃそうだろ。お前さ、思い切って初めての料理をしよう!……ってときに、でも上手く作れないかもしんねえからやめとけって言われて、やめんのか?」


 割りに良いこと言った、とでもいうふうにフランチェスカが腕を組んで頷き、得意げな顔をする。そして、まだ分かっていなさそうなヴィルヘルミナに続けた。


「お前の好きな魔法だってそんなもんじゃねえの。偉大なご先祖様ってのは、何もねえ場所から始まって、とにかくがむしゃらに色んな魔法を試したと思うんだよ。成功も失敗も、やるまでは分かんねえ。だから必死に研究したんだろ」


 それはそうだ、とヴィルヘルミナも頷く。言われるまでは無意識に行われて不思議にも感じない行動はある。些細な癖や習慣といったものは、本人でも自覚できていない当たり前となってしまった原理によって成立した。だから考えもしなかった。魔法を学ぶときの前向きな気持ちを片隅に置いて忘れてしまっていた。


「うむ……そうか。確かに、そういうものだ。少し思考の処理が上手くいかず、どうすればいいのか分からなくなっていた。お前の言う通りだな、フラン」


 思考を取り戻したヴィルヘルミナが、ようやく薄っすらと笑みを浮かべる。フランチェスカは、それを見て自信たっぷりな顔をした。


「だろ~? 気にし過ぎなんだよ。今はとりあえず自分らしくやってりゃ、そのうち答えなんか見つかるって。アタシの親父も言ってたぜ、『人生はがむしゃらに生きてこそ満ち足りたものになる』ってな。くだらねー受け売りだって笑ってくれてもいいけど、今のお前にゃぴったりなんじゃねーか?」


 よし、とフランチェスカが手を叩く。


「そうと決まりゃ、まずはシャワーでも浴びてきな。このままじゃ風邪引いちまう。二人一緒に入れればいいけど、部屋のヤツじゃ狭すぎるし」


「うむ……先に使ってくれてもいいぞ。私は風邪など引かない」


 譲ろうとして、額に勢いのあるデコピンがクリーンヒットする。


「いっ……たぁ!? 何故だ、私は悪いことをしていないだろう!」


「お前の方が長く雨に打たれてたんだぞ、馬鹿言ってねえでさっさと入れ。それとも脱がしてやんなきゃ入れないってか。仕方のない奴だな」


 肌に張り付く服を脱がそうと掴むので、ヴィルヘルミナは困った顔をする。


「やめろ、服くらい自分で脱げる! 子供扱いするんじゃない!」


「じゃあ年寄り扱いにしてやるよ。さ、脱がしてやるから暴れるんじゃねえ」


 二人がぎゃあぎゃあ騒いでるところへ扉がノックされ、ゆっくり開かれた。


「し、し、失礼しまぁ~す……。ココア持ってき……た、よ……?」


 カエデの思考回路がフリーズする。服を脱がされるヴィルヘルミナと、脱がしているフランチェスカの姿に理解が追い付かない。


「あばばばばば……! し、失礼しましたァ!」


 ばたんっ! と勢いよく扉が閉められ、カエデが去っていく。


「おい、その淹れたてのココア置いてけ!」


「お前はまず私の上から退け。蹴り飛ばすぞ」


 言いながら足はフランチェスカの顎を蹴った。


「いったいなあ……! 顎がふたつに割れたらどうすんだよ!」


「ふん、コメディアンとして生きていけばいいんじゃないか」


 びしょ濡れの服を床にべしゃっと落として、シャワールームの前にある棚からタオル一枚を肩に掛けて、不服そうな顔で吐き捨てるように言った。


 反抗の言葉が背中にぶつけられるが、無視をする。シャワーから流れる温かな湯を浴びながら、下がっていた体温が徐々に取り戻される感覚に安堵を覚えた。自分らしからぬひどい停滞だった、と溜息を吐いてから────。


「……礼すらまともに言えん。なんでだ、くそ。恥ずかしいのか?」


 顔が赤い。湯を浴びているせいだと言い訳をしながら、立ち止まっていた自分を迎えに来てくれたフランに『ありがとう』が言えないことを悩む。そして同時に、何故言えないのかが分からず、どきどきする自分の違和感にも悩んだ。

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