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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第22話「優しくない大人なもので」

 嘘偽りなど、そこにはなく。ただ真実のみが語られる口から吐き出された呪いのような言葉にクルスは理解する。自分はただの獲物に過ぎず、狩られる側であるとの認識があまりにも遅れてしまった、哀れなうさぎだと。


 ヴィルヘルミナが触れた瞬間に焼け焦げた体の傷は跡形もなく消え去り、浅かった呼吸と苦しみを訴えていた鼓動は穏やかさを取り戻す。それでも、体が動かせない。恐怖心に絡めとられ、ガタガタと震えた。


「……聞こえなかったか? ならこのまま全員殺しても────」


「そこまで。おやめになってください、ヴィルヘルミナ・デヴァル」


 振り返ると、何人もの魔塔の魔法使いたちが立っていた。先頭には、他よりも遥かに装飾の施された、権力を示すローブ姿の男。緑の髪を束ね、モノクル越しに見つめる温かな瞳が訴えるようにヴィルヘルミナを映す。


 また新手かと思ったが、そうではなさそうだと掴んでいたクルスの胸倉を突いて放す。対面した魔法使いを見て、なるほど、と即座に理解した。


「魔塔主だな。他とは明らかに違う、至高に近い領域にいる」


「お褒めに与り光栄です。ですが、今は置いておきましょう。粗相をした者の処遇を決めるのが先かと存じますが、いかがでしょうか」


 とても挑発には乗りそうにない雰囲気。柔和な外見の割には精神は鋼鉄の要塞が如く、ビクともしないであろうことが分かる。舌戦を仕掛けるのは時間の無駄になると判断して、ヴィルヘルミナは放っていた殺気を収めた。


「こいつらに生かしておくだけの価値があるのか?」


「まあ、優秀なのは認めざるを得ません。しかし、社会にはルールというものがあります、ヴィルヘルミナ嬢。彼らを裁くのは我々ではなく法律です」


 あくまで距離を置いた会話。確実に安全な場所だけを歩く穏やかな声。


「あなた様も本意ではないでしょう。人を殺すことは罪なれば、今回の件はこちらの不手際を認める他ありませんが、どうか手を引いて頂きたい。優秀な方を失うのは惜しい。よろしければ後日に正式な謝罪もさせてもらえれば、と」


 そういうことか、とヴィルヘルミナは舌打ちする。魔塔主は最初からタルボット兄弟については問題視していたが、その腕の良さから、あえて野放しにしつつも監視の目を置いていた。もしクルスがヴィルヘルミナを上回るようであれば見逃して、逆の状況に陥ったときには割って入るつもりだったのだ。


「少し二人だけでお話しませんか、ヴィルヘルミナ嬢」


「……」


 ちら、と殺すつもりだった男たちを一瞥してから、深いため息を吐く。


「食事が冷めないうちに帰りたい」


「ふふ、そう時間は取らせませんよ。ほんのちょっとです、ほんのちょっと」


 ニコニコしながら、指でつまむような動きをする。食えない男だと溜息が出た。ここで拒否をすれば、なんにしてもヴィルヘルミナが不利になるよう状況が動くのは目に見えている。戦わずして制するという別の形で、だ。


 それだけの権力と影響力を持つのが魔塔主の存在だった。


 結局、捕まえたクルスたちの身柄は魔塔に帰属するものとなり、ヴィルヘルミナが殺す寸前で食い止められた。魔塔主の男は簡単な指示を出してから「少しあちらで話しましょう。個人的なものですから」と、近くの建物の前を指差す。個人的、と言われれば、多少は場所を変えるくらいは普通だ。仕方なく従った。


「本当に失礼しました、ヴィルヘルミナ嬢。……あ、失礼。煙草を吸っても?」


「あまり似合わないな」


「よく言われます。若気の至りという奴ですよ」


 手に持ったまま咥え、指先に火を灯して煙草の先を燃やす。肺に溜めた煙を、ゆっくりと口から吐いて落ち着いたら、男はぽつりと言った。


「人間、全ての選択を正しくできたことなどないでしょう。私もそのタイプです。ちょっとした興味から煙草を吸ってしまった。……あぁ、自己紹介が遅れましたね。私の名前はウォルター。ウォルター・フィッツウィリアムです」


 よろしく、と伸ばされた手をじっと見て、嫌そうに握手を交わす。


「ははは! これは嫌われたものですね、そんな顔をしなくても!」


「何が可笑しい。さっさと本題を話せ。お前の失敗談を聞かせるために、わざわざ呼び止めたわけじゃないんだろう。私は時間を無駄にしたくない」


 仕方ないなあ、とウォルターは煙草片手に語り始めた。


「あなたほどの優れた魔法使いは初めて見ました。ネイロンとの映像記録も拝見させて頂いたのですが、驚きましたよ。魔塔でも他の方々は殆ど気付きませんでしたが、単身で結界魔法を使う子供がいるとは、常識外れが過ぎます。どうです、よかったら隅々まで肉体を解剖させてくれませんか?」


 冗談にしては不愉快だ、と視線で訴えるとウォルターはまた笑った。


「あはは。言い過ぎました、失礼。解剖してみたいというのは本心ですが、まあそれはそれとして、あなたは完成されすぎた人間です。何故学院に通っているのかも分からないくらいに。……その理由、聞かせてもらえたりします?」


 魔法使いにはよくある、知的好奇心という奴だ。何でも知りたがるのは性質的なもので、ときどきヴィルヘルミナ自身もそういった部分を発揮することはある。だからこそ、なんとも話しにくい男だと嫌な気分になりながら、はっきり答えた。


「優しいというものを知りたい。優しい心を持っていればよかったと言われた」


「優しい、ですか。すみません、私には答えかねますね」


 煙を吐き、フフッと声を漏らして曇った空を見上げた。


「私、優しい大人じゃありませんから」

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