第21話「殺意」
しばらく歩くと、あまり人通りのない場所までやってきた。魔法都市とはいえ全ての区画を余すことなく使っているということもなく、開発の最中で使われなくなった場所が点々とある。そのうちの一か所が、寮の区画から近い場所にあった。
「静かな場所でしょう。こちら側は魔法都市でも個人的な理由で中心部には馴染めない方が暮らしていたり、過去には寮でしたが整備の不行き届きなどもあって使われなくなった建物があるんです。そのうち改修する予定ではありますが」
「興味ない。それより、いつまで歩かせるつもりだ、話ならここでいいだろう」
ダルスは目を細めて黙り、部下の魔法使い二人に目配せする。合図を送られた魔法使いたちは顔を見合わせ、ヴィルヘルミナを背後から捕まえようとした。大きな布の袋とロープを持ち、身動きを取れないようにするつもりだ。
だが、二人の魔法使いの男は、何もない空を捕えただけで、そこにいたはずのヴィルヘルミナの姿がない。一瞬だけ黒い霧のようなものが視界にちらつき、ダルスもぎょっとして周囲を探す。
「どこを見ている。私が子供だから小さくて見えなかったのかな?」
転んだ男たちの後ろに立ち退屈そうに髪を弄って、鼻を鳴らす。
「……弟が決闘で負けたとは聞いていたが、多少は腕が立つらしいな」
ダルスが、捕えるのに失敗した部下を蹴りつけて退かす。
「役立たず共が。わざわざ後ろから襲わせたのにガキのひとりも捕まえられんとは。だから嫌いなんだ、三流の魔法使いは鈍間で敵わん」
髪を弄っていた手がぴたりと止まって、ヴィルヘルミナの視線が強まった。
「やるなら自分で来い。自分の尻も拭けないのか、小僧」
突然、子供とは思えぬ威圧感が全身を貫き、ダルスも目を見開いた。戦場で出会えば、誰がこれを子供と思うだろうかという警戒心が育っていく。
「お前のせいで弟は廃人寸前だ。この二日間、突然叫び声をあげては殺せと喚いている。俺としては可愛い弟の敵討ちをしてやろうと思ったわけだが……、中々に手強そうな奴だ。魔塔の魔法使いが怖くないと見える」
「お前の弟も魔塔から派遣されてきた奴だろう。怖がると思うか?」
挑発的に、今この場で最も相手を激高させるのに効果的な言葉を考えて、ヴィルヘルミナはダルスの目をまっすぐ見つめ、小馬鹿にするように鼻を鳴らして、僅かに口角をあげる。幼い頃は下手な演技も、今は見違えた。
「目の前で杖を捨ててまで逃げ惑う姿は滑稽だった。お前もそうしてやろうか」
「……貴様。少々いたぶって制裁を加えてやる程度に済ませるつもりだったが、予定変更だ。二度と魔法を学ぼうという気も起きなくさせてやる」
部下をまた蹴りつけて、さっさと戦う準備をしろと急かす。その間、ヴィルヘルミナはジッと見つめて簡単な分析を済ませた。
「(ダルス・タルボットの魔導具は指輪だな。等級としてはネイロンが使っていたものに比べれば劣るが、その分技術は兄の方が格がある。それが何と言われたら、大した問題にもならんのだが)」
嫌々ながらに戦おうとする部下の男たちは小さな杖を手に、多勢に無勢ならどうにでもなるだろう、と考えているのが手に取るように分かる。ダルスに逆らえないだけの哀れな魔法使い。ただし、道を誤ったのは本人たちの問題だ。ヴィルヘルミナが、慈悲を与えるだけの要素は何もなかった。
「俺の弟は将来性のある魔法使いだった。学院に通う多くのクズ共とは訳が違う。それをよくも踏み躙ってくれたな。たかが才能のないガキのために」
「……どいつもこいつも、才能がないだのなんだのと……」
苛立ちが募っていく。千年前であれば、魔力がなくとも知識と発想で皆を助ける者がいた。誰もが受け入れられた。共に道を歩んだ。ときには技術を奪い合うために殺し合いもしたが、だからといって相手を認めなかったことは一度もない。
自分の死が切っ掛けで戦争が起きたのなら、この問題は自分に責任があると言っても過言ではないだろう、とヴィルヘルミナは心底からうんざりする。ここまで魔法使いの質が下がるとは、と信じられなかった。
「おい、ダルス・タルボット。二度は言わないからよく聞け。────ここで退かないというのであれば殺す。家族がいようと関係ない。お前たちの後悔は受け止めてやるが、死にたくなければ今回のことには目を瞑ってやる、今すぐ失せろ」
出来る限り穏やかに言ったつもりだが、それはダルスの怒りに火を点けた。たかが子供が、弟を廃人へ追いやるばかりか今度は殺すとまで言ってきた。ならば、もはや手加減など必要ない。虚勢を叩き潰し、惨たらしい姿に変えてやる、と。
「ふざけるな、クソガキが……! ここで殺されるとしたら、お前の方だ!」
ヴィルヘルミナに向かって手を構えた瞬間。何が起きたかも分からないまま、全身が真っ黒に焼け焦げ、およそ痛みというものを理解するよりも先に意識が飛んだ。分かるのは、何かが当たって弾け、強い光に視界を奪われたことだけ。
「────《雷閃》は速過ぎて見えなかったろう? 痛みもなかったはずだ。安心しろ、殺すとはいったが、この程度なら死にはしない」
連れて来られた部下の男たちは悲鳴を上げ、腰を抜かして走り去ろうとする。だが、ヴィルヘルミナはそう簡単に逃がさない。腕を真っすぐ伸ばして広げた手を、ぎゅっと握った瞬間に、男たちは陰から伸びた無数の腕に掴まって地面に磔にされる。身動きが取れず、悲鳴をあげないよう口も塞がれた。
「……さて。取引と行こう、ダルス・タルボット。────あちらの二人が死ぬか、お前だけが死ぬか。どちらか好きな方を選べ」




