第20話「尾を引く問題」
◇◇◇
「いやあ~っ、お前もやるねえ。あのネイロン教授が担任から降りたらしいじゃねえの。決闘したって聞いたけど、アタシの後輩は優秀なもんだ」
自室でうんざりするほどフランチェスカの褒め言葉を聞かされ続けて、一時間。絶え間なく浴びせられる賛美は、度が過ぎると毒にすら思えてくるものだった。
「別に大したことはしてない。だから少し静かにしてくれないか」
「え~、でもよ。ネイロン教授のこともあって、今日は休講だぜ。此処は娯楽もないから退屈じゃん。なんかメシでも食べに行かね?」
あまりにも自由に話しかけてくるので、魔導書の執筆が上手くいかない。仕方なく本を閉じて、呆れながらも提案に乗ることにした。
「わかった。少し小腹も空いたところだ」
「おっ、話が分かるじゃん。食堂行こうぜ!」
「自分で作るのは遠慮しておきたいんだが」
「アタシがオムライス作ってやるよ、どう?」
ヴィルヘルミナの体が、ほんの僅かにぴくっと動く。
「……たべる」
「おっ、マジ? 好きな食べ物だったか!」
「片手間に食べられたから」
昔は弟子たちが手作りして、ひたすら研究に没頭する自分に作ってくれたなと思い出す。考えてみれば、いつだって世話の焼ける師匠だったのかもしれない。
『お師匠様、ごはん出来ましたよ! 今日は師匠の好きなオムライスです!』
ふいに、弟子だった少女の笑顔が思い浮かんだ。いつだって世話をしてくれた愛弟子。聞き分けがよく、魔法の才能は誰よりも持っていた。────いつか、それが自分の背中を刺すと、誰が思うだろうか?
「ヘイ、ヘルミーナ。アタシの話聞こえてっか」
「あっ……。すまない、考え事を」
「別に構いやしねえよ。それより早く行こう、腹減っちまった!」
寮は騒がしい。初日と比べれば、右も左も暇を持て余す生徒たちでごった返している。ひとつの寮に対して人数は多くないが、それでも何十人かはいる。誰も彼もが魔法とは関係のない話で盛り上がっていて、ヴィルヘルミナは呆れてしまった。
「お前にしてもそうだが、暇を持て余したときこそ魔法を学ぶべきでは?」
「そりゃそうだけど、学院の外じゃあ正当な理由もなく魔法を使うのは禁止されてんだよ。だから暇を持て余してんのさ。演舞場、封鎖されてるから」
いつもならば、演舞場は解放されている。だがネイロンとヴィルヘルミナの決闘の後に『私的な利用を行うなど言語道断。ましてや生徒と教師で決闘はあり得るべきことではない』という学院の判断のもと、観客と化していた生徒たちも同罪として数日の演舞場の使用禁止令が出ていた。
主な責任の一端を担うヴィルヘルミナが気まずそうに視線を逸らす。
「ま、今日くらいは休みだと思って気楽にした方がいいぜ」
「休むほど疲れてもいないんだがな」
「それでもだよ。本人的にはフツーでも頭は疲れてたりするもんだって」
「だからオムライスを作ってくれるんだろう。期待してるさ」
和気藹々と食堂に入ろうとしたところで、二人は呼び止められる。振り返ると、寮の玄関先からカエデがぱたぱたとスリッパで駆けてきた。
「ご、ご、ごめんなさい、呼び止めちゃって……。ヴィルヘルミナさん、ちょっといいかな? あなたと話がしたいという人たちが来ていて……」
「ん。ああ、わかった。少しくらいなら時間を取ろう」
ちらっと横目にフランチェスカを見る。
「おう、準備して待っとくから早く帰ってこいよ」
察した様子で肩をばしっと叩かれて、いちいち乱暴でガサツだなと思いながらも、意図が伝わったことにはホッとする。簡単なアイコンタクトとはいえ、同室の付き合いとしてはまだ数日だ。話した時間も短いので不安要素ではあった。
「じゃ、じゃあ、来て。ふ、二日前のネイロン教授の件とか言ってて……」
「なんだ、学院の人間が小言でも言いに来たのか?」
面倒このうえないな、と時間の無駄を感じながらも玄関先へ向かう。
待っていたのは、暗い紫色のローブに身を纏った数人の魔法使い。明らかに学院の生徒とも、何人か見掛けた教授たちとも違う、重みのある雰囲気をした。
「(……はあ、長くなりそうだ。オムライス、食べたかったな)」
また面倒くさそうな連中がきてしまったと頭をガリガリ掻く。カエデにはひとりで大丈夫だと伝えて、魔法使いたちに声を掛ける。代表らしい男がフードを脱いで顔を露わにすると、ニコニコと穏やかそうな笑みを向けた。
「初めまして、ヴィルヘルミナ・デヴァル。私はダルス・タルボットだ」
「タルボット……ああ、ネイロン教授殿の。訴状でも叩きつけに?」
「はは。確かに先日は弟が世話にはなりましたが、今日は魔塔の派遣で来ました」
学徒の好奇心に注がれる視線を一瞥して、ダルスはまた微笑んで言った。
「出来れば、静かなところでお話いたしましょう。此処は人目が多過ぎますから」
「具体的に頼むよ。わざわざ人目を避ける理由が分からない」
「なに、魔塔は秘匿主義の集団ゆえ。ご案内しますので、ついてきてください」
胡乱な連中だとは肌で感じたが、だからといって気に留めるほどのこともない。ヴィルヘルミナはうんざりしながらも、ひとまずダルスたちの後をついていく。長話にだけはならないでほしい、と密やかに溜息を吐いた。




