第2話「孤児院に来た男」
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ヴィルヘルミナ。それが、ある者に与えられた、二度目の人生における名前である。世に産まれたときから魔法の才能に恵まれ、将来を約束されたも同然────と言えば聞こえのいい孤児だった。
多種多様な人々が存在する中で、ヴィルヘルミナは世界的にも極めて稀な白銀の髪に燃え立つ真紅の瞳を抱いて生まれた。しかし、それは凶兆の証だ。決して褒められた外見ではなく、見る者に不幸をもたらすとまで言われる。
かといってヴィルヘルミナがそれを気にすることはない。捨てられていた自分を拾った孤児院に対して、特別な恩も感情も持たなかった。どちらかといえば、興味がない。何事にも。いくらか心の広い者が集まる孤児院でさえ持て余すほどの不気味さで、齢四歳にして、熟達した年相応の大人でもそう読む機会のない魔法関連の書籍ばかりを読み漁っていた。それも、心底退屈そうに。
周囲の環境には馴染もうとせず我が道を往く。そんなふうに誰の目にも映った。孤児院で暮らす子供たちも、いじめるでもなく怖がって近付きもしない。年長の子供が近付いて「一緒に遊ばない?」と声を掛ける。けれども歳に似合わず、殺すような目つきで睨んで追い払い、また文字の羅列に視線を落とす。
同じ日々が繰り返された。やはり凶兆は正しかったのだと誰もが思った。
「(……下らん。私には子供の遊びに興じる理由などないんだから)」
魔法書は非情に退屈な内容だ。それでも、児戯に混ざるよりはマシだった。
だが、ある日突然に転機は訪れる。とある子爵家が我が子に恵まれず、跡取りを育てたいという理由で子供を引き取りたいと言って足を運んだ。
誰が選ばれるかは分からない。子供たちにとっては自分をアピールして今の生活から抜け出す好機になる。誰もが出来るだけの身なりを整えたり、愛らしさを見せる練習をするために鏡の前で可愛く話してみたり、幼い振る舞いをして興味を惹く練習をした。────ヴィルヘルミナを除いて。
選ばれる理由もない。選ばれるわけがない。彼女は凶兆そのものなのだから、わざわざめかしこんで自分を売り込む必要がない。孤児院からは出られない。大人になるまではどこへも巣立てない存在だと、誰もが競争の中で相手にもしなかった。
もちろん、当の本人も選ばれる気がさらさらないので、さっさと大人になったら孤児院を出て行こうと思った。凶兆の証とも呼ばれる外見では、若ければ若いほど他人の信用を得られない。子供が独りで生きていくには難しい世界だったから。
「わざわざお越しくださってありがとうございます、子爵様。本日は子供たちも大好きな子爵様に選んで頂けるよう努めてまいりました」
相手が名のある子爵家というのもあって、院長はゴマすりに必死だ。なにしろ子供を引き受けたいと申し出た子爵が支援として大金を用意したのだから。
「(なんともはや浅ましい人間もいたものだ。何をそうまで必死になるのかが分からない。子爵も、子供たちや他の職員より肥え太った院長が職員とは違って夜な夜な金庫の札束を数えているとは思うまい)」
どうせ自分は選ばれることはない、と他の子供たちが子爵に擦り寄って猛アピールする中で、やはり相変わらず淡々と本を読んでいた。魔法に関連する書物で孤児院にあったものは全て読み終わったので、今は歴史について学んでいた。
「ちょっと失礼。院長さん、あちらの子は?」
「え……。あ、ああ、アレですか。やめておいた方がいいかと」
院長の言葉に子供たちも同調しながら、まさかヴィルヘルミナが選ばれるのではないかという動揺が広がった。白銀の髪に真紅の瞳。悪魔の子とさえ呼ばれて忌避された子供が、子爵の目に留まったのだ。
「少しだけ話をさせてもらえますか」
「で、ですが子爵様。あの子は凶兆の子でして、今回のことでもまるで努力などせず、子爵様に選ばれるつもりもないのですよ。ですが他の子は────」
必死に止めるが、子爵は話を聞こうとしない。首を横に振り、残念なものでも見るかのように院長に憐れみの視線を送り、呆れた溜息と共に側を離れて、淡々と本を読み続けるヴィルヘルミナに声を掛けた。
「やあ、こんにちは。君の名前を教えてくれるかい?」
「……ヴィルヘルミナ」
子爵は部屋の隅で座り込んで本を読むヴィルヘルミナに極力、視線を合わせようと低く屈んで、帽子を両手にやんわりと抱えながら穏やかな声をする。
「私はマーロン・ル・ポール・ド・デヴァル。デヴァル子爵家の当主を務めているんだ。実は、おじさんには子供ができなくてね。誰か子供を引き取りたいと思って訪ねたんだが、どうして君は端っこに座っているんだい?」
ヴィルヘルミナは退屈そうに顔をあげて、眠たそうな瞳で言った。
「興味がない。此処にも、外にも」
「ふふ、そうかね。では君が読んでいる本は? 興味があるのか?」
四歳の子供が歴史本に興味があるのは意外だったが、読書を好むのは知識と感性を蓄えようとする人間のやることだ。マーロンは彼女ならば養子に迎えても良いのではないかと感じた。他の子どもたちのように地位や名誉に興味もなく、与えられる知識を抵抗なく受け入れられる、子爵家に相応しい子供ならば。
「歴史に興味はない。ただ……」
ふわあ、と大きなあくびをして、ぱたんと本を閉じた。
「何かを極めるのは嫌いじゃない。孤児院の魔法書は読み尽くしてしまった」
「はは、子供らしさを感じないが悪くない」
子爵はにっこりと微笑んで、少女に手を差し出す。
「君さえ良ければうちで暮らさないか。これでも魔法使いの家系なんだ。嫌いでないのなら、私の書庫にある本は全て君にあげよう」




