第17話「理解しがたい思想」
魔法は身分に囚われない。これまで優れた魔法使いを輩出してきた家門でさえ、あるときには魔力を持たない子供が生まれてしまうこともある。だから実力主義。だから魔法を使える者の方が立場を持った。
ネイロンはまさに、その実力主義の典型例。自分の方が優れた地位にいるのは他の者よりも魔法に精通しているからで、生徒たちは自分に教えを乞わねばならない弱者という立場に他ならないと考える人間だ。
とことん、ヴィルヘルミナとは反りが合わない。たとえ実力主義だったとしても、それが他人を見下しても良い、とはならない。魔法は誰にでも努力する権利と才能が与えられるもので、決して他の誰かが土足で踏み荒らすのを見過ごせず、ネイロンが挑発に乗るよう仕向けて、どこまでも自分を敵視させた。
「……クソガキめ。デヴァル家の人間だからといって、此処では身分など通用しないぞ。恥を掻きたくないなら、今ここで謝罪すべきだろう」
「悪いが掻くほどの恥を持っていない。いくらでも受けて立つが」
生徒の態度が気に食わない不愉快さを抑えるために、ネイロンは深呼吸をする。冷静になれ、たかが入学してきたばかりのガキではないか、と。
「その減らず口を矯正してやろう。ちょうど、この第三校舎には外に演舞場がある。お前たちが魔法を競い合い、卒業までに腕を磨くために使う場所だが……問題があれば決闘を行うためにもつかわれる。正しさを証明したいなら腕を示すのが手っ取り早い。ここで講義をやる予定だったが変更だ。まずは魔法使いとして認められたものがどれだけの腕を持つかを教えてやらねばならん」
ふん、と鼻を鳴らす。下らない話だと適当に聞き流していたヴィルヘルミナは、ネイロンがいかにして自分を追い詰めているかに、いつ気付くかを静観する。
「ほら、全員移動しろ! 外の演舞場に移って待機だ!」
先陣を切って床を強く踏んで怒りを隠しもしないネイロンに、生徒たちも戸惑いながらついていった。ヴィルヘルミナは大きなあくびをして、最後尾を歩く。
「ちょっと、ミナ。初日から問題なんか起こして大丈夫かい?」
「何が。私の経歴に瑕がつくとか、そういう話か」
「そりゃそうさ。我が強いのは良いことだけど、家門のことも考えたら……」
「お前は家門のことを考えて入学を決意したんだったか?」
痛いところを突かれて口を噤み、アレックスは素知らぬ顔で視線を逃がす。
「フッ、まあ安心しろ。あの程度の魔法使いならいくらでも見てきた。とはいえ考え方に関しては三流もいいところだ。今の時代の思想は私には合わない」
「たまに老人みたいなこと言うよね。今の時代の人間だろ、君も」
それはそうかもしれないが、と思ったがヴィルヘルミナは言葉を胸の奥にしまい込む。言ったところで信じてもらえないし、信じてもらいたいとも思わない。誰かが知るべき情報でもなければ、知って何かが分かるものでもない。
「ともかく、あのネイロンという男では私には勝てないよ。アレックス、お前くらいの実力でも勝てるかもしれんぞ」
「私は魔力がないんだが、君はそれでも勝てるって?」
アレックスが足を止める。少し先を行って、ヴィルヘルミナは振り返った。
「勝てるよ。魔力をほとんど持たないなら、魔導武拳くらいは使えるんだろう?」
「……なにそれ、聞いた事もないよ。それに君はネイロン教授を甘く見過ぎだ」
自身に才能がないことを認めるような気がしつつも、友人が黙って決闘に臨むのは見ていられない。アレックスは握りしめた拳を震わせ、俯きながら────。
「彼の経歴を知らないだろ。去年から魔法使いのレベルを段階的に引き上げようって試みで、魔塔から派遣されてきたエリートなんだ。教職に就くよりも、ずっと他にやることがあっておかしくないんだよ。戦闘系の魔法に特化していて、これまでに何人も邪法使いを────」
ヴィルヘルミナがうんざりした顔で、首に提げた鍵を触った。
「だから?」
お喋りで愉快だが、お節介。必要もないのに助言をしてきて、まるで自分の居場所を伝える蚊のようにうるさい。聞くに堪えない、と苛立った。
「だから才能がないと決めた人間に呪いの言葉を吐いて縛りあげてもいいのか。だから苦しんでる人間の心を平気で殺せるのか。なんの罪を背負う覚悟もなく、自分の方が正しいと執拗に言って聞かせ、他人の人生を踏み躙って笑みを浮かべるのか」
顔を青くするアレックスに背を向けて、ふん、と呆れて溜息を吐く。
「少なくとも、私は他人の命を奪うことに責任は負って生きてきた。復讐をされても仕方ないと、私自身に言い聞かせてきた。他人の命を奪い、心を壊すことを正当化した瞬間から、我々は人ではなくなってしまう」
時間を無駄にした、と歩き出す。誰かに迎合する生き方などクソくらえだ。ヴィルヘルミナにとって魔法とは尊いものだ。誰かの言葉に従って生きることも、誰かを言葉で従わせることも、可能性を奪うのなら価値はない。
「あのような人間も、あのような人間を迎合する社会も。存在することこそが私にとっての恥でしかない。お前はどちらに立つべきかをよく考えることだな」




