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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第16話「気に喰わない態度」

◇◇◇




 教室は騒がしい。勉強家の魔法使いというばかりでもなく『魔法使い』というものをステータスのようなものと捉えている生徒もいる。特に貴族出身の者に目立ち、わざわざ魔法の研究をする気はないが、家業を継ぐうえで優秀な学歴を重視した。そのほうが顧客のウケがいいから、と。


 馬鹿げた話ではあるが、ヴィルヘルミナはそれを聞いても、さして何を思うところもなかった。最初からなる気のない人間に構う時間の方が勿体なかった。


 今、最も興味を惹くのは自分達を担当する魔法使いのことである。なにしろ、同室であるフランチェスカに対して才能がないと言い切った者と分かったからだ。こればかりは、腹の中がちくちくするような苛立ちを覚えていた。


「何をカリカリしてるんだい、ミナ?」


 隣の席に座るアレックスを一瞥して、頬杖を突きながら窓の外に視線を戻す。


「才能がないと他人に言える頭の空っぽな人間が羨ましいと思ってな」


「……えっと、なんの話?」


「平凡に生きられるのも才能かもしれない、という話さ」


 何も考えず、自分の中の常識というものさしだけで他人を測れるのは、気楽なものだ。他者の思考の余地がないのだから。周囲からすれば迷惑極まりない。


 魔法は発展すべきもので、誰もが可能性を秘めた特異な存在だ。たとえ指先に火を灯す程度の魔法しか使えなくとも、それは何かを成し得る可能性を秘めた才能となる。おいそれと才能がないなど否定していいはずがない。ヴィルヘルミナは、何をするにもフランチェスカに投げつけられた心ない言葉が気に入らなかった。


「あ、教授が来たみたいだ。今日から授業が始まるんだったね」


「……そうだな」


 どんな顔をしているのか拝んでやろう、と目を向ける。教壇の前に立って、二百五十人の新入生を纏めようという担当教授を見るなり、気分が下がった。


「性格は外見に出ると言うが、まさにその通りだな」


 常に不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、唇の端を噛みながら値踏みでもするかのように新入生たちをじろっと見て、大げさに溜息を吐く。


「俺が入って来て静かにすることもできんのか。魔法使いになろうというのが、このレベルでは教え甲斐もない。小さい声で話せば聞こえないとでも」


 手に持っていた黒いボードを教壇にばしっと叩きつけた。


「ネイロン・タルボット。お前たちの担当になった教授の名前だ、覚えとけよ。人数が多いからいちいち出席は取らんが、全員の顔と名前は分かってる。出来の悪い奴に教えることはない、よく頭に叩き込んで理解しとけ」


 目つきと態度の悪さが鼻に衝く男で、肩まで伸ばした髪を手で軽く梳き、新入生を鼻で笑った。こんな連中、どうせなんの才能もないと内心で切り捨てた。


「去年の連中はどいつもこいつも無能だった。特に、魔力の制御すらできん奴がいたのには驚かされたよ。お前たちが、そんなグズではないことを祈るばかりだ」


 ネイロンが入ってくるまでの和気藹々とした空気は、緊張感に支配される。ただの肩書欲しさにやってきた者たちも、彼が相手では真面目に授業を受けざるを得ないと息を呑んだ。


 よしよし、最初の第一印象が肝心だからなと自分の優位性を誇示するネイロンは、教室の空気の変わりように満足げな、にいっと笑みを浮かべる。子供など恐怖心や焦燥感を煽るだけで簡単に言うことを聞く。問題にあげられれば、適当な言い訳をして逃げ回ればいい。そう考えていた。


 だが、ひとりだけ。退屈そうにあくびをして頬杖を突き、窓の外を眺める生徒がいるのに気付く。白銀の長い髪に、燃えるような赤い瞳の印象的な娘。凶兆の証とも言われる外見は、ネイロンをして『嫌な気配』と思わせた。


 そしてまさしく、彼にとってその通りになる瞬間がやってきた。


「おい、そこの。ヴィルヘルミナ・デヴァルだな。名家の人間がよくも人の話も聞きもせずに窓の外なんぞ眺められたもんだ。態度を改めろ」


 あえて名指しをすることで羞恥心を煽る。集団の中で辱められれば、大抵は大人でも子供でも口を噤んで何も言えなくなるからだ。名家の人間ともなると、家門の瑕となるのを恐れて、すぐさま謝罪する────はずだった。


「態度か。そちらも教師としての態度には見えないが」


「あ……? 今、お前なんて言ったんだ、よく聞こえなかったな?」


 苦笑いを浮かべて呆れつつも、もう一度だけチャンスを与える。何かの冗談のつもりだったに違いない。今に謝罪の言葉を口にする、と。


 そうなったかもしれない。残念ながら相手がヴィルヘルミナでなければ。


「二度も言わなければならないほど耳が遠いのか。ああ、だからデカい声で喋ってたわけだ。察してやれなくて悪いな、ネイロン教授殿」


 思わぬ言葉に、声が出てこない。教室がざわつき始めて、ネイロンがようやく黒いボードを教壇に思いきり叩きつけて静かにさせた。深呼吸をして、これは何か悪い夢でも見ているんだろう、と自分を納得させる。


「おい、それがものを教わる人間の態度か。俺は教授だ、お前よりも何年も長生きしてる。魔法は実力主義の社会だって当たり前のことから教えてやろうか」


 ヴィルヘルミナは、その言葉を待っていたとばかりに口角をあげた。


「構わないとも。わざわざ教えてくれるなんて楽しみだ」

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