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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第13話「生活の拠点」

「せっかく会えたってのに喧嘩もなんだしよォ。ここらでひと息と行こうぜ。ほら────ここが、ル・フェイ通り。俺たちの寮がある区画だ!」


 目の前には、ひとつの小さな噴水広場を中心に囲むいくつかの寮がある。


 似たような建物だが僅かにデザインが異なり、噴水広場に面した建物には、それぞれ目立つように杖やホウキなどのシンボルが飾られていた。


「名家出身の奴らは寮なんか泊まれないってんで、魔塔とか学院にお布施をして都内にある借家を使うらしいんだけど、俺には縁のない話だな!」


「ふうん。ということは、君は平民出身なのか」


 遠慮のない問いにもエリアスは笑顔で答えた。


「ああ、平民だよ。親父は商館で働いてんだ。それで俺を魔法学院に通わせてくれてんだぜ。期待にはバッチリ応えてやんねーとな」


「立派だねえ。それで、私たちの寮はどこになるんだい?」


 そろそろ荷物を下ろしたいと言うようにトランクを高く持つ。エリアスはちょっと待ってろ、とローブのポケットに折りたたんで入れていた紙を取り出した。


「名簿リスト貰ってんだ。どこの寮に入るかは事前に決まってるから……」


 どれどれ、と広げた名簿リストに指を差しながら二人の名前を探す。


「ヴィルヘルミナは、あっちの剣のシンボルがある第二寮だな。んでアレックスが第三寮。俺は第四寮だから案内はここまでだ。部屋は二人一組で学年混合だから、誰が同室になるかは寮長から聞いてくれるか」


 地区までの案内役は寮長から代表で一名が選ばれる。エリアスは、その仕事を全うしたら、次は自分の寮生たちの世話を焼かなくてはならなかった。


 見た目は不良的でも、根の真面目さと底抜けの明るさが、代表に選ばれた理由を物語っている。良き友人とやらになれるだろうか、とヴィルヘルミナは考えた。


「なに難しい顔してるんだい、ミナ。まさか彼に恋でもした?」


「私が嗜好に依存する人間だとでも」


「まさか、ジョークさ。君、会ったときから険しい顔ばかりだろ」


「……別に、そういう顔付きだ。色恋など一度もない」


「はは、なんとなく分かるよ。私も恋愛なんて興味もないし」


 明るい性格に見えるが、アレックスが背負ったものの大きさをヴィルヘルミナは理解している。魔力のない人間が魔法学院に通いたいと無理を通してやってくるのだから、相応の覚悟があってのことで、他人の介入する余地などない、と。


「別に必要ないだろう。そんなものは学院を卒業してからで十分だ」


「違いない。……さて、そろそろ行かないと。寮が違うのは残念だよ」


「いつでも会える。そう難しく考えることはないはずだが」


「分かってないなあ」


 ちっちっ、と指を振って不満げにアレックスが言う。


「最初の友人とは卒業まで仲良くいたいものさ。まあ、とはいえ君の言う通り会えないこともない。これからも会いに来るよ、マドモアゼル。では、失礼!」


 ぱちっ、とウィンクをして敬礼でもするように額に手を置き、ビシッと決めて風のように去って行った。どいつもこいつも自由だな、とヴィルヘルミナは半ばどうでもよさそうに剣のシンボルが示す、ル・フェイ第二寮へ足を向けた。


「私の寮……私の部屋……変な奴が相部屋でなければいいんだが」


 頭の中を過る、アレックスの笑顔に、無意識に体がぶるっと震えた。


「……あまり五月蠅い奴が来ませんように」


 学院での魔法に関する授業など期待はしていない。だが、マーロンやアメリエの思惑通りであれば、魔法学院で大勢と関わることで、自身の欠如しているらしい感情をもっと具体的に理解して、得られるものがあるのではないかとヴィルヘルミナは考えている。そして余った時間は、過去の自身が成せないままであった魔法の伝承────魔導書を製作することに費やしたい、と秘かな意気込みがあった。


「こ、こんにちは……。あなたが第二寮に来る予定の新入生さん……?」


 寮のロビーに足を踏み入れるなり、背後から声を掛けられてぞくっとする。あまり他人の気配を見逃すことはないのだが、十年の間に平和ボケしてしまったのかもしれない、と鼓動を僅かに加速させながら振り返った。


「ヴィルヘルミナ・デヴァルだ。エリアス寮長から、私の配属先である寮がこちらだと聞いて伺ったのだが、間違ってはいないか」


 影の薄い、しかし目の当たりにすると淀んだ雰囲気を纏う、陰気な少女。真っ黒な長い髪が、顔の半分を覆って隠している。少しだけ柔和な印象を与えるのは、愛らしさを感じるそばかすくらいなものだった。


「だ、第二寮長のカエデ・ロザミアよ……。陰気でごめんなさい……」


「謝るならシャキッとしろ」


「ひいっ! す、すみません、すみません、私が悪いんですぅ!」


「や、やめろ、泣くな。私はそんなつもりで言ったんじゃない……!」


 泣き喚く子供は苦手だ。対処のしようがない。ヴィルヘルミナが経験できないことのひとつが、子供の相手。特に赤子のように泣きわめいた場合である。


「うぅっ……。ごめんなさいぃ……わた、私、話すの苦手なのに寮長になってしまって、不甲斐なくて……先輩なのにしっかりしないとよね」


「なんでも構わんが泣くのはやめてくれ、苦手なんだ」


 しゃがみこんでいたカエデが立ちあがり、涙を指で拭って微笑む。


「ありがとう、君みたいな優しい子がきてくれて嬉しいわ。家でも怒られてばかりだったから、注意されるとつい縮こまっちゃって……ごめんなさい」


「ああ。それで、私が暮らす寮は此処で間違ってないんだな?」


 いい加減にしてくれと思いながらも表情には出さず、何を言っても刺激しそうだからと当たり障りない言葉で話を進めようとする。カエデはうん、と頷いた。


「あなたの部屋は二階よ、ヴィルヘルミナさん。もう皆が自分の部屋の片づけを始めてるわ。何も始まっていないの、あなたたちの部屋だけなの」


「……スマナイ。遅刻するつもりはなかった」


 なんとなく、脳裏に『私は何も悪くないと思うよ?』と一切の悪意がない顔をしてぺろっと舌を出すアレックスの顔が浮かんでイラッとする。


「二階の四号室があなたの部屋よ、もう名札も掛けてあるから確認して。……あの、何かあったら、い、一階の談話室まで来たらいいからね」


「困ったことがあれば声をかけさせてもらうよ、寮長殿」


 そんな機会はなさそうだが、と思いつつも社交辞令的に言葉を交わした。


 適度な距離感を保ったまま別れて、二階へあがり、自分の部屋を探す。木製の名札で『アランデル&デヴァル』と、それぞれの苗字らしき名前が書いてあった。


 先に入っているのだろうか、と緊張が手に伝わる。できればどうか自分の邪魔にならない人間であれ、と心からの祈りを、どこにもいない神に捧げた。

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